〈別の双子〉の盗掘行

別の双子の盗掘行 第1話

 冒険者が二人いた。壮年の二人の男だった。似たような背の高いがっしりとした背格好で、似たような剣を持ち、そして似たような疲れた顔をしていた。名前はオオズとペルと言った。人々は彼らを〈別の双子〉と呼んでいた。その名を口にする者にかすかな嫌悪が浮かぶのを見ても、オオズとペルはどう思うこともなかった。その二つ名がかつてエルフの従者へと堕ちた忌まわしき〈あの双子〉の邪悪なる神話を思い起こさせるせいなのか、それとも単純に彼ら自身の悪行のせいなのかは定かではないが、どちらにしても本質としては選ぶところがないのだと、〈双子〉らは考えていた。

 人々は自分たちのこの顔を見たとき、その二組の双眸を通じて、否応なく〈あの双子〉の邪神話の片鱗を垣間見ることになるのだと彼らは信じていた。それが事実か否かは別にせよ、そう信じる彼らの周りには言いようのない病んだ気配がはっきりとまとわりついていた。それはオオズとペルにとってはこの島にたどり着いてからもはや身体に馴染んだ凶器となり、呪いとなり、呼吸そのものとなった。

 オオズとペルは〈双子〉とは呼ばれているものの、血の繋がりはない。〈貧茫大陸〉で出会ったばかりの頃は彼らの間に少しも似通っているところなどなかったが、長い時が彼らの習慣を同調させ、いつしか着るものから目覚める瞬間までが同じになっていた。

 だからオオズは、ペルが今酒を飲みたがっていないし、さりとて寝るにはまだ物足りなく、しかしながら別の夜を遊ぶほどの金の余裕があるわけでもないことに少しのいらだちを覚えているのがわかっていたし、またペルも同じことをオオズが考えていることがわかっていたので、とりあえず二人は夜の〈街〉を、賑わう人混みの中当てどなく歩ていたところ、偶然肩が当たった若い男の額の皮膚を路地裏で四角く切り取り、その傷跡とせしめた金銭を彼らの新しい悪行のひとつとしたところであった。

 暗がりから出てきたその二人に横から声をかけたのは、ある浅黒い肌をした一人の少年であった。


「先生方、今日はどちらへ行かれるんですか」


 オオズが空を見つめ、ため息をつきながら言った。


「お前はさあ。ついてくるのはやめろって言ったよね」

「ですので待ち伏せを」

「お前はあれだよなあ」


 ペルは振り向いて言った。


「あれだよ。わかるつもりがないんだろうなあ。やっぱ頭だめなんじゃないの」

「失礼ながら僕の有用さをわかっていないのは先生方かと思われますが」


 それを無視してオオズが言った。


「おいペル。とりあえず肉でも食うか。肉は間違いないよ」

「そうだな。肉いいよな」

「肉ならすぐ角の〈窮獣屋〉がなかなかだと聞いたことがあります。そしてペル先生、もし差し支えなければ、なぜ今僕を肩に担いでいるのかをご教示いただけないでしょうか」

「そらなぜって、今からその〈窮獣屋〉の厨房を借りるのよ。顔が利くから。貸し切りできるといいがなあ」


 なるほど、とつぶやいてから少年は言った。


「内臓まで召し上がるつもりならばおそらく先に便を出させたほうがよいかと思います。それとも香草の準備があるのですか」


〈別の双子〉は心底疲れた顔で目を合わせ、ため息をついた。ペルは少年を下ろす。そして目を合わせた。

 このテケルという少年は、〈別の双子〉と目を合わせても怯えることのない人間のうちの一人であった。そんな者はよっぽど肝の座った冒険者か呆けた老人ぐらいでしかなかったので、恐らくこいつは実は盲目なのかそれとも単なる馬鹿なのかのどちらかであろう、とはじめ二人は推理したが、いずれも誤りであることはすぐにわかった。単なる馬鹿ではなく異様なまでの知識欲に侵された聡明な馬鹿であったのだ。

 諦めたオオズが言った。


「もういいよ。とりあえず食い行こう。腹減ってきたよ」

「どちらへ? 〈窮獣屋〉ですか?」

「そうそう。そちらへですよ」

 

 テケルがにっこりと笑みを浮かべて言った。

 

