3-14

 飛び出した場所は夜だった。飛び込んだときと同じような建築物かなにかの残骸があって、それ以外は白い砂だった。潮のにおいがして、波の音が聞こえる。空に輝く月は亀裂が入り、割れている。


「キルシくん」先輩が声をかける。「ほら」


 先輩が指さす方を見ると、すこしはなれた砂浜に、高さ2メートル以上はある巨大なカニが鎮座していた。彼は右ハサミを持ち上げる。僕も右手をあげて返事した。たぶん、さっきまで僕の手のひらに乗っていたカニだろう。


「さっきのカニ?」


 相手はきっと〈王さま〉だろうから僕は話しかけてみた。〈王さま〉同士は人種・種族とかあと住んでる国とか惑星とか宇宙とかを問わず、なぜか会話が通じる。次元と次元の狭間のどこかに、神さまに感知されず壊されもしないまま天まで達したバベルの塔があって、なんかその影響を受けてるとかなんとか、そんな話を誰かから聞いた気がするけれど本当なのかはよく知らなかった。


「だよ~」とひどく間延びした声でカニは答えた。「さっきはありがとね~」


「ここに住んでるの?」


 僕は近づきつつ質問した。近づくとなまぐさいにおいが強まった。彼らからしたら僕ら人間はやたら獣臭いんだろうか、今日いっぱい歩き回ったし、とふと思う。それにしても近くで見るとカニっぽいのにカニっぽくない。いやたしかにどこからどう見てもカニなんだけれど、ところどころ甲羅や脚の形状が見慣れないスマートさで、やっぱり進化した存在なんだろうなあと思った。


 カニがハサミを対岸にさした。ほら見て見てと言う。目をやると、白くやわらかい光を放つ、低層の岩でできた町のようなものが見えた。町の光が海面に溶け込み、牛乳をゆっくり垂らしたように見えた。


「先史軟体のヒトたちの世界、楽しいけど暑いからちょうど来てくれて助かったよ~」と彼は言って顎をカチカチと鳴らした。どうやら笑ってるらしい。


 すこし話してみると、かれはやっぱり〈王さま〉で、その力を利用して趣味で歴史調査をしているそうだった。かれら進化した甲殻類は僕や先輩が住んでいる地球の未来の支配者というわけではないらしいけれど、でもかれらよりはるか前に地上を支配していたのは二本の脚で歩く哺乳類だったらしい。


「そういえばきみたちって〈王さま〉なんだよね?」


 そうたずねられたので、僕も先輩もそれぞれなんの〈王さま〉なのかを説明した。かれらの世界にも国道や屋上はあるらしくて割とすんなり理解してくれた。でもかれのいう〈罐詰かんづめ洗浄機構〉というのがいったいどういった“場所”を支配する王なのか、まったく想像がつかなかった。


 はて、とふたり揃って小首を傾げているあいだに対岸の明かりがしおしおとしぼんでいく。カニは「あ、あ、あ、お店閉まっちゃう!」と焦り、僕らに改めて短いお礼をいうと、せわしなく脚を動かして砂をまきあげて去っていった。対岸の町まで泳ぐらしい。


 砂がもろにかかった僕と先輩はむっへ! むっへ! と咳込み、お互いの服についた砂粒をはらい合ったりした。


「ええと……」僕はとりあえずいった。


「ちょっとさ、休んでいかない?」


 先輩は提案しつつブーツを脱ぎ始めていた。


 僕は先輩の隣に腰をおろした。

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