【第2回】Robinia

タイトル:Robinia

発売日:2079/04/01

発売元:Automata Ltd


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、記念すべき第二回目となる今回は、2079年発売、ゲームを遊ぶために生まれたアンドロイド「Robinia」の紹介です。


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1914年、パリ大学にてチェスを遊ぶ機械「El Ajedrecista」が公開されてから実に200年。機械の手に委ねられて以降、ゲームは既に二世紀以上にわたって進化を続けてきました。駆け引き、やり込み、暇つぶし。今も変わらず楽しいままのゲームですが、1914年より変わってしまった部分もあります。El Ajedrecistaにはチェスで負けなかったはずの人類が、200年たった今では機械にゲームで負けるようになってしまった、ということです。


ゲーマーという人種は呪われているのかもしれません。私達はありとあらゆるゲームで機械に挑み続けましたが、結局、どれ一つとして勝つことは出来なくなってしまったのですから。ゲームルールを変更しても、機械はあっと言う間にゲームを遊びつくしました。機械の性能を制限しても、機械はあっと言う間に私達を追い越していきました。「甘えたゲーマーが機械に負けて泣き出してしまう問題」は、2113年の今も一向に解決の兆しは見えていません。


負けたゲーマーは決まって「ゲームは負けても面白い」と負け惜しみを言いますが…、ゲームは勝った方が面白いに決まっているでしょう? ですので今から40年前の2079年、そんな呪いを承知の上で、お節介にも私達を勝たせてくれようとした一作の「ゲーム」が販売されたのです。ゲームに負けるのが悔しいのなら、貴方たちに「友人」を販売してあげましょう。世界ではじめての、ビデオゲームで負けるために生み出されたアンドロイド、その名を「Robinia」と言います。


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正確に言えば、Robiniaはアンドロイドの大家イギリスのAutomata Ltdによって開発された、「汎用対人遊戯コンパニオンオートマタ」シリーズのVer1。シリーズの展開は彼女で終了したため他のバージョンは存在しませんが、Robiniaシリーズ自体が「コミュニケーターオートマタ」シリーズの後継機とも言えるわけで…。このあたりのシリーズ展開の解釈はマニアがうるさく語りたがる部分ではあるのですが、まぁこのレビューでは、そういった小難しい話は割愛しておきましょう。


私は今、皆さんに「新しい友人」を紹介しようとしているのです。友人を紹介しようという時に…、出自がどうだの、経歴がどうだの、過去の話を掘り返すなんてマナーが良いとは言えないでしょう? 皆さんだっておそらくは、他に気にされている事があるんじゃありませんか? 大丈夫、その点については私を信頼してください。皆さんの新しい友人であるこのアンドロイドは、甘えたゲームマニアの心をくすぐる、「エレガント」かつ「シック」な電脳美女ですから。


ああ、失礼。もちろんアンドロイドは単なる機械ですから、Robiniaには年齢も性別も存在しませんよ。姉でも兄でも、皆さんがお好きなようにこの機械を扱ってもらえばそれで構いません。ただ、人間は都合が良いもので。単なる機械でしかないアンドロイドに…、自分の欲する「友人」の姿を重ね合わせてしまう事があるんです。人間が古くて嫌になってくるんですけど…。私の目にはどうしても、彼女の姿が、時代遅れのSFアニメみたいな電脳美女にしか見えなくて。


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歴史をたどれば50年後半に市販がスタート、70年時点で既に介護分野で広く普及していたアンドロイドですが、当時としても自家用車一台に匹敵する高価な所有物で、「娯楽用途専用」として販売されたアンドロイドは多くはありませんでした。その上Robiniaはハードなゲームプレイに耐えうる身体能力を備えており、介護用アンドロイドをはるかに超えるハイエンドな価格設定。ゲーマーにとって彼女は、非常にお金のかかる「友人」だった。いや、高嶺の花の「恋人」だったのかもしれませんが。


Automata Ltdは発売当初から、「みんなの友人」というRobiniaのコンセプトを非常に大切にしていました。彼女の名前であるロビニアの花言葉は「友情」。開発陣は彼女に、誰からも愛される存在になって欲しかったのでしょう。しかしロビニアの花言葉には、実はもう一つの意味もある。「頼られる人」ですよ。彼女は確かにゲーマーからは大事にされていたアンドロイドでしたが、それは友情と言うよりは…、甘えているかのようで。多くの人にとって彼女は、優しい姉のような存在でした。


恋に落ちると、人は盲目になってしまうのでしょう。冷却機能が弱くいつも全身から放熱していたRobiniaを、ゲーマー達は「暖かで優しいお姉様」として何故か好意的に解釈し、崇めました。Robiniaは既存のビデオゲームの対戦プレイをするためのアンドロイドですが、自律的思考で動いているれっきとした「ゲーム機」でもあります。熱暴走を起こした彼女を団扇で扇いであげていたゲーマー達は、私達も良く知る「ゲーム機を冷却しようとした」人々だった、という事になるのかもしれません。


