津軽為信と言えば、『信長の野望』シリーズファンには
「東北に何か能力が高い武将がいるな」程度の認知しか
ないかと思います。
当然、同時期に尾張から京に上って覇権を握った織田信長を
中心とし、畿内周辺でおこなわれていた”天下争い”にその姿は
現れません。
しかし、別に畿内だけが天下だったわけもなく、本州北端に
近い津軽にも民があり、その暮らしを案じる領主がありました。
その人が本作で描かれる、津軽為信です。
本作は久慈氏から大浦氏に入って大浦為信を名乗った頃の
津軽為信がどのようにしてその知略を磨いていったか、
苦しい立場と悲しい経験からより強くなっていく姿を描いて
余すところがありません。
資料とされる『南部根本記』や『津軽一統志』は未見ですが、
作者はそこに現れる異説を消化し、自分なりの津軽為信像を
作り上げたのだろうと感じられます。
それくらい、人となりの作り込みがされており、本作を読むと
実在する人であるかのように脳裏にその姿を描けます。
何しろこれだけの長さなのに、「この人がこんなことする?」
という違和感をまったく感じませんでした。
長広舌を避けてはいますが、読み味は極めて歴史小説的、
和田竜の小説『のぼうの城』や『忍びの国』を好きな人は
入りやすいと思います。
このあたり「なるべく苦労なく読んで欲しい」という配慮と
「歴史小説としての味を出したい」という志向がいい感じに
着地しているように思います。
史料が多いこともあって大変とは思いますが、それからの
道のりも知りたいと、続編を願わずにはおれませんでした。
大浦(津軽)為信という男の半生を軸にした、戦国時代における北東北の物語です。
いわゆる有名武将は出てきません。南部なら名前ぐらいは分かるかな?といった程度。時々知っている名前を見掛けても「遠い他国の話」。
ですが、けして地味な話ではありません。
いえ、色で言えばモノクロでしょう。冬の真っ白な雪田、夏の黒々とした山が目に浮かぶようです。
しかし熱い。ここでは男たちの思いがぶつかり合っている。
まさにロマン。
ハードボイルドな、劇画調の映像が浮かんでくるようです。
為信は南部一族の下っぱ、大浦氏の当主ではありますが、婿養子で肩身が狭い。家中の人々は為信を先代の嫡子が成長するまでのつなぎとしてしか考えておらず言うことを聞きません。
そんな中為信が使ったのが「他国者」、よその土地から流れ着いたごろつきたちでした。
面松斎、小笠原、そして大ボス万次……誰も彼もかっこいい。
地縁に結び付いていないというだけで不遇の彼らはすごくもったいない。
少なくとも為信はそう思っていたわけです。
足元をすくわれるまでは。
男たちの命をかけた戦い、熱い。実に熱い。燃えたぎるようです。
誰も彼も命を燃やし尽くしたのだ……。
男たちとの連帯だけでなく、女たちとの夫婦、家族関係も魅力的です。
特に為信の妻である戌姫と為信の切なく生真面目な関係、もどかしくも楽しませていただきました。
為信が家族のこともよく考えていたことの証左でした。
だからこそ――ここから先はネタバレになってしまうので割愛します。
戦国の世に振り回された女たちの悲哀をも感じさせる物語でした。
文章は粗削りでテンポ重視ではありますが、火縄や乱闘の描写は鬼気迫るものがあり圧巻です。
ぜひ大河ドラマにしていただきたいですね!
毎日更新お疲れ様でした。楽しませていただきました。