3-15
「ここがぜんぜん違う世界の、地球の未来だとして、人類はやっぱり滅んじゃったんだろうかね」
「そんな口ぶりでしたね。カニさんがいうには」
「カニさんがいうには、ね。ふふっ」
「えっ」
「なんか童謡っぽいなって」
「あー」
「まあ、相手が善良な〈王さま〉で良かったよ」
「ですね。というか、こんな未来までゲームはつづいてるんですね」
「たぶんだけど、知的生命体がいるかぎり、ずっとなくならないのかなって気がする」
「先輩がいままで会ったなかで、一番未来の世界にいる〈王さま〉ってどんなのでした?」
「一番未来?」
「そう、未来」
「難しいなあ……。あくまでも、ぼくの生きている世界からだいたい8000万年後ぐらいの人に会ったことはあるよ」
「8000万っ」
「5000万だったかも」
「それって、どんな人でした?」
「団地に住んでる娘でさ、ひとりっきりで住んでてね、なんだかちょっと寂しそうだったな」
「団地なのにひとり、ですか……」
「うん。なんか事情があるみたいで」
「へえ。そんなに未来ってことは、こう、何千階もあったりするんですか? あと何千棟あったりとか、全長が何千キロとか」
「はは、スケールでかいね。近いけど遠いかな。ふつうの団地だよ。それこそ、ハスコちゃんが住んでるみたいな、よくある団地」
「8000万年後もそんな感じなんですね」
「もうすこし複雑な事情があるらしいんだけど、ぼくもよく詳しくはないんだよね」
そこで一旦会話が途切れる。海面で揺らめく町の光を、また何気なく見る。なんだか喉が渇いてきた。麦茶をひとくち飲むけれど、何か違う気がする。牛乳だな。そう思った。いまは麦茶じゃなくて、牛乳の口だ。
そう思いつつ、僕はまたなんとなく思ったことをつぶやいた。
「人がいなくなったあともこうやってほかの生き物が進化して、ああやってビルみたいなものとか建てて、でも彼らはたぶん人のことは知らなくて、じゃあ僕ら人間ってなんなんでしょうか」
先輩は──先輩なら、その答えを知っていそうな気がして、僕はついたずねる。
「さあ……」と先輩はいった。
「僕らがこの世界に出てきたトマソンはこの世界のカニさんたちが作ったんですかね。それとも、人間がつくったものがずっとのこってるのかな」
「どちらにせよ、ロマンチックだね」
「トマソンって、幽霊なんですよね」
「うん。そんな感じ」
「僕らも、トマソンみたいなもんなのかな……」僕はひとりごちる。「僕らも、言ってしまえばなんでここにいるかもわからないし、どうしてゲームに参加してるのかもわからないし、どうなるんだろう……」
「……まあ、どうにかなるんじゃない?」
「せんぱい」
「うん?」
僕は特に何も考えもせず、しかし大事な告白をするように言った。
「夢の島に行きませんか?」
先輩はきょとんとすると、すこしはにかみつつ僕にたずねる。
「それはまた、どうして?」
「それはですね、行こうと思ったときに行かないと、一生行かない気がして……」
「それで?」
「先輩と一緒に夢の島が見たい──」
「ははっ」と先輩は笑う
僕は不安になって「──じゃあ、だめですか」ともごもご言った。
……いや、あれ? 単純に先輩と一緒に行きたいと思っただけなんだけど、なんだか急に恥ずかしくなってきてしまった。
「キルシくん」先輩はぽつりと言った。「夢の島といったって、たくさんあるよ」
僕はどういうことなのかわからず、キョトンとする。
「つまりね、このカニさんたちの世界が無数にある世界の未来のように、夢の島もたくさんあるのさ」
先輩は、僕を試すようにいう。
「きみは、どの夢の島に行きたい?」
「どのって……」
「テーマパークみたいな夢の島もあるだろうし、巨大なメガフロートみたいな夢の島もあるだろう。ぼくらの想像のつかない夢の島もたくさんあるはずだよ」
そりゃ、と僕はいいかけて淀む。
「僕の知っている夢の島に行きたいです。僕と先輩の世界はそんなに変わりがないので、同じようなもんだと思います」
ふーむと先輩は鼻を鳴らした。まばたきをする。まつげの先が対岸の光を浴びて、輝く。
「それを選ぶ理由はなんだい?」
「え……?」
「いたい?」先輩はたずねる。「自分のいた世界に」
話が飛んだなと思った。思ったけれど、これは先輩との会話ではよくあることなのだ。先輩はそれっぽいことをそれっぽくいう。それはまわりくどかったり、用意周到だったりするけれど、時たま、なにもかも無視していろいろかなぐり捨てて、いきなり核心めいたことを僕にぶつけてくるのだった。
どうなんだろう、と僕は思う。
「なんか、あそこにいたら、いいことあんのかなって──そう思うこともあるんですけど、でもやっぱり、いたいよなあって、そう思うんですよね」
「いたいの?」
「いなきゃいけない、かなあ」
「それは使命感?」
「うーん……“いていたい”、かもしれないです」
「いていたい、ね」先輩はいうと、下の上で転がすようにしてもう一度「いていたい、か」と言った。
先輩はゆっくりと立ち上がると、探検服のお尻についた砂をぽんぽんとはらった。
一歩、二歩とゆっくり進む。ブーツが砂にじわりと沈み、複雑な三葉虫みたいな足跡を残す。
「ぼくたちやっぱり、トマソンみたいなものなのかもね」
先輩は小さくつぶやいた。すう、とひと呼吸してつづける。
「トマソンも、よくわからないうちに場所に取り残されたり発生したりして、それでやっぱりその場所にいたいって思ったり、それか、消えちゃいたいって思ってたのかもね」
「寂しいから、消えたいって思うんですかね」
「……きみはそう思ったことあるの?」
「まあ、多少は……」多少はだれだって、そう思ったことが一度くらいはあるだろう。きっと。「でもやっぱり、いていたい──いたほうがいいことあるかも、みたいな……」
「どんなにつらくても?」
「それは…………」
僕は答えられない。そしてたぶん、先輩もそこまでの答えは求めてない。それはきっと、先輩自身に対する問いかけでもあるんだと思う。だから僕は、答えないことで保留をする。先輩もあえて訊かずに、そうした。
僕もゆっくりと立ち上がった。ぐぐぐと背を伸ばした。
「せんぱい、」
「いいよ」先輩は僕の言葉をさえぎって、そして振り返る。「今日のトマソン狩りは終わりにしよっか。夢の島に行こう」
そういうことになった。
そのあと僕たちは砂浜をぬけだして、夢の島に向かった。巨大なテーマパークでもなんでもない、僕の世界の、植物園とかがある夢の島に。
そこで僕たちが何を見て、何を感じて、何を語ったのかはまた今度にするとして、あちこち歩き回って遊び疲れた僕たちは、スーパー銭湯の休憩スペースで、湯がきすぎたお餅のようにふにゃふにゃと眠った。
A-3 "Horizon I've Ever Seen" play stop.
ロードサイド・ウォリアーと土曜の夜の獣たち 都市と自意識 @urban_ichi
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