すこしおとなのマロングラッセ
目覚まし時計の電子音で私は飛び起きた。あれからどうやら寝てしまっていたようで、立ち上がると身体中が痛む。呻きつつもスマホを充電器にさして電源を入れ、目覚まし時計を止める。そして今日着る制服のシャツなどを纏めて、私は部屋を出てお風呂へと直行する。身体を洗っているときに見た鏡の中の自分の目は、想像以上に腫れていた。お風呂上がったら蒸しタオル確定だな。鏡の中の自分が小さく笑う。
♡
髪の毛を乾かしてから、電子レンジで温めた蒸しタオルを手に二階に上がり、身支度を整えつつスマホを見て、持っていた蒸しタオルをおっことした。
通知画面には、薫からの着信やメールを知らせる文章が並んでいた。
その中で一番新しいメールを見た瞬間、私は部屋を飛び出した。
階段を駆け下り、そのままの勢いでドアを開け、そしてすぐ近くの曲がり角まで走る。そこは、デートをするときによく待ち合わせ場所にするところだった。
そこには、普段待ち合わせに少し遅れてくる薫の姿があった。薫はじっとスマホを見つめていた。
「薫……?」
呼びかけると、ゆっくりと薫は顔を上げて、私を見る。そして柔らかく微笑んだ。
「おはよう」
「おは、よう……」
「シャツにスカートって寒いでしょ」
言いながら、薫は近づいてきて、自分が着ているコートを脱いでそっと私にかけてくれる。フワッと薫の香りに包まれる。
「……薫が寒いからいいよ」
「僕学ランあるから大丈夫。慌ててきてくれたんだね、ありがとう」
薫の言葉に私はフルフルと首を横に振る。
「薫こそ。始バスで来てくれたんだよね。ごめん」
まだ昨日のことを許せてる訳では無いけど。心配をさせてしまったのかもしれないと思うと、だいぶ申し訳ない。
そう思ってると、薫のゴツゴツした右手が近づいてきて、私の目元にそっと触れる。
「泣いてたの?」
「……」
無言で彼の右手を握ってそっと退けてから、私は薫の胸に額をつける。上から笑ったような息。同時に薫の左手が私の頭をポンポンと撫でる。
「いじけモードですかー?」
「……甘やかしてほしいんですよーだ」
「かしこまりましたー」
左手が動いて、私の顔を少しあげると、額と瞼と頬に三回、彼の唇が触れる。なんとなく照れてしまい、彼の唇が自分のそれに近づいてきた瞬間に、もう一度彼の胸に額をつける。
「未里さーん?」
「なに?」
「キスできない」
「でしょうね」
今度は呆れたような息の音。そして、クイクイと私の袖を引っ張る。なんだろうと顔を上げると、肩を掴まれて少しだけ後ろに押される。
「手、出して?」
「なんで突然――」
「いいからいいから」
首を傾げつつも薫に右手を差し出す。すると薫は、腕にかけていた紙袋を私の手に引っ掛ける。
「え……」
「いつも不安にさせてごめんね。こういった物をこういう時期に渡すのは初めてだし、未里にしか渡す予定はないから。一日遅れだけど受け取ってくれますか?」
そんなの、受け取らないはずがない。左手で紙袋を抱えて、右手を離し、そのまま右手でも紙袋を抱えて抱きしめる。紙袋は冷たいけど、とても温かく感じた。
「バカ」
「やきもちやいてくれるの嬉しくて、調子乗っちゃって」
「アホ」
「僕しか見てないんだなって」
「おたんこなす……」
「バカでアホでおたんこなすな僕だけど、これからも未里のこと、好きでいら続けていいですか?」
「当たり前。むしろ離れてって言われても離さないから」
嬉しくて、薫を見上げると、薫はそっと微笑んでくれる。そして、ふっとなにかを思い出したような表情を浮かべる。
「ところで僕へは――」
「あ、ごめん。食べちゃった」
「太るよ?」
「あの量貰った人に言われたくない」
頬を膨らませて言うと、それもそうか、なんて返される。なにそれ、と文句を言うために口を開いたとき、チュ、と音を立てて唇に彼のそれが触れた。
「今年はこっちもらうね」
勝ち誇ったような笑みに、私は唇を尖らせる。
「不意打ちとか聞いてない」
「言ったら不意打ちじゃないでしょ」
確かにそうだ、なんて思った時点でもう彼のペース。でもそれがなんだか嬉しくて。
彼が近い。ただそれだけで幸せで。
「一緒に登校しない?」
「ん、わかった」
「じゃあ、急いで支度してくる」
回れ右をして走っても、もう昨日みたいに胸は痛まない。
身体はとても、軽かった。
みっつのキモチ、みっつのコタエ 奔埜しおり @bookmarkhonno
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