心が女な幼馴染に恋をしてしまったら

紅雪

彼女と彼女

「景ちゃん。今度一緒に新しいチーク買いに行こうよ。今年の春はピンクベージュが流行なんだって。」

そう言いながら幼馴染の部屋の扉を開けた。

「え、ちょっとなにもう、ノックぐらいしてよ。」

ハスキーボイスにクール系で端整な顔立ち。すらっと長い手足にシンデレラバストとパリコレモデルのような彼女。

急に扉を開けたせいだろう、まだウイッグをかぶっていない魅惑的な漆黒のベリーショートヘアは普段ロングヘアーを愛する彼女の違った一面を垣間見た気がした。

「ごめんごめん。まぁいいじゃん、女同士だし。」

私がそう言うと安心したような柔らかい頬笑みを返し、また鏡を覗きこんだ。

景ちゃんは生物学的にいえば女ではない。けれど誰よりも美容に興味があるし女の子らしい格好だってする。男と付き合っているという話までは聞いたことがないのだが、細マッチョなイケメンが好きだという話で私とよく盛り上がったりするあたりから察するにそうなのだろう。


だから、忘れていたのに。


「じゃあちょうどいいから、今日のヅラどれがいいか選んでくんない?」

「ヅラって何!ハゲじゃないんだから、せめてウイッグって言いなよー。」

「別にいっしょじゃん?ね、こっちとこっちとどっちがいい?」

景ちゃんが茶髪にゆるいパーマがかかったウイッグと黒髪のストレートのウイッグを手に首をかしげる。

なかなか見られない素のままの髪の彼女が気になって仕方がなかった。


「えぇと、黒いほうかな。」

「こっち?おっけー。」

手慣れた手つきでウイッグをかぶろうとする彼女。

「待って!」

「え?」


どうしてだろう。この日は自分を止められなかった。

景ちゃんが「私は女の子になりたいの」と意を決して話してくれた時から、私は景ちゃんの傍で良き理解者になろうと努め続けたはずだった。


「あのね、私、景ちゃんのこと、好き、だよ?」

「ありがとう。私も―」

「そうじゃない。そうじゃなくて、私は男の子の景ちゃんが好きなの。」


ほらね、景ちゃんの美しい顔が壊れちゃったよ。

私が大好きな景ちゃんを傷つけちゃったよ。


「ごめん、私、いや、俺は男だけど、お前が望むような男じゃないから。」

「うん。ごめん。景ちゃんが女の子なの私分かってるのに、いじわるしちゃってごめんね。」

「違う!俺がおかしいだけだ。あやまるのは俺、だから。」

おかしい?おかしくないよ、景ちゃんは。おかしいこと言ってるのは私だよ。

ちゃんとフォローを入れたいのに胸がつまって言葉が出ない。

私男の子ならよかったよ。

だけど女の子だったから、景ちゃんとおでかけしたり、お洒落したり、いろいろできるね。だから泣かない。へこまない。一生仲良しで居られるんだからそれでいい、それが最高って何度も何度も思いこませてきたじゃない。

どうして、言ってしまったの。


泣き崩れる私をなんとかなだめようと無言で抱きしめてくれていた。

どんな服を着ていても彼女はやはり男で、受け止める胸や腕がたくましく強くて、不謹慎な私はさらに恋をしてしまう。

離れたくないと思った。彼が彼でいる最後の時間なのではないかと思うと不格好でもしがみつきたくてしかたなかった。



「ねぇ、ひとつきいてもいい?」

「ん。」

「男じゃないとダメなんだよね?」

「???」

嗚咽で息が止まりそうになりながらも彼を見上げた。

「だからさ、私はあくまで女の子なんだけど。」

ああそうか、ふいに点が線でつながったような気がした。こだわっていたのはわたしのほうだ。

私と付き合うことが彼女を彼女だと認めないことでも、彼女を彼にすることでもない。

どうして気づかなかったのか。

私は景ちゃんが好きなのだから、目の前の人物が何者であってもそれが景ちゃんならばそれでいいのだ。


泣きっ面が笑顔に変わる。

「あなたが好きです。」






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心が女な幼馴染に恋をしてしまったら 紅雪 @Kaya-kazuha

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