4-7 修復 Utapke

 1月6日。小寒の初候を告げるように、寒々しい雲がたちこもっている。

 ツキガタの街も、物々しい雰囲気を漂わせていた。1日のうちに二度、爆音やけたたましい咆哮、銃声。現に市街が破壊され火災をも誘発。13棟もの建物が崩壊したというが、前日に出初式を終えており出働した炎闘士ファイアファイター達も、何が原因だったのか知らされていない。

 そして事態が収束したかと思った深夜、市街はまたも小規模ながら破壊されていた。この不可解な事態故に、現地町民や警察団・レジスタンスに緊張し張り詰めた空気が漂っていた。



「本当だな鞠島」


「不安であれば、ウラウスあたりへ捜査員を送りまれると分かるでしょう。不覚ながらハルユキはまだ活動しています。捜査員は還る事はないでしょう」

 無線から、冷徹なナターシャの声が通る。


「......谷宮、村泉は生かせといったが、まさか山中ハルユキまでもを生かすとはな......」

 助手席に乗る金髪碧眼の警官は、何度も繰り返させたその報告を反芻した。


「ご心配には及びません、奴は我らイシヤマ討伐隊はおろか、得撫警視正や殿下の敵ではありません」


「今のところは...... な」



「ナガヒサ、私の仕事に支障がないのであれば問題ないでしょう。そんなに私の実力は不安材料なのですか」

 後部座席に座する男が、ナガヒサに語りかけた。


「滅相もない。貴方の身に何かあればと思えばこそだ」


「いえいえ。私の依人としての能力は、非常に弱いと確信している...... 例えば現職のカムイノヤ......鞠島様やナガヒサと敵対しようものなれば私はあなた方に敵わない」


「それはそうだ、貴方の能力は人と争うためのものではないからだ。人と和し、人を繫ぎ止める。日本帝国の影を振り払おうとした王族や貴族どもも、結局は貴方の能力を欲した」


 黒髪の男は、微笑みながらも目を伏し声をワントーン落とした。

「皮肉なものですね......

 表向きには鹿降の神ユクコロカムイ以外の信仰を禁じ、他の依人や審神者を取り締まりながら、私や討伐隊の彼ら...... ミホ・サキ・尾路遠おろえん・バローのような外なる神を拝する者たちを利用することを容認している。

 権力を得た者は反発を防ぐために結局、国民に信仰される権力にすがりつき利用しようとする。私の祖先は先の大戦の最中、それを受ける側だった。その遥か昔は、祖先がそれを行う側だった時もあった」



 それを聞きすかさずナターシャが恭しく男に語りかける。


「殿下。何があろうと、貴方の威光に揺るぎはありません。貴方に宿るそのカムイは...... 太祖を助けた伝説そのものなのですから」



「しかし聡明な方なのですね、鞠島様は。を見てあの伝説を思い浮かべるとは...... もはやこの国では忌むべき伝説だというのに」


「私の剣は技術のみではありません。そこには新しい時代を切り拓こうとした先人の矜持がある。

 人という生一本でまとまりの無い鉄と炭を、試練の熱と修練という槌で肉体を叩き上げ、時代という熱と勉学という冷水に精神を晒す。それを繰り返し人間は美しい一本刀となる。ご存知でしょう。

 その過程で私という刀には、様々な人間の生きてきた歴史が埋め込まれている。......勿論、日本の奥深き歴史も。とは言っても誉を受けるほどでは無い未熟な刀ですが、貴方を崇敬するだけの心意気は持ち合わせております。それが私の中に生きる先人たちへの礼儀ゆえ」


「......本当に複雑で早熟なのに、美しいかたなのですね、貴方は。尊敬いたします」

 そう言うと無線の向こうへ男は笑みを浮かべた。

 ナガヒサは、やはりこの男の笑みは独特なものだと思うのだった。


 小さめの目を笑みで細めると、垂れた目尻がキュッと閉まる。口角の上がりかたが自然なので、人はその温和な笑顔、そして笑顔を外した時の凛々しさと落差ギャップに魅了されるのだ。

 それをナガヒサはうまく表現する手段を持ち合わせていない。甘いマスク......とは違うのだ。世間一般に言われる端正な顔には程遠い。その美しさは例えるなら............刀というより反物だ。烏滸おこがましくさらに言葉を尽くすなら、『一族と臣民の歴史を丹念に織り、国亡き後もそれを背負う気概に裏打ちされた笑顔』......なのだろうか。


「そうカタくならないで、ナターシャ。珍しいことでは無いもの」


「そ、そうは言われても」

 ナターシャの側に、もう一人の女の声がする。


「引き続きバローの護衛を頼みます、鞠島様。それでは」

 前を走行する白バイと黒いセダンの動きが止まる。目的地に着いたのを察して男は無線を切った。




「......ユキヒト、スナガワ警察団へ赴かれる以上に、アサヒカワへ向かおうというのは考え直さないのか」


「君がアサヒカワへと行く以上、僕がついていかない義理もありますまい。......これから砂澤一味が北上するならば、その途上で争いは避けられない...... 僕にはその傷を癒す義務がある」


「ということはそれに巻き込まれる可能性もあるということだ。今、月形にレジスタンスら、反政府勢力はほぼ居ないと言ったな。つまり彼らは砂澤一味を支援するべくタキカワへと集結しているということだ。アサヒカワの途上でテロもあり得る」


「ふふふふ、たかが一警視正の同期をここまで連れてくるのにここまでの警備をさせたり、本当に君は大袈裟だな」


「お前がどんなに官民から支持を受けてるかわかってるんだろうな、という話だ」


「傷跡を巡る以上に僕はこの目で確かめたい。んだ。もしも誰かが、あの霊地からを解き放った時...... この国には何が起こるのかを。そしてそれが悪しきことならば阻止したいんだ。そのために最高の友4人を招集し、警察内に策謀を張り巡らせている」

 車のドアが開かれる。沿道には人が詰めかけ、ユキヒトと呼ばれた男の姿を見て歓声を上げだした。


「この腐り切った国に忠を尽くす必要はあるのか?」


 足を車外へと出すとユキヒトは、そう冷徹に告げたナガヒサの方へ囁きかけた。

「この国民は傷ついてなお、前進する気概を持っている。僕は国へ従うというより、国民に忠を尽くす気概だ。父はそれを心がけ、おそらく祖父も曽祖父もそうした」



 道を警官に囲まれ、稔宮としのみやユキヒトは歩む。象牙色アイボリーのコートに、黒髪黒眼。自然なその笑顔が、自然と観衆へと向けられる。

 右手を掲げると、その背中から黄金に輝くカムイが飛び立ち、破壊された町を修復していった。

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