5
放置してあった非常食。
その野菜のフリーズドライらしきものを無理やり喉の奥に詰め込んで、思わず涙目になる。
こうまで芸術的な不味さにすることに何か意味があるのか、開発者に問い詰めたい。
パッケージを信用するなら、ビタミンやカロチンは効率的に採れる、らしい。
信じたいものだ。
そうでなければ誰も好き好んでこんな罰ゲームなどやらないだろう。
別にコールに言われて、健康に気を使い出した訳じゃない。
ニキビ(二十歳を越えたら吹き出物か?)が気になっただけだ。
流石はチョコバー。カロリー満点。
もしかして、何も知らない人が見たら、男に指摘されて慌てて美容に気を使う馬鹿な女に見えるのだろうか?
冗談じゃない。
それこそ勘違いの極みだ。
健康管理もパイロットの仕事。
それ以上の以下でもない。
それだけよ。
…もしかして自意識過剰なんだろうか?
常にくだらないことをぐるぐる考えあぐねて、おまけに独り言まで多くなった気がする。
神経過敏で支離滅裂。
外界からの刺激が一切ない環境に放り込まれたのだから自然の反応だと、自分を納得させる。
違う。
多分、認めたくないんだ。
コールからの通信を心待ちにしてる自分を。
それにしても、今日は妙に遅い。
いつもなら、とうに軽口がスピーカーから流れ出てる筈なのに。
回線の不調?
何らかのトラブル?
急に不安になり、自分からマイクに呼び掛けてみた。
「………コール?」
「うわっ!」
いきなり声が弾けて驚いた。
「ああ、良かった。まだ僕を覚えててくれたか」
「ええコール」
ついつい憎まれ口が突いて出る。
「忘れられるものなら忘れ去りたいけどね」
それでも、心の底から安堵してる自分に気付く。
「さて、昨日は何の話をしたっけ?」
「また忘れたの? 貴方のワープテストの話。今日はそれについてじっくり聞かせて貰うから」
「ああ、なるほど。で、君は原因が僕にあると疑ってる訳だ?」
「よく解ったわね」
「そりゃ同じ道を通ってきたからね。だいたい解るさ」
「なら話が早いわ。どうなの?」
「はっきり言って解らない。もしこれが通常の衝突なら、今頃僕らは天国だ。ワープテストによる重力震が次元の壁に干渉した説も考えられるが、現実に惑星まるごと引き付けたケースなんて今までないからね」
「全ては謎ってこと?」
「僕らが無事に生還できて、学者先生方が調査に乗り出せばいつかは解明されるかもしれんがね」
「無事に生還できたら…ね」
私は前方のスターボウに目を向ける。
あらゆる常識も事象も拒絶した世界。
そういう意味では、限りなく天国に近い場所。
「残念だけどコール。生還は私たちが会う以上に無理だと思うわ」
「随分悲観的だな。パイロットらしくない」
「現実的なだけよ。パイロットだから」
「…不幸だと思ってる?」
「それは…お互い様でしょ? もし貴方が原因だったら思い付く限りの恨み言を叩き付けてやるつもりだったけど」
「期待に添えれなくてすまなかったな。でも、俺はこのアクシデントをラッキーだったと思ってるがね」
予想外の言葉が飛び出して、頭がポカンとなる。
「なんで?」
「だってそのお陰で君と出会えたんだぜ。もし僕らが本当に別次元の存在なら接触は永遠に不可能だ。それが今現実のものになってるんだから、ラッキーを越えて運命かもしれないだろ?」
…呆れた。
どこまで底抜けのポジティブ思考なんだろう。
ここまで来ると病気だ。
同時に、何で私がコールにいちいち苛つくのも解った。
その少年のような輝かしい生命力が私には眩しすぎるからだ。
私には無理だ。
こんな現状に追い込まれて、それでも希望を諦めないなんて。
コールが声をかけなかったら、とうの昔に放り出していた。
羨ましい。
その強さが。
「…限りない馬鹿ね」
「誉め言葉と受け取っておくよ。でもこれも君から教わったんだぜ」
…私が?
こんな悲観的な私が一体いつコールに?
「マリア。次の交信でおそらく君は全てを知る。いや間違いなく知るだろう。僕はそれを見てきたから」
そうだ。
何でコールはこんなに未来を知ってるのだろう?
その謎が次で解ると言うのだろうか?
「楽しみにしてほしい。じゃあまた明日。おやすみマリア」
「ええ、おやすみなさい。コール」
出会って三日目で初めて交わせた交信終了の挨拶。
それは私がコールと打ち解けられた何よりの証拠だろう。
惹かれていたんだ、彼に。
それが恋か愛かなんて解らない。
でも彼と話してる時、何よりも満たされているのを感じる。
どんな顔なのか。そもそも人間の形をしているのかすら解らない相手なのに。
明日。
明日で全てが解る。
不意に怖くなった。
昨日までは知りたくて我慢できなかったくせに、いざ目の前にすると臆してしまう。
せっかく積み上げた信頼や交流を根本から失ってしまう。そんな気がして。
このまま時間が止まってくれたらいいのにな。…
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