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今となっては何が原因だったのかは判らない。
船内時間でいう約二週間前。 船外時間だと、果たして何年前。いや何百年前のことなのか。
私は海王星の大気調査の為、母船エメラルドから切り離され、降下準備に入ってる真っ最中だった。
相方のボビーは急な腹痛のためリタイア。 仕方なく私一人でミッションを行うこととなった。
ミッションと言っても、海王星の周りを周回し、微量に存在する希薄な大気を採取し、重力に捕らわれる前に離脱する。
いつも通りのルーチンワーク。
学者センセーの気まぐれでミッションがコロコロ変わるので、私たち探査挺(ヴィークル)乗りは皆ウンザリ。
本来なら定員割れのミッション実施は厳罰ものだが、そんなことを口にする者は誰もいなかった。
本来なら四名乗りのアクエリアスの船内は私一人だけでは妙に広く、ガランと感じたのを今でもハッキリ覚えている。
降下5分前。
ドッキングアームに釣り下ろされたアクエリアスから眼下に見下ろす海王星は、濃いブルーの大気が渦巻き、来る者を一切拒むよう冷たく輝いている。
ジーナの「ムンクの叫びの背景みたいだね」 の一言で、普段はあまりを冗談を言わない隊長が 「惑星ムンクと申請するか?」 と真顔で言い出したのに腹を抱えて皆で笑い転げたのを今でも不意に思い出す。
アームのロックが外され、金属同士の軋む耳障りな音が船内中に響き渡る。
これから約三時間の大して面白くないピクニック。
その筈だった。
スラスターを逆噴射して、ゆっくりと高度を下げていく。
海王星の第一宇宙速度を割らないよう減速するのがこのイベントの一番の見せ所だ。 重力が大きいので、少しでも噴射をミスるとそのまま引きずりこまれかねない。
とは言え全て自動制御なので、私のやることは計器とにらめっこしながら、記録簿にチェックを入れるだけなのだが。
3周目で低軌道に入り、スラスターがオフ。
後はぐるぐる周りながら離脱高度まで下げるだけだ。
燃料残量も、燃焼装置にも異常なし。
船外放射線量も基準値。
オールグリーン。
さぁこれで本格的にやることがなくなったぞと欠伸をした時だった。
異常を知らせるけたたましいアラートが響いたのは。
それまで緑一色だったコンソールが、瞬く間に真っ赤に染まった。
あまりに突然のことで、パニックに陥る暇すらなかった。
デブリの接触?
放射線の異常上昇?
おおよそ考えられるトラブルを想定しながら計器を覗いた私は、思わず声を失った。
まるでウィルスに感染した古いPCのように、コンソールは意味不明な画面を延々と映し出すだけだった。
完全に制御不能。
そしてそれは、海王星への大気圏突入。
つまり墜落を意味していた。
一気に血の気が引いた。
マイクに向かって必死に現状を報告したが、ノイズがひどくて母船と満足に連絡すら取れない。
こんなこと、今までにないことだった。
頭の中がパニックに侵されていくのが、冷静にわかる。
時間の流れがゆっくりになって、現実と乖離していく。
激しいノイズの彼方で「接近警報」の声がする。
あの甲高い声はジョディだったか、思い出せない。
その声に導かれるように、私は窓の外に目を向けた。
何かが迫ってくる。
彗星?
いや、あんなの今まで見たことない。
青く輝くスペクトル。
ドップラー効果により、極めて高速で接近する物体の色温度は青に移送する。
大学で学んだうろ覚えの知識が脳裏をよぎる。
ハッと我に返る。
そうだ
あれは
光速で近づいているんだ。
記憶があるのはそこまでだった。
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