バレンタイン・ノート

*矢口ねなろ

バレンタイン・ノート


なんの気もなしにペラペラとめくると、赤色で丸された問題の横に質問と丸字で書かれていた。

俺が授業中に見つけた理科室の机の中の一冊のノート。

大学ノートで理科の教科で使っているからか色は緑色。

名前はかすれて消えているが、"4"という数字はかろうじて読み取れる。学年に4なんて無いからきっとクラスか出席番号だろう。

質問するらしい問題は白紙だが、何度も消した跡がある。俺の得意な物理の問題。

本当にその時はなんとなくだった。後で消せるようにシャーペン1本で薄く、問題を解いていく。問題的にも同じ学年。応用のようで意外と手こずったが授業中内になんとか解けた。

丁寧につまずきそうなところの解説も入れてみる。書き終えたノートを見て満足感に浸る。消そうと思ったがせっかく書いたのだし質問と書いてあった問題だ。少しぐらいはと思い、そのままノートを閉じて俺は元の机の中におしいれた。

今となっては何故、知らない人のノートなんかに手をつけたのか分からない。

ただ、この時。俺がこんなことをしなければ全ての物語は存在しなかったはずだ。





次の日の授業に理科はなかったので俺があのノートに手を付けたことによって起きた結果を知ったのはその次の日。

理科室の決まっている席に座ると、ふとあのノートのことを思い出した。

あるはずないと思いながらも机の中に手を突っ込む。

手になにか触れた。ガタガタしていてリングのような馴染みの感触。

掴んで持ち上げると消えかけた"4"。

またあのノートだ。

まだ取りに来てなかったのか。

そういえばこの前ノートを見つけた時、先生に預けず机に突っ込んだんだった。

授業が終わったら先生に渡しに行こうと思いながらもまた、ペラっとベージをめくる。

何も変わってないと思ったが違った。

俺が解いたあの応用問題のページの端っこにあの時にはなかった文字が並んでいる。


――


どこの誰か分からないけれど、有難うございます(≧ω≦)

解説付きでわかり易く何回やっても分からなかったのでとても助かりました!


――



見たのかよ。

なのにわざわざ、ありがとうを俺に言うためだけにこのノートをここに置きっぱなしにしたんだ。そんなところが少し可愛いと思ってしまう。

俺もシャーペンを手に返事を書いた。


――


喜んでもらえて良かったです。


――


こういう時に自分の不器用さに失望する。何かもうちょっと書きたいのに特に何も書くことが見つからず諦めてそのままノートを閉じ、机の中に突っ込む。

だがやっぱり何か書きたい。

色々考えたがあまりいい感じの言葉は出てこず授業ギリギリで『字、綺麗ですね』と付け加えて次こそはと机の中に突っ込んだ。



それから1ヶ月は経っているがなぜだかあのノートでのやり取りは続いている。

相変わらず、窓口は初めに俺が応えた質問のページでノート自体は理科室のあの机。

ある時は先生の話。ある時はテレビの話や家で飼っている犬の話。またある時は物理の質問。

沢山やり取りしたが俺にはひとつ疑問があった。

相手は名乗ろうとしない。俺的には名前ぐらい知りたかったが相手が全くそういう素振りを見せないので俺も名乗らず、そういう質問もしたことが無い。

俺は勝手に女の子だと思っているけど男子かもしれない。

俺は彼女の丸くて可愛い字、時々見せる気遣い、ちょっと天然なところとかも沢山知っているのに相手の名前、性別さえも全然知らないのだ。

考えれば考えるほど気になっていく。

この子はどんな容姿なんだろう?髪は長いのかな?短いのかな?声は?可愛い声?低い声?