「僕はあそこ初めてなんですよ。何を食べればいいですか」

「何を食べればいいかなんてのはてめえで決めればいいけどさあ」


 ペルが言った。


「食わないほうがいいやつはあるよ」


 テケルが首を捻って考えて言った。


「ああ。もしかして腸詰めじゃないですか」

「おお。なんでそう思った」


 オオズが聞く。


「先生方が顔が利いて、厨房が借りられるような店なんでしょう」

「おうよ」

「腸詰めならどんな肉が入っててもなんとかなるのではないかと思いました」


 テケルの背中を〈双子〉が同時に叩いた。


「まあそういうことよ。そういうこと」

「とにかく挽き肉はやめとけよな。腸詰めだけじゃなくてな」

「でも不思議ですね。評判なのはハンバーグだと聞きましたよ」

「ええ? 評判なのか?」

「評判だそうです」

「評判ならみんな食ってんだろうなあ」

「みんな食ってるそうです」

「みんなかあ。みんな食ってんのかあ……。わからんのかなあ」

「わからんのかもしれませんねえ。食べてみましょうか」

「冗談だろ? あれ冗談の顔してねえなこいつ……」


 三人は喋りながら〈窮獣屋〉に入っていった。


         ◆


「そんでよお」


 ペルが顔ほどの大きさがある陶器に入ったエールを飲みながら言った。


「お前おれたちんとこに来たってことは、なんかあんだろうよ」

「そうです。あります」


 テケルは注文した腸詰めを一切口にせず、ひたすら観察しながら言った。


「また妙な迷宮が見つかったという話でですね」

「ほお?」

「場所なんですが、そうですね……例えばこの腸詰めの端が〈黒鉄の牢獄〉だとするじゃないですか?」

「待て待て待て」


 フォークで腸詰めを突き刺そうとしたテケルをオオズが制止して、自分に運ばれてきた塩焼一枚肉を差し出す。


「それはやめろ。こっちで説明しろ」

「あ、はい」


 テケルが言うことにはこういうことだった。

 島の南東にある〈終の地下墓場〉で〈双子のエルフの従者〉らと戦った〈右腕のロギイン〉の神話をきっかけに、地下におけるエルフの再活性化が確認され、それからしばらくして真新しい迷宮が島のあちこちに見つかった。それは〈地下墓場〉や〈鴉鳴く断崖〉などの名付きになるほどの規模ではないものの、確かに奇怪ながら美しいエルフ美術に彩られていて、価値あるそれは新たな冒険者を引き寄せ、黄金都市〈街〉はさらなる発展を遂げていた。

 その中でも、特に最近見つかったものの迷宮の奥底に、あの〈ロギイン〉の眠る棺が見つかったという。


〈双子〉は顔を見合わせた。そしてオオズが言った。


「〈ロギイン〉てあの〈ロギインか〉」

「はい。そうです。魔法殺しのロギインです。英雄的なお話でしたよね。やっぱり右腕しかないんでしょうか」

「それよりお前、棺なんてなんでそんなこと知ってんだ」

「そりゃあまあ」


 テケルは右手を上下に動かした。


「いろいろと知識があるので」

「お前それ……本当にそういう知識を気軽に使うのやめたほうがいいぞ」

「そうだぞ。ろくなことにならんぞ。本当に」


 そう言いながらも、〈双子〉がその手から目が離せないのは事実だった。それを見て笑いながらテケルは言った。


「とにかくです。僕はあの神話にもなった、〈右腕のロギイン〉が本当に眠っているの棺があるなら、それをぜひひと目見てみたいんですよ。先生方も見てみたくないですか?」

「まあ、そりゃあね。うわさの魔法殺しの刺剣もうまいことそのままなら、持ち帰られればそれなりだろうな」

 

 オオズがうなずきながら言った。

 

「出来れば棺ごと持って帰りたいが、そうなると骨が折れそうだなあ」

「まあ骨が折れるなら骨だけ折って持って帰りゃいいだろう。となると薬屋だな」


 ペルがオオズに言った。


「先生方は相変わらず冒涜的ですねえ」

「それがどうしたよ」

「いえいえ。たいへん勉強になります」


 皮算用に盛り上がる三人を、離れたテーブルから眺めていたのは、〈地下墓場〉でロギインの遺体を見つけ、彼が遺した物語を地上へ持ち帰り、神話へと仕立てた〈明けの鴉〉のトルンその人であった。

〈地下墓場〉でもない迷宮の奥にロギインの遺体が入った棺だと……?

 どういうことだ。ロギインの遺体はおれが〈地下墓場〉で確かに埋葬した。調べる必要がある。ビュッケさんの魂のためにも。トルンは羽飾りのついた帽子の下、腸詰めを咀嚼しながらそう思った。そして、これ噂通り結構うまいな、とも思った。


         ◆


 目を開いたときに、そこに別の人間の顔があったのは久しぶりだった。

 驚くその顔に構わず、上体を起こす。身体に目をやる。乾いた皮膚のあちこちの裂け目から、青い魔法の炎がちろちろと覗いている。左腕は相変わらずなかった。右腕の肘から先は、細い老婆の腕。おれの師匠の腕。ビュッケさんの腕。その手には魔法殺しの刺剣が握られていた。

 おれの顔を見た女が怯えている。いつものことだ。棺に張られた布を剥ぎ取り顔に巻く。眼窩から出た魔法の炎が穴を開ける。そしておれはひりつく喉で言った。


 「ここはどこだ?」


 おれの名はロギイン。神話になった魔法の男は、死ねなくなった。

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死んだ魔法の迷宮で ズールー @zoolooninja

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