発売御礼書き下ろしショートストーリー

 今日も今日とて、仙人活動――センカツに励む陽琳ようりんは、いつものように新たな仙薬を研究開発するべく、自室で多種多様な壺や薬草類とにらめっこしていた。

 だが、今日はいつもと異なり、薬草類と共に大量の調味料が並んでいる。

 壺の中に入った何種類かの粒を鉢に移すと、棒でごりごりと粉砕しながら混合し、そこに謎の液体を加えて練っていく。

 それを丸めて出来上がった丸薬をひょいっと口の中に入れ――

「うわっ! 甘すぎ! これじゃ全然だめだわ……!」

 何を間違えたのかしら……と少し思考してから、他の組み合わせを試し、

「ぎゃーーーー! しょ、しょっぱーーい! 何よこれ……!」

 ならば、今度こそ! と、意気込んで、新たな薬草を投げ入れ――

「か、辛いっ! 火を噴きそうなほどに辛いーー!」

 涙目になりながら、近くに置いてあった水を飲んで口の中を落ち着かせる。

 短時間のうちにありとあらゆる味覚を体感した陽琳は、心身ともに疲れ果てて、机の上に突っ伏した。

「なかなか上手くいかないわねえ……。何とかして、『一粒入れるだけで、どんな食べ物も美味しくなる仙丹』を開発したいところなんだけど……」

 そう呟きながら、はああ……と大きなため息をついた。

 ――ことの発端は、今日の昼頃。

 昼餉を終えて自室に戻る途中で、若い女性家人達の楽しげな会話を耳にしたのだ。

 何でも、心を込めて手作りした菓子を、意中の相手やお世話になっている相手に贈るつもりなのだという。

 紫晃しこうにこれまで十年近く世話になってきたにもかかわらず、手作りの菓子どころか、ごく一般的な贈り物もしたことなどなかった。

 そういう趣向もありなのかもしれない――と思いついたが吉日。

 厨房に潜入したものの、ろくに料理などしたことがない陽琳は早速途方に暮れた。

 菓子の材料らしきものを集め、丸薬を調合するかのように適当に混ぜて味見をしてみると、そのとんでもない不味さに愕然とする始末だった。

(こうなったら、どんな料理でも美味しく食べられる万能の仙薬を開発するしかないわ!)

 料理を練習するよりも、仙薬を開発した方が手っ取り早いに違いない。

 そう考えて今に至るが、どうにもこうにも上手くいかない。

煮詰まってしまった陽琳に、突然明るい声がかかった。

「おやおや、今日もセンカツに精を出しているようだね」

 顔を上げて振り返ると、いつの間にか部屋に入って来ていた従兄――この国の皇帝である輝瑛きえいの笑顔があった。

「輝瑛兄様。いつの間に遊びに来ていたの? 皇帝としての仕事は大丈夫なの⁉」

「まあ、僕は有能だからね。陽琳が気にしなくても大丈夫だよ。それにしても、何度も部屋の外から声をかけてはいたんだけどね。叫び声ばかりが聞こえてくるから、心配になって入らせてもらったんだよ」