ノートの隅でのやりとりなんて返さなければ切れてしまう。

気付けばもっと強い、確実な繋がりを求めている自分がいた。

そんな心をぶつけるように俺が


――


君に会ってみたいです。


明日の放課後5時に理科室前。


来る、来ない、どちらでも構いません。


俺は来て欲しいです。


――


と書き残したのは2月13日。バレンタインデーの前日だった。



やけくそで書いたものだから後からかなり悔やんだ反面、あの時の感情任せで本音が言えて、会えるという喜びに嬉しさもあった。

しかし、よく考えればバレンタインデーに呼び出したのは間違えだったかもしれない。

最近は、女子から好きな男子へ渡すチョコレートだけでなく友達同士の友チョコや自分用のマイチョコなんて言うのもある。

そんな中、男から女に送る逆チョコなんてのもあるのを俺は知っていた。

人よりコミュニティーケーション能力が欠けているのは自分がよく知っている。

なので俺はバレンタインデーというのを利用してチョコを。逆チョコを渡そうと考え用意してきた。

チョコを渡せば自然と会話ができるし話題もあるだろう。

会って『あぁ、ノートで会話してたのはこんな子なんだ』だけで終わって勿体ない思いをすることだけは避けたかった。

だが、よく考えると相手に彼氏がいて拒否されるかもしれないし、男から送るとかキモいと思われるかもしれない。相手が男という可能性もゼロじゃない。

チョコを選んでいる時はあんなにワクワクして未だ会ったこともない彼女のことだけを考えて楽しかったのに。

ここまで来たのだから引き返せない。引き返すものか。緊張で脈拍がどうにかなりそうだ。

こんなにも張り切ってチョコを選んでおきながら自分で食べることになったら心が折れそうだと少々思いながら俺は理科室の前で右往左往していた。

腕時計を1分ごとに確認してしまう。


しかし、そんな期待をことごとく裏切り


約束の5時を過ぎても6時になっも彼女は来なかった。




――


昨日は行けくてごめんなさい。

このノートは続けてもらえると嬉しいです。

あなたとこうして話してるととても和むから。


――


これが2月15日の彼女のメッセージ。

少し遅れてくるのかもしれないと念のため30分までは待った。廊下の寒さよりも心にすきま風が入ってきているかのようだった。

チョコは自分で食べるのも虚しく、姉にあげた。

俺はあの時、来ても来なくてもいいと書いた。だから責めるつもりも怒るつもりもない。

なんだか感じたことのない感情。心に穴が空いた感覚。

自分は浮かれすぎてたんだ。

相手のことばかり考えてしまってフワフワと心が昇っていく感覚に実はこれが恋というやつじゃないのかと思った時もあった。楽しかった。それで相手も恋をしてて両想いで、付き合って幸せになる。

恋愛不足の俺にはそれが誰もが通るシナリオ。

でも相手は会ってくれなかった。

こうなるならば恋じゃない方がいい。恋じゃなければいい。今ならまだこの感情を否定できる。





――


大丈夫ですよ(^^)

自分もこのまま君と話し続けたいです。


――


俺はそれだけ書いてノートを閉じた。



踏み込もうとしない。もう特別に思わない。そう学んだ俺は相手と一定の距離を保ちつつノートでの会話を続けた。内容も日常会話より物理の質問が増えた気がする。

そんなかんだであの日から1ヶ月が経っていた。


バレンタインデーの1ヶ月後といえばホワイトデーだが俺には毎年関係ない行事になりすぎて今年もホワイトデーであることを忘れていた。


今日は俺がノートに書き残す番だ。

今回も物理の質問だ。最近はかなり難しい問題にもチャレンジしてきて俺も一度持ち帰らないと解けくなってきた。

それだけ彼女も成長してきているのだ。

『この問題のココ、〇〇じゃないんですか』という言葉の後に付け加えられた"?"と"!"が逆になった"?!"なんていうのも可愛らしく見えてつい笑ってしまう。

俺はそのノートを持って教室へ帰った。


教室で女子達が少し遅れたチョコ交換をしているのを横目に見て

バレンタインから、あの日から1ヶ月もたったんだな早いな。放課後の廊下で小さく呟く。

今は丁度5時。

いつも一緒に帰っている友達が委員会とかなんかで遅くなるのでそれを待っている。

その間の時間に図書室であのノートの物理の問題を解いておこう足を運んでいたところだった。

理科室の前で一ヶ月前のことを懐かしく思い出す。

あの時は不安に思いながらもドキドキしながらも会えるという事が楽しみで仕方なかった。

心になにか暖かいものがじわじわと広がってくる。これが、切ない。という感情だ。

俺はこのノートのやり取りは今回で最後にすることを決めた。けじめをつけたい。

バレンタインの時から今まで自分の恋心を否定してきただけだったがきっぱりと切りたい。

ノートを持ち直し、理科室の前から離れようとしたその時だった。


声が聞こえた気がした。




『2月14日放課後5時理科室前!』




はっきり聞こえた。その言葉を俺は知っている。


振り返り、つま先から視線を上げていく。

顔を真っ赤にし、手には小さな袋を持っている女の子。

その子と目が合うと制御していた。否定していた感情が弾ける音がした。

女の子は安心したようにひとつ息をついて話しかけようとするがそれを待てずに俺が先に話しかける。


「君が...ノートの持ち主...?」


君は一瞬戸惑ったが綺麗に並んだ歯を見せながら笑って言った。


「はい」


その笑顔は吸い込まれるほど素敵だ。


「あの...。バレンタインの時はお会いできなくてごめんなさい。実は...メッセージをその日に見たのでコレを用意出来なくて...」


前に出したのは手に持っていた小さな袋。


「あの...ホワイトデーになってしまってごめんなさい、」


君は真っ赤な顔を下げながら袋を俺に渡してきたので受け取った。


「いつも、ノートでくだらない話とか質問とか付き合ってくれてありがとございます!」


「なるほど、ありがとうチョコ、か。」


期待していた理由と違ったが君に会えるだけでよかった。嬉しかった。

その上チョコなんか貰ってバチが当たりそうなぐらいだ。


「いえ...その...ありがとうチョコじゃなくてですね...」


えっ、と君を見ると、うつむいたままの君はますます赤く染まっていた。


俺は思わずクスッとひとつ笑ったら

君は顔を上げて返事がわりにひとつ笑顔を作った。




今度は俺が君に質問させてよ。



これからはノートの隅っこじゃなくて君の隣で話がしたいからまずは名前から君に教えるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタイン・ノート *矢口ねなろ @Mio1500

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