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「マリア聞こえるか! 応答しろ!」
この時の私の気持ちを解ってもらえるだろうか?
色んな感情がドッと押し寄せてはきたものの、一番大きかったのは “唖然”であり
そして“絶句”であった。
我に帰るまで何秒を要しただろう。
とりあえず口の中のカプセルを掌に戻し、マイクを手に取る。
プレストークを押すのはしばらく躊躇われた。
正直、絶望のあまり幻聴でも聞いてるのかと自分を疑っていた。
だってどう考えてもありえない状況だ。
仮にアクエリアスが光速で移動してるなら、電波による交信は不可能だ。
電波も光の一種だ。
光が光を追い抜くのは理論上ありえない。
「…こちらUSSR6、PV125アクエリアス」
「ああ、マリア。生きてるな。良かった」
頭の中にクエスチョンマークが乱立する。
なんだ?
もしかして、私は本当に気が狂ったのか?
「大丈夫か。薬はちゃんと吐き出したろうな」
何故この男はそんな事まで知ってるんだ?
カメラか何かで私の行動を見てなければ説明つかない。
なら、これは壮大に手をかけたドッキリか何かか?
腹の底から怒りが湧いてきた。
いくらなんでも悪質すぎる。
許せない。
「貴方が誰か知らないけどいい加減にして。イタズラにも限度があるわ」
「おっと、どうやら怒らせちまったようだな、すまない」
その軽い口調に私はまた苛ついた。
「これはどう考えても処罰ものだわ。貴方がうちの隊長にそそのかされたとしてもね。言いなさい、所属と名前は」
「僕はコール。コール・サイン。クラスタ星系アブルタス艦隊、駆逐艦ファナールのパイロット。君は僕を知らないだろうけど、僕は君をよく知ってるよ」
怒りも本当に限界を越えると言葉が出なくなる。
その時の私がまさにそうだった。
この男は、この期に及んでまだ下らないジョークで私をからかうつもりか。
名前がコール・サイン?
クラスタ星系?
駆逐艦?
阿呆か。これ以上アニメに毒されたオタク野郎に付き合っていられない。
「君が何を考えてるのか想像つくよ。僕も初めて君に会った時は同じことを考えていたからね」
「はぁ?」
「でもこれだけは言える。これは冗談でもなければ幻覚でもない。れっきとした現実だ」
「ねぇ、もういい加減に…」
「聞くんだマリア!頼むから!」
鬼気迫る口調に思わず押し黙る。
なんなのよ一体。
「もう時間がない。最後くらいはちゃんと話しておきたい。マリア。僕たちはこれから10回交信を交わす。これはその一回目だ。いま君が感じている疑問も10回目には明らかになってるだろう。僕がそうであったように
わからない。
この男は一体なにを言ってるの?
これから宜しくと言いたいところだが…残念だよ。こんなことになるのなら、もっと初めのうちにいっぱい喋っておけば良かった
マリア
マリア・アンダーソン
僕は君の名を、その声を、一生忘れることはないだろう
今は何のことやらサッパリだと思う。だから約束してくれ
生きるんだ、何があっても
けして死なんか選ばず、必ず生き抜いてくれ
僕もそうする
約束だったからね
違う意味でパニックになりそうだった。
右から左へと通りすぎる意味不明な声の羅列を唖然と見つめるだけ。
「…あんたなんかに頼まれなくたって生きてやるわよ。何様のつもり?」
何とか捻り出した悪態だったが、それで男は満足したようだった。
本当に訳が解らない。
「安心したよ」
回線が不安定になったのか急にノイズが増えてきた。
「時間だ」
その声はどこか切なく、永久の別れのような響きがあった。
いや多分気のせいだろう。
初めて会ったばかりなのだから。少なくとも私は、この男の事を何も知らない。
「じゃあ明日からよろしく。回線が繋がるのはこの時間帯だ。色々楽しかったよ。さよならマリア」
「ちょっとまだ何も…!」
「いつか必ず君に…」
ノイズが一際激しくなって、唐突に途切れた。
後はさざ波のような無音が流れるだけ。
私は慌ててボイスレコーダーを確認した。
不慮の事故に備えてコクピットの会話、そして船外交信は全て録音する決まりだからだ。
自分の声に違和感を感じるのはまぁいつものこと。
交信は全てクリアに録音されていた。
ボイスレコーダーは常時消去と再生を繰り返している。
この内容もあと3時間経てば消えてしまうだろう。
そのまま時が経つのに任せて消してしまおうとも思ったが、一応規則な訳だし、保存することにした。
これをどこに報告するのか今は皆目検討がつかないが。
やだ。
私、カプセルをまだ後生大事に握ったまんまだ。
自分の行動に思わず笑ってしまう。
こんな状況でも、まだ笑うことって出来るんだ。
あのバカ男と話したせいもあるのかもしれない。
ほんの少し、落ち着きを取り戻せた。
そんな気がする。
あいつ、コール…って言ったっけ?
後9回。果たして彼の言ってることが本当なのか、それとも只の大ボラなのか、嘘なのか。
どっちにせよ、しばらくは退屈しないで済みそうだ。
自分で自分を始末するのは、その後でも充分間に合うだろう。
薬はまだ予備がある。
窓の外は相変わらずスターボウだけが輝いている。
あらゆる常識と事象を超越した静寂の世界。
あの男も同じような光景を見ているのだろうか?
私と同じように光速のスピードで。
もしかして、すぐ近くを同じように漂流しているのだろうか?
明日のこの時間帯か…
スターボウに向けて、私はハッキリ声に出して言った。
「あなたの正体、暴かせてもらうわ。Mr.コール・サイン」
今だからハッキリ言える。
その時の私は、間違いなく微笑んでいた。
笑っていたんだ。
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