 研究に没頭していて全く気付かなかったことを申し訳なく思いながらも、輝瑛を見て良い案を思いついた。

「そうだわ! ……輝瑛兄様、ちょっと味見をしてみてくれない? 私はそろそろ舌の感覚が麻痺してきちゃって……」

「味見?」

「ええ。どんな不味い食べ物でも美味しくなる仙薬を開発中なの。たとえば、この激辛の唐辛子を溶かした液体も、たちまち甘くなるはずなのよ!」

 真っ赤な液体の入った椀に、作ったばかりの丸薬を突っ込んで、ずいっと輝瑛の前に突き出す。

 危険な香りしかしない椀の中身をしばし凝視していた輝瑛だったが、

「……ああ、ごめんよ陽琳。ちょっと用事を思い出したから、今日はこのあたりでお暇させてもらうよ」

「えっ?」

「じゃあね。センカツ頑張ってね!」

 ややぎこちない笑みを残して颯爽と立ち去っていってしまった。

「くっ……! 逃げられたわ……!」

 そのことに気付き、陽琳が悔しげに口をへの字に曲げていると、入れ替わるようにして別の声がした。

「何を騒いでいらっしゃるのですか?」

「し、紫晃⁉」

 贈り物をするはずの相手が現れてしまい、陽琳は慌てて手にした椀を後ろ手に隠した。

 だが、あたりに散らばった粉や唐辛子などを見て、紫晃は不審そうな顔を向けてくる。

「……先ほど、厨房の者から調味料が激減していると報告があったのですが……」

「こ、これは、そのう……ご、ごめんなさい! 勝手に持ち出しちゃって……」

「いえ、所在がわかったのでそれはよいのですが……。一体何をなさっているのですか? 料理……をなさっているようには見えませんが」

 物的証拠がある以上逃げ場がない。紫晃の疑問に陽琳が事のあらましを告げると、紫晃は合点がいったと頷くも困ったように苦笑した。

「なんでも美味しくなる仙丹……ですか。私のために頑張ってくださるお気持ちだけで十分ですよ?」

「だって、紫晃に日ごろの感謝をなにか形で伝えたかったんだもの」

 だが、仙丹が出来上がる前に紫晃に知られてしまった。

 がっかりする陽琳を見て、紫晃は少し考えると一つの提案をしてくれた。


 紫晃に誘われたのは厨房だった。

 揚げ菓子の作り方を教えてくれるとのことで、材料を混ぜて寝かした生地の成型に挑戦することとなった。

 もちもちとした塊はまるで粘土のようだ。伸ばしたり束ねたりするのだが、これがまたなかなかに難しい。

 はじめは千切れていた生地も、回数を重ねるごとに次第にまとまってきた。

「上手くなってこられましたね」

 紫晃の褒め言葉に、陽琳は思わず得意げに笑った。

「料理なんてしたことなかったけど、何度かやっているうちにできるようになるものね」

「ええ。そうですね。ですが、ここからが本番です」

 油の入った鍋を火にかけ、紫晃は陽琳が作った生地をそっと油の中へと落とし込んだ。

 じゅわっという油の弾ける音とともに、ふんわりと甘く香ばしい香りが陽琳の鼻腔をくすぐった。

「わあ……いい香り!」

 美しいきつね色に揚がったお菓子の油をよく切り、紫晃はそれを紙でくるむと、陽琳に手渡してくれた。

 まだ揚げたてのほかほかとした熱が陽琳の手にじんわりと広がる。

「これ食べていいの?」

「どうぞ。出来たてが一番美味しいですから」

 陽琳は準備された砂糖をまぶすと、揚げ菓子にかぶりついた。

 さくっという軽快な音を立てた先に待つ、もっちりとした食感。口の中にふんわりと砂糖の甘さが広がる。

「ああ、この優しい甘さ! ……なんて至福なの……!」

 さきほどの仙丹づくりで死んでいた味覚が、一気に蘇ってくる。

 素朴ながらも絶妙な食感と味に、陽琳はあっさりと一本食べきってしまった。

「はぁ……美味しかった……って! これじゃあ、紫晃に私が作ってもらっただけじゃない! 私が紫晃にあげたいんだから、ちゃんと最後までやらなくちゃ!」

 はっと我に返った陽琳に、次々と菓子を揚げていた紫晃ははたと手を止め、首を傾げる。

「途中まで手伝ってくださっていたのですから、別にいいのではないかと思うのですが……。では、この最後の一本、試してみられますか?」

「やり方は分かったから、私一人でやってみるわ。紫晃は口出ししないでね!」

 そう意気込んで、陽琳は最後に残った生地を油の中へと投入した。

(って、これ……いつ取り出せばいいのかしら? ちゃんと中まで火が通っているのかしら? って、黒くなってきちゃってるんだけど……⁉)

 悩んでいるうちに、菓子はあっという間に真っ黒になってしまった。

 紫晃の作ったものとの差は歴然としていて、お世辞にも美味しそうには見えない。

(こんなのを紫晃に食べさせるわけにはいかないわ……)

 陽琳は顔を曇らせ、ひそかにそれを捨てようと手を伸ばした。

すると、横から伸びてきた手に揚げ菓子がかっさらわれた。

「ふむ。はじめてお作りになったにしては上出来ですよ」

 そう言いながら、紫晃が菓子を咀嚼するのに、陽琳は呆気にとられた。

「し、紫晃。そんな焦げちゃったお菓子、体に悪いわ!」

 慌てて止めようとするが、紫晃は最後の一口までひょいと口の中に入れてしまう。

「確かに、少し香ばしさが強い気もしますが……ですが、私のために作ってくださったのでしょう?」

「それはそうだけど……」

 結局は失敗してしまったことに申し訳なさを覚える。

 だが、紫晃はくすりと微笑むと、陽琳の口元についた砂糖を指でふき取り、ぺろりと舐めた。

「確かに出来は悪かったかもしれません。ですが、陽琳様とこのように過ごす時間……そして、私のためを思ってくださる気持ちこそが、私にとっては一番の贈り物であり、最高の調味料なのです」

「紫晃……」

 仙薬はうまくいかなかったが、こんなふうに紫晃と一緒に過ごせる時間……それは確かに何物にも代えがたいものなのかもしれない。

 思わず笑みを浮かべ、陽琳は紫晃の淹れてくれたお茶に口をつける。

(贈り物をするのもいいけど、こうして時間を共有するのも楽しいわね)

 再び揚げたての菓子に手を伸ばすと、ゆるりとした空気の流れる午後のひと時を過ごしたのだった。

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残念公主のなりきり仙人録 チサトアキラ/ビーズログ文庫 @bslog

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