ゲーマーたちの闇なべっこ遠足

【どうしてこうなった】


「おい……おまえらなあ……」

 プラスティックの塊がたくさん入った鍋を抱え、わなわなと震える大平。

「俺は好きな食材を持ち寄れと言ったんだ……なのに……」

 そんな大平とは対照的に、ぽかんとその様子を見ているメンバーたち。

 ついに……大平山、噴火。

「こんな食材、食えるかー!!」



【古本屋の風物詩、ボム娘】


 事件の発端は前日、まだ夜も浅い時間のこと。

「てんちょうー」

 店の入口からぱたぱたと奥に向かうのは、旭川千秋――この古本屋のバイトだ。

「なんだい旭川くん」

 店の奥でエアコンの掃除をしていた店長こと大平矢留が応える。

「あの、亜也子さんが――」

「やぁやぁ、大平くん」

 旭川が話しているのを遮って、いつの間にか後ろについてきていた黒セーラー服美女が話し始めた。新屋彩子――今はセーラー服なので亜也子と呼ばれるが――、大平の古くからの友人腐れ縁である。

「あー、いらっしゃ――」

「秋だよ! なべっこ遠足だよ!!」

「――は? なに?」

 今の亜也子にはレスポンスを待つという機能は備わっていないらしい。唐突な、しかも懐かしい単語が聞こえたので、ついつい大平は聞き返してしまう。

「だから、なべっこ遠足行くよ! 明日!」

「おいおい、なべっこって。しかも急だなあ……」

 なべっこ遠足。秋穂県の小中学生にはメジャーな、秋の遠足だ。五人程度でグループを作り、グループメンバーがそれぞれ食材や調理器具を持ち寄り、近くの山や河原へ行き、みんなで調理して食べるという、秋の風物詩。

「今日にしなかっただけマシでしょー。さっき泉ちゃんにも声かけておいたから」

「新政さんもですか?」

「もちろん!」

「あーっ、もう、わかったわかった! 仕方ないな……」

 お隣さん高清水亜也子の夫新政まで。手回しは万全のようだ。こうなってはもう誰も亜也子を止めることはできない。折れるしかないと判断し、大平はまとめにかかる。

「じゃあ食材はそれぞれ好きなものを持ち寄ること。どうせなら闇鍋的に楽しんだほうがいいだろ。調理器具はうちにあるからそれ持って行く。場所は?」

「一つ塚公園!」

「そうか、あそこならがあるから鍋と火があれば大丈夫だな。了解。じゃあ明日現地集合で」

「うんうん、さすが大平くん、話が早い。じゃあ明日!」

 満足していただけたのか、自動ドアにぶつかりそうになりながらダッシュで去っていった亜也子。

「嵐が過ぎ去りましたね……」

「いや、むしろこれは嵐というよりボムと言った方がしっくりくるな」

 ズッドドドドドドドドン。『19XX』のヴァリアブルボム溜め撃ちボムの如く。

「たしかに」



【控えめに言って最高】


 そして夜が明け翌日、お昼前。

「なあ……」

「うん……」

 芝生の広がる自由広場に、のあずき色が映える。しかも三人分。

「なにが起こった」

「僕にもわかんないな」

 大平の車から調理器具を持ってきたまま、目の前の状況を把握しきれない男二人。

 人の目が気になるのか、恥ずかしそうに周りをきょろきょろと気にしている旭川と、いつもと大して変わらず楽しそうな亜也子。そしておそらく張本人っぽいおだんご娘高清水が、にやにやと男性陣に近づいてきた。

「どうどう? 夏に作っていた『サナララ』の制服、とりあえずいい機会だから二人にも着せてみたんだけど。せっかくの遠足だから、制服とか学生気分が出るかなーって」

「おい高清水!」

「?」

 右手は大平、左手は新政。がしっ、と高清水の手をつかみ、彼らはきれいにハモって言った。

「「あなたが神か」」



【おいしい食材(いろんな意味で)】


 まだ火を起こしていないかまどに鍋をおき、大平がみんなを集める。

「闇なべっこやるぞー! さあ、食材を捧げよ。まずは高清水から出してもらおうか」

「はいはーい。あたしはコレだよ!」

 高清水は、よくある紺のスクールバッグからブツを取り出し、自慢のおだんごより高く頭上にかかげる。

「カバンまでちゃんと用意していたのかよ……ってそれ、『炎の料理人クッキングファイター好』! かなりお前っぽいチョイスだけど、食材かこれ。PSソフトだぞ」

「食べられない?」

 心底不思議そうに首をかしげる高清水。

「食べられるかっ! 一発目に相当濃いのぶち込んできたな! 料理アクションっていうかなんていうか……システムもアレだが、それに輪をかけたストーリーや演出のやばいノリとパロディにツッコミが追いつかんよ! これぞバカゲーだっ!!」

 高清水の食材ソフトを鍋に入れ、次へ。

「……じゃあ次、亜也子さんで」

「わたしはコレだー!」

 後ろ手に持っていたソレを勢いよく差し出す。きらりと光る、プラスティックケース。

「『焼肉奉行』! おいィ? 亜也子さんもPSかよ!」

「おいしそうでしょ?」

 大変無邪気な女子高生三〇代である。

「食べらんねーよっ! むしろお客様に焼肉焼いて食べさせるゲームだから! 自分は腹減る一方だよ! 一見バカゲーかと思いきや、意外に戦略を求められる隠れた良ゲーだし!!」

