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私は時々、底抜けの馬鹿なんじゃないかと思う時がある。
「マリアは真面目すぎるからね。悪い男に騙されないよう気をつけなよ」
ハイスクールの頃、友人からよく言われたもんだ。
ある意味、今も男に騙されてるのかもしれない。
何でだろう。
本来ならとっくに恐怖も絶望も、そして空腹もない世界に旅立ってる筈なのに、いま私は非常食のチョコバーを頬張っている。
何故チョコバーかって?
飲み込むのに努力を要しない食料がそれしかないからだよ。
軍人さんを本当に尊敬する。
よくあんな糞不味いレーションを胃袋に納めることができるものだ。
肉は筋ばっていて油まみれ。
野菜は乾燥しすぎてパサパサ。
味に至っては消しゴムを食った方がマシってレベル。
アポロの時代じゃあるまいし、非常食でももっとマシなものを想像してた私が馬鹿だった。
今のご時世、味は科学の発展が決めるんじゃない。
予算が決めるんだ。
こんな目にあってるのも、みんなあの男のせいだ。
コール・サイン。
ふざけた名前のあの男。
もうすぐ時間だ。
彼の言う通りなら、もうすぐ回線が繋がるだろう。
聞きたいことは山ほどある。
昨日の交信を思い返すに、対話できる時間は多くない。
いかに無駄話せずに、順序よく、冷静に、筋道たてて、論理的に…
やだな。
これじゃ馬鹿にされてたハイスクールの私と同じだ。
「マリアは真面目すぎるからね。悪い男に騙されないよう気をつけなよ」
悪い男から見たら、私のような女は格好のカモなのだろうか?
あーもう
チョコバーをくわえたまま、頭をグシャグシャかきむしる。
「今日も飯はチョコバーかい? 健康に悪いぞ」
突然声が響いて鼻水出そうになる。
まただ。
この男は私が慌てふためくことに全ての情熱でもかけてるのだろうか?
大丈夫。
落ち着いて深呼吸する。
ディベートと一緒よ。
これは相手を焦らせて自分が優位に立つ常套手段。
なら対処法は充分解ってるでしょう?
大丈夫よマリア。
私なら出来るわ。
「おあいにく様。健康に気を使える立場じゃないのはお互い様ではなくて? Mr.コール・サイン」
「こいつはご挨拶だな。妙に喧嘩腰に聞こえるよ。昨日、僕が何か言ったせいか?」
胃の中で感情が沸騰しそうになるのをグッと抑える。
「時間がないの。そろそろ本題に入っていいかしら?」
よし、上出来。
いまのところ、いい感じに場を支配してる。
「そうだな。マリア、何から聞きたい?」
要求があっさり通ったことに少し拍子抜けする。
でもまだ油断できない。
「あなたは何者? そしてこの状況。原因。その対処法。全てを聞きたいわ」
言った後で、最初に状況と対処法を聞くべきだったかと軽く後悔する。
この質問では、まず僕に興味があるのか? とはぐらかされかねない。
「僕の名前や所属は一回目に教えた筈だよね。全て事実さ」
「なんとか星系の駆逐艦って話? 今時、中学生だってもっとマシな嘘つくわ」
「それこそお互い様だ。君の所属や名前なんて、僕らから見たらそれこそ空想世界のそれだからね」
「………」
「僕をエイリアンだと思ってないかい?マリア」
胸のうちを見透かされてドキッとする。
いつの間にか、また主導権をコールに握られていた。
「僕がエイリアンなら記念すべきファーストコンタクトになるところだが、残念ながらこの件に関しては“解らない”が限りなく正解だ。もし異性人なら何故同じ言語を共有してるのか説明がつかないし、それに僕らも自分の母星を“地球”と呼んでいる。パラレルワールドなのか、それともタイムスリップなのか。判断するにはあまりにも材料が少なすぎる」
昨日の戯れ言からは打って変わって論理的な言葉に、私は半ば毒気を抜かれていた。
「じゃあ…原因は…」
「残念ながらそれも解らない。マリア、君は惑星の周回軌道を廻ってたって言ってたよね?」
…私がいつコールにそんな事を言ったのだろう?
少なくとも、昨日の交信では一回もそんな話は出てない筈だ。
「僕は新しいワープ機関のテストの最中だったんだ。座標はオリオン腕エリアL18。3光年ばかり小惑星も何もない、テストにはうってつけの空域さ。テストは成功したかに見えた。突然予期せぬ惑星が目の前に現れるまではね」
どこまで信じたらいいんだろう。
オリオン腕。(※ 銀河系の中心から伸びる恒星系やガスで構成される「腕」の一つ。太陽系も含まれている)
ワープ。
光年。
それこそ空想物語にしか出てこない用語。
私たちの科学力では未だ到達できない世界。
それをコールのいる世界では現実のものにしているのだろうか?
「あとは君も経験した通り、気がついたら亜光速の世界にいた。機関の暴走か、時空の歪みかは解らない。ただひとつ言えるのは、この空間で生きてるのは僕たち二人きりという事だけさ」
「…随分とロマンチックな話ね」
なんか一矢報いてみたくて、皮肉屋を演じてみる。
「その次の言葉は“だから一緒に食事でもいかが?”かしら」
「そうだな。今度の金曜はどうだい?」
ダメだ。
減らず口ではとてもこの男に敵いそうもない。
何故だろう。
クルーに囲まれてた時のように適当にスルーすればいいだけなのに、何で私はこんなにもムキになるんだろう。
「嘘か本当かはともかく、面白かったわ。昨日のうちにカプセルを飲まなくて正解かもね」
「何だって?」
コールの口調が急に変わった。
「何って…緊急避難(エマージェンシー)カプセルよ。あなたの船にもあるでしょ」
「飲んだのか?」
「一体何を言ってるのコール? 飲むな、生きろと言ったのは貴方の方よ?」
訳が解らない。
軽い記憶喪失でも患ってるのか?
それとも、これもドッキリの類いか何かなの?
口調を聞く限り、コールは本当にショックを受けているようだった。
「最後の最後で聞いておいてよかった…」
最後?
時々本当に話が見えなくなる。
「教えてくれてありがとう、マリア。もう少しで僕は一生後悔するとこだった」
「ちょっと、コール。ねぇ!」
「僕は………」
…まただ。
安い連続ドラマのように、一番盛り上がるシーンで次週へ。
幸い私の場合は明日だからまだマシだが、それでも独りぼっちの24時間が長いことには変わりがない。
正体を暴くつもりが、ますます謎が増えてしまった。
もしかして、これも彼の作戦なんだろうか。
興味を惹き付けて、突き放して、私の中にコールを存在をガッチリと固定する。
軽い記憶喪失も計算のうち。
こんな事を考えてる今でも、実はコールの手のひらで転がされているだけなのだろうか?
いつかは全て明らかになる。
彼はそう言った。
でも今は話せば話すほど濃い霧の中をさ迷っている感じだ。
一体どれを信じたらいいんだろう?
コール。
貴方は何者なの…?
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