6

 四日目。

 コールは約束通り全てを教えてくれた。

 それは私にとって、とても衝撃的な内容だった。

「マリア、僕たちは同じ時間軸を共有していない」

 どちらがそうなのかは解らない。

 だが片方は未来へ。

 そしてもう片方は過去へ過去へと遡っている。

 相反する果てしなき時の流れの中、ほんの一瞬、神様のイタズラで交信できてるに過ぎない。

 私が初めてコールと出会った時、あれはコールにとって10回目。

 彼の最後の交信だったんだ。

 全ての疑問が氷解した。

 何故、未来を知っているのか。

 何故、過去を忘れるのか。

 二回目に話した時、カプセルを飲んだ飲まないの話で貴方があんなに驚いた理由。

 あれは貴方にとって九回目なんだよね。

「…最後の最後に教えてくれてよかった」

 今ならその言葉の意味を痛いほど理解できる。

 ごめんね。

 最後の最後で私、貴方にロクなこと言わなかったよね。

 涙が出るほど悔しい。

 いつもそうだ。気づいた時にはいつも遅すぎる。

 そして、その事実はもう一つ、冷徹な事実を私に突き付けた。

 私がコールを知れば知るほど、コールは私を忘れていく。

 正確には知り合う前に戻っていく。

「でもお互い様さ」

 コールの口癖。

 そうだよね。本当にお互い様だよね。

 まるでシーソーのように、お互い同じ体験をしてたんだ。

 時間が異なるだけで。お互いに。

 5回目の交信。

 お互いの知識と経験、記憶が一番拮抗してる時。

 この時の会話を私は一生忘れることはないだろう。

 心の底から時が止まって欲しいと思った。

 初めて私たちはお互いに愛を交わした。

 愛してる。

 今までも、

 これからも、ずっと。

 今時、中学生でも言わないような恥ずかしい台詞をお互い掛け合った。

 指の隙間からこぼれ落ちる時間、記憶を抱きしめるように。

 そして約束した。

 これからお互いに、どんどん相手が自分を忘れても、けして諦めない。

 どんなことがあっても絶対に生きるって。

 そうだよね。

 約束したもんね。二人で。

 コールの言った通り、六回目から彼はどんどん私を忘れていった。

 立場が逆転した。

 教えられる側から、教える側へと。

「貴方が考えてる事は良く解るわ。私がそうだったから」

 今頃あっちのコールも昔の私に手を焼いているだろう。

 かなり苛つくと思うけど我慢してね。

 一言忠告しとけば良かったかな。

 七回目。

 八回目。

「何でそんな事まで知ってるんだ? マリア君は何者なんだ!?」

 私の知ってるコールはもうそこにはいない。

 でも新鮮な驚きを感じる。

 彼の学生時代のアルバムをこっそり盗み見てる感覚。

 コール、貴方の素顔って本当はもっと真面目だったんだ。

 あのおちゃらけた態度は私を元気づけてくれる為だったんだね。

 ありがとね。

 貴方に教わったことを、新しいまっさらな貴方へ伝えていく。

 何故ここにいるのか

 何故出会ったのか

 私は何者なのか

「いずれ解るわ」

 貴方の言葉を新しい貴方に。

 いつか新しい私に返す為に。

「コール。貴方が教えてくれたようにね」


 …そして、遂にこの日を迎えた。

 貴方が私に初めて出会った日に。

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