 しっかりほめておいて、大事そうに食材ソフトを鍋に。

「……まったく。ほら、新政」

「僕はコレにしといたよ」

 新政が得意気に取り出したのは、鍋料理……の写真が印刷されたマニュアル……の入ったプラスティックケース。

「『満福!!鍋家族』! なべっこにぴったりだな。おい新政、これ責任持って食べろよ」

「ムリムリ」

 こんなの食べられるわけないでしょ、と言わんばかりの困った笑みの新政。

「そこ素で返すのかよっ! というか『焼肉奉行』の『牛角』と経営同じな『温野菜』とのコラボかよ! 新屋家グルでやってんだろ! でも案外コレも良ゲーなんだよな。鍋のつつき合いが熱い」

 うんうん、とひとりで納得しつつ食材ソフトを鍋に投入。

「……と、さて。イヤな予感しかしないが、唯一の良心っぽい旭川くん、どうぞ。……まさか『やきとり娘』じゃないよな?」

「やだなあてんちょうー、違いますよー。わたしはコレですよう……!」

 ちあき先生旭川は、顔の前に四角いブツを持ってきて、ちらちらと端から大平をうかがう。なんてことはない。顔を隠しているのは、先ほどから見慣れたプラスティックのアレだ。

「キタ! 『俺の料理』! 王道キタコレ!! 成長を感じられてうれしいよ店長として」

「えへへ、ありがとうございます」

 やはり旭川、素直ないい子。

「唯一の良心がコレかよっ! 見た目のゆるさと裏腹に本格的な料理アクション! 切ったり焼いたり注いだり、ここまでアナログスティックを有効活用しているゲームは類を見ないよ! 効率的な提供順を判断したりとか、料理の工程をまとめて済ませたりとか、頭もかなり使うし忙しいんだ! 料理ゲーとしては、俺的には超良作だと思っている」

 満足した様子で食材ソフトを鍋に収める。

「ってな、おい……」

 ということで、大平山の噴火である。当然の帰結であった。



【どの口が言うか】


「うわわ、怒った」

「わーてんちょうてんちょうストップ!」

 皆になだめられ、振り上げた鍋を下ろす大平。振り上げた際にソフトが落ちないようにしていたのはさすが大平といったところか。

「よく聞けー。そんななあ、PSソフトだけ持ってきたって遊べないだろうが……」

「あ、怒るポイントそこなんだ」

 新政、ごもっともなツッコミである。

「百歩も千歩も譲ってだよ! そもそも食材じゃないだろう」

「ある意味おいしいと思うけど」

「まあ途中から完全に解説楽しんでる感じありましたもんね」

 若い衆からも言われたい放題だが、大平は退く気配なし。

「確かにどれも魅力的だが! せめて遊べるようにしとけ!」

「てんちょうてんちょう。じゃあてんちょうは食材なに持ってきたんですか?」

「ん? 俺か?」

 旭川のナイスアシスト。大平は大平で自分の食材を見せたかったようだ。

「見ておけみんな。コレが俺の生きざまだー!」

と、ポケットから取り出したのは、赤い携帯ゲーム機。電源を入れるとレジューム機能によりすぐタイトルが表示された。

「ん? PSP? 『ラーメン油天国』?」

「そう。ほら、PSPだから外でも遊べるし、いいだろ?」

 顔を見合わせる、四人大平以外

「「「「食材じゃないじゃん!!」」」」



【煮えたかどうだか】


「おっ……なんか、意外と操作が難しいですね」

「そうそう、油を集めたと思ったら具でばらばらになっちゃったりね」

《あん》

「この、油がくっつくときの悩ましい声、なんとかならないんですか……」

「悩ましいねえ……」

 PSPの端と端を持って向かい合い、『ラーメン油天国』の対戦に興じる古本屋コンビ。

「うーん、ピザもいいけど、カレーもいいな……」

 結局、誰も(食べられる)食材を持ってこなかったので、新政はデリバリーを頼もうとしているところだ。

 そして、暇を持てあます、高清水と亜也子。

「泉ちゃん、あの子は今日来てないの? あのアフロくん」

「あ、川元ですか? 誘ってみたんですけど、仕事忙しいみたいで」

 川元は、高清水の学生時代の友人である。最近、古本屋『ミレニアムブックス』で偶然再会して以来、高清水を追いかけ回しているのだ。なべっこに誘ったということなので、高清水としてもまんざらでもないのだろうが……

「ふうん。残念」

「なんですか、その、含みを持たせた感じ」

「べつにー。ま、それはまた今度ゆっくりと聞かせてもらおーっと」

「なんもないですって」

と、高清水はこの通り。つれない反応である。

「まあまあ。それはともかく、あの二人。なんかみょーに仲良くなったというか……なんか気にならない?」

「まあ、こないだちょっと変な感じでしたけど、いつの間にか元通りでしたもんね」

「そうそれ! の! あのギクシャクから、あまりに普通に戻りすぎていて逆に違和感が……」

「そんなもんですかねえ」

「そんなもんよ。あー気になる気になる!」


 身近な他人の恋路というのは、かくもおいしいものである。

(そろそろ闇鍋、つついてみましょうかね。いい具合に煮えたかな、って)

 向かい合わせでラーメンの油をすすりあう二人をながめ、「きゅうぅ」とおなかを鳴らす亜也子。

「新政くーん! 出前まだー?」

 現実の食欲には勝てないようだった。

(鍋のお味は、また今度。ね)

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旭川千秋は撃ち落とせない~レトロゲームと古本屋~ みれにん @millenni

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