4-8 少女 Matkaci

 灰白かいはく色に曇り、雪を知らせる空。薄情に冷たい風を吹かせる空中を、二つの色素の薄い髪の少女二人が見上げていた。

「色々と申し訳ないですね。怪我を押してまで殿下の護衛に......」


「いえ、上命とあらば。このような傷で悪神を狩りに出たことは何度もありました」

 そういって少女は腹をさする。凹んだ胴具、背中の刺し傷が熾烈な闘いを物語る。


「大変なのですね...... あなたの仕事は、女の子をぼろぼろにさせても、休暇を許さないのですか」


「とんでもありません。。......いつもパーシーは、呆れたように私を出勤させる。仕事が終われば手厚く迎えてくれる。そう悪くは言わないであげてください。彼らは、私以外が傷を負った時無茶をさせるような人ではない。できることなら、私にもいとまを与えたいのでしょう」


 黄蘗きはだ色、鈍めの金髪をした少女の問いに、プラチナブロンド、淡く柔らかな金髪をした少女が答える。


「......ナターシャ。あなた、私とともにカミカワへ向かいませんか。今いる、私も含めた4人では決して足りない訳ではないのですが...... あなたと彼らの闘いを見ていて思ったのです。私たちでさえ届かない、依人としての新たな次元に彼らはたどり着こうとしているのではないかと。ナターシャもその次元に手を伸ばそうとしてる。きっと、ユキヒト殿下も迎えてくれるでしょう」


「バロー。それは個人の要請ですか。それとも殿下の要請か」


「悪いことを聞いたわね。私個人があなたを気遣うなど、許されないのだったわ」


「いえ、そのお気遣いだけは、ありがたくいただきましょう。バローや、殿下の手を煩わせることなどあり得ない。彼らは僭越ながら、イシヤマ討伐隊が捕ります」


「期待しているわ。でもどうか、無理はしないでね」


「この身が生き恥を晒すことなど、万が一にもありません。私にはあの『家族』がついているのだから.........」


「ふふふ」


 互いに微笑みを浮かべあい、佇んでいる。刻々と告げる時間が、あたりをまた群青ぐんじょうに染め上げていく。



「Мне кажется порою, что солдаты, С кровавых не пришедшие полей.....,」

(時折私は兵士たちのことを思うのです、血まみれの戦場から帰ることのなかった彼らを.....、)


「Не в землю нашу полегли когда-то, А превратились в белых журавлей......」

(彼らはいつか、私たちの大地で眠りについたのではなく、白いジュラヴリェィに姿を変えたのだと)


「Они до сей поры с времен тех дальних Летят и подают нам голоса.」

(彼らはあれから今もずっと 飛び続け、私たちに空から話しかけている)

「Не потому ль так часто и печально  Мы замолкаем, глядя в небеса......?」

(だからきっと 私たちはこんなにも哀しく、どうしようもなく 空を見上げるのでしょうか......?)



「なんて曲なの? 素敵で心揺さぶられる曲ね」


Журавлиですよ。古い歌謡曲なのですが、冬のここに立っていると、どうしようもなく空を見上げて口ずさみたくなるのです」


「なぜなのでしょうね。ここは人の魂に溢れているから?」


「昔、冬のアカン湖の温泉に連れて行っていただいたことがあった。小学4年でしたからもう8年も前ですね。雪野畑の給餌場、そこに200羽ものタンチョウが降り立ち、飛び立って行くのを見たことがあるのです」


「もしかして山崎サタクル記念館? 有名なところね」


「よくご存知で。一羽のタンチョウが飛び立てば他の生徒が歓声をあげ、また何羽も飛び立って行く、その美しくも憎らしいことといったら。そして夜になると神父様がこの曲を教えてくださったのです。

 きっと縁があったのでしょう、剣の師にもアカンやクシロサロルンへ連れ立っていただき、この仕事を選んでからはクシロサロルンへ配属されることになったのです。何かと空へ群れをなし飛び立つタンチョウを見てきましたが...... ここ以上にあの歌を思い出すことはなかった」


「ここに、彼らの影さえないのに? ......いや、でもわかりますよ。ここはそんな息吹を感じます」


「タンチョウだけではなく、ここには色々なものが奪われ、失われていっている。それはここだけではなく、あの旧国道12号沿線に言えることなのですが」


「......サッポロ都からスナガワ・タキカワ、カムイコタンを抜けアサヒカワ...... あの道路は、ツキガタの樺戸かばと空知集治監そらちしゅうじかんの囚人たちによって作られた。それだけではない、湿原を形成してきたイシカリ川も、曲がりくねったものからまっすぐに改修されている。この国は本当にいろんなものを失っていっているのでしょうね」


「でもきっと、そうしないと生きていけないと皆思っていたからなのです。ニホンの武士達は文明開化のために自らの誇りを捨て去り、そして自国民、この地の先住民にもそれを求めた。辛いがあったのでしょう。上級武士はあるものは誇りを示して処刑され、あるものは政府に貢献し、いつしか自らの持った誇りを捨て去って行く。生き残った下級武士は内地で民権運動に携わるものもあれば、この地で奴隷のように使われたりあるいは農民となり、寂しく死んでいったものもいた。

 わたしは、そんな高潔であった武士の神話をこの身に宿して生きたいのです。それはこの剣に宿るアイヌの神話と同様に、わたしのものとは比べ物にならないくらい深い決意に満ち溢れたものなのだから。

 そしていつかわたしも飛び交う白い鶴となって、生者と死者の橋渡しになりたいのです」



 両手に、腰へと提げた大太刀を握り、うつむき気味に寂しそうな顔で語るナターシャを見て、芭露ばろうハルカは思うのだった。


 なぜ彼女はこうまで強いのだろうか、と。

 きっと、決意が重いのだと。そしてそれを担ぎ上げれるほどに強くなってきた日々があるのだと。

 まだ、彼女の18年続いた人生が、どのようなものだったのかトミパセはその口から聞いてはいない。ただ、自分と近しいものだったのは何と無くわかる。

 そして自分同様、心揺さぶるような出逢いもあったのだろう。顔を上げてバローを見るその顔には、人を慈しむことを知る暖かさがあるから。



 地に注がれる雪の明かりがいつの間にか、夜を照らしていた。

「さあ、冷えますバロー。行きましょう」


「そうですね。ご飯の時はもっと楽しい話をしましょう。女の子としての貴方を知りたい」


「ふふ、満足していただけるかわかりませんが」






第一章「キムンの傭兵」......完

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鹿狩のカムイウタラ -Rise of the Fallen- 丘灯秋峯 @okatotokio

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