きみにおくるのは

 元々今日は、一緒に帰る約束をしていた。そこで作ってきたマドレーヌを渡そうと思っていた。お菓子作りは好きで、たまに作っては綾や薫にあげていた。今回のはちょっぴり自信作である。

 恋人が他の女性に呼び出され、贈り物をされまくるという、本当に、本当に嫌な一日だったけど、今からは私の時間。胸のモヤモヤは押さえ込んで、手鏡で前髪を確認しつつ、今か今かと校門前で薫を待つ。

 待ち合わせ時間、二十分後。来ない。

 さらに十分が過ぎて三十分後。流石に遅いと思い、スマホを立ち上げて薫の番号を探してタップする。耳に当てると呼び出し音が少し鳴り、そしてすぐに繋がった。

『もしも――』

『ちょっと杉田ァ。告白してるのに電話取る?』

『ああ、ごめん。ちょっと待ってね。……未里?』

 告白。

 彼女がいる人に告白ですか、そうですか。

 しかもその後ろからまだ複数名の女子の声がする。順番待ちか、野次馬か、告白してる子の友人か。

 いずれにせよ、待ち合わせをしているのに薫は謝りもしないのか。そうかそうか、私はその程度の存在か。

「私、先帰る」

『え、あ、ちょ――』

「告白の邪魔してごめんって女の子に伝えといて。それじゃ」

『みさ――』

 慌てた声色で私を呼ぶ彼を無視して、一方的に電話を切ると、そのまま電源ボタンを長押しして電源まで切る。そして私は歩き出す。最初は普通だった歩幅は徐々に大きくなっていって、速度も速くなっていく。気づけば全力疾走していて、家に着いたときには肩で息をしていた。

「ただいま」

「あら、おかえりー」

 奥からは今話題のドラマの音と、脳天気な母の声。なんの罪もないそれにさえも私は苛立ち、階段を駆け上がって、自室に飛び込みドアを乱暴に閉める。下から母が注意する声が聞こえた気がしたが気にしない。気にすることなんて、できない。ドアを伝って私はその場に座り込む。そして息を整えながらもスクールバッグを開き、目当てのものを探す。それはすぐに見つかった。綺麗にラッピングした、小さな箱。ビリビリとラッピングを破り、箱を開け、中のマドレーヌを掴んで口に放り込む。口いっぱいにしっとりとした甘みが広がる。おかしいな、昨日味見したときはこんなに甘ったるくなかったのに。そう思いながらもマドレーヌを次から次へと口の中に放り込んでいく。少し汚い食べ方だけど、もうどうでもいい。このまま捨ててしまおうか、とも思ったけど、そうすると自分の気持ちも捨ててしまいそうで、できなかった。

 ――好きなんだけど。

 二年前の誕生日に言われた言葉。それまでずっとじゃれるように雑談をしていたのを、覚えてる。一緒に笑ってたのに、ふっと真面目な表情に変わって、薫が言ったのだ。

 ――えっと、なにが?

 心のどこかで人気者の彼のことを好きでいながらも諦めていて、今の友達ポジションでいることに納得していた私には、瞬時に理解できない言葉だった。

 ――未里のこと、好きなんだよ。

 困ったように笑う彼に、私はどうしていいかわからず、笑う。

 ――あ、友達としてってことだよね? びっくりするじゃん、もう。私も好きだよ。

 ――違う違う。だから、恋人になってほしい、の好き。

 ――……本気?

 ――本気。

 その言葉がどれだけ嬉しかったことか。

 ――ありがとう。私も、薫のこと……好き。

 ありったけの想いを、私はあの言葉に詰めた。思わず泣いてしまった私を、薫は静かに抱きしめてくれた。

 幸せだった。これからは恋人として一番近くにいれるんだと思った。だけど今は、あの頃よりもなんだか薫が遠い。薫の周りには女の子が沢山いて。私はいつもその中心にいる薫を見つめている。

「私ばっかりやきもちやいて、本当、嫌だ」

 みっともない。

 薫をまっすぐに信じることが出来ない私が、すごく小さい。

「もうやだ」

 その声が湿ってることに気がついたときには、視界はぼやけていて。私は座り込んだまま膝に腕を回し、顔を埋めた。

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