あの日、あの夏の楽園で

斧乃木もえ香

あの日、あの夏の楽園で

17歳の初夏、デートをした。


その男の子とデートをするのは、3回目だった。毎日のように連絡をとりあい、他愛もない話をし、彼は私を笑わせてくれた。


彼は陽気で友達が多く、勉強もスポーツもできる青年だった。私は彼の口から語られる世界・・・私が行ったことがないような国、昨夜夢に出てきた幼馴染み、などなど・・・が好きだった。自分の知らない世界を目の前に広げて見せてくれる人というのはある年齢のとき、とりわけ魅力的に見えてしまうものだ。


海岸を歩きながらアイスクリームを買い、食べながら歩く。私はバニラ味、彼はチョコミント。チョコレートもラムレーズン味も好きなのに私はいつもバニラ味を選んでしまう。いつも変わりなく同じ味、同じ甘さがぺたりと口の中に残る。変哲のないバニラの味は私を安心させてくれる。

「チョコミントって歯磨きしながらチョコレートを食べているみたいな味がしない?」私の問いかけに彼は笑いながら答えた。「別においしいもんじゃないよ。すうっとする感覚とチョコの甘さがいっぺんにくるんだから。でもぼくはこのみどりいろがすきなんだ」


私は彼の口に吸い込まれるチョコミントアイスを見つめる。ああ確かに、その人工的で食品にしては違和感しか感じないほど鮮やかで清々しいミントのみどりいろは美しいのかもしれない。彼は白い歯を出してにこっと微笑み、私は慌てて目を背けた。

海岸にはいくつかのお店がたちならび、おいしそうな食べ物のにおいがする。ふと一つの店から流れてきた曲に聞き覚えがあった。一夏の恋を歌った歌だ。あの夕日を、あの砂浜を、きみのことを覚えているよ。きみはさようならも言ってくれなかったね。ぼくはいつまでも待っているよ、この夏の楽園で。

5月の終わり、天気はよかったものの夜になると海岸はちょっぴり寒かった。彼に貸してもらったパーカーを白いワンピースの上からはおり、私たちは並んで海をみつめた。


パーカーからは彼のにおいがする。海外の、はつらつとしたにおいの男性用の香水。彼がいつもつけている香水だ。さわやかで、でも覚えやすい独特のにおい。彼にぴったりの香りだった。

パーカーのあたたかさに包まれて、ぼうっとゆれる水面を眺めているとなんだか目の奥がツンとした。


私たちはまだ17歳で、こうした時を過ごして、でもこれはこれから積み上がっていく膨大な時間の人生の中で、やがてだんだんとかすんでしまっていくものではないかと。引き出しの奥にしまった、どこかで買った星の砂みたいに いつ見てもかわいらしく好きなものであっても、普段は忘れて何も気にせず生活している。


「思い出の曲ができる瞬間、がわかったよ」黙り込んでいた私は彼の声でふとわれに返る。「この曲を聴くとその時の風景をが蘇る、ていう歌があるだろう。」「さっきのあの歌を聞いたらきっと、今日のきみのことやこの海岸のことを思い出すんだ」そう言って彼は私にキスをした。


彼のにおい、海の風、バニラアイスの味、チョコミントのいろ。彼の長い睫毛、私のお気に入りの白いワンピース。17歳の5月の風景は、写真に撮ったかのように私の目の奥にやきついた。


彼が私のことを覚えているか、あの日のことを覚えているか、それはわからない。でも私の1部分はあの海岸に今も残ったままなのだ。恋だと自覚できなかった後悔をそのままに、

初めてのあのキスを待っているよ。唇を離したくなかったよ。ぼくはきみを待っている、あの時のあの夏の楽園で。

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あの日、あの夏の楽園で 斧乃木もえ香 @rosevalerybaby

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