Preview: Rainbow Noise 202X

「……というのが、私たちの高校生の頃の話です」

 詩葉うたはの話を、信野のぶの大に今年入ったばかりのメンバーたちは真剣な表情で聞いていた。


「ありがとうございました。けど今のお話だと、つむぎさんはステージに出てらっしゃらなかったような……」

 呼ばれた私は、笑って頷く。

「そうそう。私がここに関わるのは、もう少し先の話なんだけど……そろそろ時間だし、続きはステージが終わってからにしよっか。みんな、宜しくね」

「はい!」


 元気よく返事をして、最終準備に向かっていく学生たちの背中を見守る。そこに届かなかった人を思い出し、何度も越えてきたはずの涙に世界が滲みそうになるけれど。

「大丈夫だよ、紡」

 背中をさすりながら、詩葉が声を差し伸べる。

「……うん、大丈夫」


 鏡の前に。日々の仕事で濃くなったクマと、昨夜の涙の痕は、メイクでだいぶ隠れてくれた。

 黒縁の眼鏡を掛け、髪を整えて、二十代の自分に向き合う。


「ねえ詩葉、笑わせて」

「笑わせ……う~ん、はい、ぎゅう」

 頬を密着させてくる詩葉。意図していたのとは違う、けど彼女らしいアンサーに、たまらず頬が緩む。悲痛を溶かしてくれるのは三十六度の笑顔であることを、彼女は何度でも教えてくれる。


「ねえ、今の私は可愛い?」

 鏡越しに詩葉に聞く。

「すっごく可愛い、まれくんも絶対メロメロだよ」

「さすが、君が言うと説得力ある」

 そうやって、鏡の前で頬をすり合わせていると。


「あの、紡さん。流石にそろそろ怒りますよ?」

 背後からぶつけられる、嫉妬を堪えきれていない陽向ひなたの声。

「はいはい、お返ししますよ」

「もうヒナ、たまに会えたときくらいは許して?」


 陽向を宥めに向かう詩葉を見送ってから、楽屋を見回す。

 出会ってから数年になる馴染み深い顔は、あの頃からは随分と変わっていて。

 それからも人の出入りは続いて、顔ぶれは随分と増えて。


 それでも、根っこにある優しさは、ずっと変わらない気がした。


 違う心どうしだって、音楽に溶けていくこと。

 違う心どうしだから、音楽の響きが熱く優しくなること。

 

 同じ時間、同じ場所で響かせたことは。

 時が経って、離れ離れになっても、心を守ってくれること。


 歌声と物語で、それを教えてくれた人がいるから。


「君の言う通りだからさ。ちゃんと見ててね、和くん」

 

 バッドエンドのその先で。

 今夜も私は、その奇跡を証明する。君へと証明する。

 声が出る限り、鼓動が続く限り、共に歌い続ける。友を謳い続ける。


「それじゃ皆さん、サークルを作りましょうか!」

 ジェームズの合図で、一同が円陣を組む。

「まずはHumaNoiseの皆さん。コロナでライブができない期間が続き、寂しい思いをしたと思います。だからこそ、こうして再び歌えることに感謝を忘れずに、しかし悔しかった分も乗せて、思いっきり歌い上げましょう――Are you ready to praise?」

 応える、若く力強い声たち。

「それでは紡さん、どうぞ」


 バトンを渡された私は、深く息を吸ってから呼びかける。

「またこうして集まって歌えること、心から嬉しく思います。ここにいない人も、きっとそう思ってくれていると信じています。

 どんな今でも、私たちの色彩は負けない。私たちの歌は終わらない――それを確かめるステージにしたいです。全身全霊、全員で楽しみましょう。

 それでは皆様、参りましょう」


 瞳と喉をいっぱいに開く。世界を睨み、牙を剥く。友を見つめ、愛を叫ぶ。

「総員、演奏配備」

「――よし!」


 叫ぶのは、君から受け継いだ言葉たち。


「人間、」

「舐めんな!」

「音楽、」

「舐めんな!」

「好きを」

「謳おう!」

「僕らを」

「謳おう!」


 私に続いて、全員の声が返ってくる。

 この熱いノイズは、ちゃんと君にも聞こえている。


「これより奇跡を」

「始めましょう!」


 歌い続けよう、君と私たちの物語を。


「Welcome to show by,」

「――”Rainbow Noise” !」


 世界に選ばれなかった愛する君へ。

 君が愛すると選んだ世界へ。


 To be continued to the FINAL episode, “Lasting Love Letter”


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rainbow Noise -雪坂高校合唱部- 市亀 @ichikame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