終章 感謝
ふたりは長い間、見つめ合ったまま黙っていた。お互いにあの事件のことを思い出していたのだろう。
「可奈子……どうして?」
長い沈黙の後、やっとそれだけ徹は言えた。
「トオルくん に言って置きたいことがあるの」
「…………」
「大人になったら会いに来ようと、ずっと思っていた」
そういって強い瞳で徹を見つめた。
「……あれから可奈子はどうしていたんだ?」
可奈子の視線に照れて、徹は話をそらしてしまった。
あの事件の後、誘拐で受けた
だけど、本当は日本に帰りたかったの……肩を
「だって日本には会いたい人がいるから……」
黒く大きな瞳の視線は徹を捕えた。
「可奈子、トオルくん にずっと感謝して生きてきたんだよ!」
「えっ?」
なんで可奈子が俺なんかに……。
「可奈子が今、こうして生きていられるのはトオルくんのお陰だから……」
「…………」
「あの時、命懸けで助けてくれたトオルくん に感謝している!」
可奈子の瞳から大粒の涙がポロポロ零れた。
徹は自分のことを父親殺しの
あの事件のことを刑事に訊かれたとき、徹は父が自分でガソリンをかぶって火を付けたと
これ以上、母を悲しませたくなかったからだ。
廃屋の火事は、父の慎一が事件の発覚を怖れて自分で火を付け焼身自殺 を
そして、あの誘拐事件は闇に葬られた。
徹くん に感謝している。
可奈子のその言葉に、心臓に刺さった氷の
まるで神に
可奈子は俺に感謝してくれていたんだ! 父親殺しのこの俺に?
――気づけば、徹も泣いていた。
どんなに苦しいときでも、絶対に泣かなかった徹が子供のように泣いていた……。
「トオルくん、苦しんで生きてきたのね?」
「…………」
「いろいろ調べたから知ってるのよ」
「う……うん。」
泣いてる自分に気づいて徹は慌てて手の甲で涙を
「その傷は、あの時の傷なのね……トオルくん、ありがとう!」
可奈子は火傷の傷跡に優しくキスをした。
「トオルくん に貰った四つ葉のクローバーに、わたし、トオルくん に会いたいってお願いしたの」
恥ずかしそうに微笑んだ可奈子は、無邪気で可愛いかった。
可奈子がこんなに自分を想っていてくれたことが、徹には不思議だった。
だが、自分もまた可奈子をずっと想っていた。いつも、徹の心の中には可奈子が住んでいた。あの時、芽生えたふたりの絆は十年たった今も変わることなく、ふたりの心に固く結ばれていたのだ。
「あの時、トオルくん に助けて貰った命で、今度は可奈子がトオルくんを助けるから!」
「……可奈子」
「もうひとりで苦しまないで……」
徹の掌を握っていた可奈子の手を、強く握り返した。
涙で濡れた頬を早春の風が撫でていく、やがてそれは喜びの涙に変わる。
初めて生きていることを感謝した、何があっても可奈子とはもう離れない! ふたりは見つめ合ったまま、時の立つのを忘れていた。
「俺も、ずっと可奈子に会いたかった!」
あのとき、可奈子が無事に両親の元に帰れるようにと、四つ葉のクローバーに願った徹だったが、実はもうひとつ、いつかまた可奈子に会いたいという願いをかけていた。
もう、切れることのない“絆”でふたりは結ばれている。
――四つ葉のクローバーの願いが叶ったんだね。
― 完 ―
四つ葉のクローバー 泡沫恋歌 @utakatarennka
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