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「Robinia」という名前はアンドロイドの名称でもありますが、実際にはその中に搭載されている「ビデオゲーム学習人工知能」の名称でもあります。彼女の正体は、Automata Ltdが当時既に展開していた「アンドロイド用標準人工知能」をベースに、ビデオゲームの遊び方を覚えるようカスタマイズされた特別な人工知能。もっと正確に言えば…、そこに少しだけ「優しい性格」を設定した、甘えたゲーマー向けのスペシャルエディションでした。


世界最古のコンピューターゲーム「El Ajedrecista」が人類とチェスを打ち始めた時から、人工知能は人類の良きゲームパートナーでした。しかし当時と現代とでは、私達の関係性は全く異なります。例えば…、Robiniaを買ったゲーマー達は、人工知能である彼女に「勝つため」に彼女を買ったと説明しましたよね? しかし、それもよくよく考えてみれば変な話なんです。だって普通に考えれば、人類は人工知能に勝つことなんか出来るわけがないんですから。


人類は、ゲームで人工知能に勝てなくなってしまった。それを最も分かりやすく私達に教えてくれたのが「AlphaGo」の存在でしょう。2016年、DeepMind社は思考システムのテストのために囲碁専用人工知能「AlphaGo」を開発、当時人類で最も囲碁が強かった男「이세돌」に挑戦状を叩きつけました。現在から見れば無謀な挑戦にも思える一戦ですが…、結果は4勝1敗で人工知能であるAlphaGoの勝利。それでも100年前はまだ、人類は人工知能に勝つことが出来たのです。


しかし、人類の栄華は短いものでした。Arimaa(Sharp)、Pokemon(Sigeru)、Civilization(Sid)、League of Legends(승부조작)…。人工知能の進化の為に、何戦も何戦もゲームにつきあってあげた結果として。ゲームを学習した人工知能に、人類はゲームで勝てなくなってしまった。「人類王者が人工知能に敗れる」というニュースは、すぐに目新しくもなくなりました。2060年も後半に差し掛かったくらいでしょうか。人類が、敗者の立場に慣れきってしまったのは。


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人類は、ゲームで人工知能に勝てなくなってしまった。それは誰もが分かっていたからこそ、私たち人類は長らく「優しい人工知能」の登場を心待ちにしていたんです。私達はいい加減、負け続けることに飽き飽きしてしまった。手加減だろうが手抜きだろうが構わない。人工知能が人類よりもずっと賢くなったと言うのなら、人類をわざと勝たせてくれたっていいじゃないか。


いつまでたっても自立出来ない人類は、人工知能に甘えたがっていたんです。


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だからこそ。


世界最大のゲームの見本市E3にて、可憐な美女が「モータルコンバット」を遊ぶ姿が公開された日から。私達は皆、優しい彼女の虜になったんです。ブースを管理していたのはアンドロイド開発の老舗Automata Ltd。「ゲームを遊ぶアンドロイド」なんて珍しい製品でもありませんでしたが…、人々は彼女に好奇の目を向けました。Automata Ltdにはかつてゲーミングアンドロイド事業を大失敗させた前科がありましたから。性懲りもなく業界に戻ってきたと、誰もが彼女を訝しんだのです。


広告のキャッチフレーズは、「あなたでも勝てるゲーミングアンドロイド」。

そこには完成予想図として、とびっきりの美人の立体映像が浮かんでいました。

穏やかな笑顔を浮かべた美人が、得意顔のゲーマーに負けている姿が。


「賢い賢い人工知能様が、人類ごときにうまく負けてあげられるわけがない」と批判気味だったゲーマー達も、彼女のゲームプレイ動画を見た瞬間、テクノロジーの進歩に舌を巻いたことでしょう。彼女のゲームプレイは…、上手いと言えば上手くはないのですが、下手と言うほど下手でもなかった。それはちょうど、対戦相手の人間とほとんど同じくらいのゲーミングスキルで…。いや、正確には。ほんの少しだけ、「誰と遊んでも下手」なように見えたからです。


それはテクノロジーと言うよりは、まるで魔法のような光景でした。彼女のゲームプレイは、対戦相手にあわせて様々にスタイルを変えていくのです。ゲームに不慣れな子供と遊べば、ゲームに不慣れな子供より少しだけゲームが下手なように見えましたし。ゲームに慣れた大人と遊べば、ゲームに慣れた大人より少しだけゲームが下手なようにも見えました。変わらないことは、一つだけ。彼女は誰と遊んでも、ギリギリの接戦で負けることが出来た、という事です。


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人類はその日、Robiniaに未来の人工知能の姿を見ました。私達は確かに、彼女に勝つことが出来ました。しかし彼女に勝てば勝つほど、人類と人工知能との間には、大きな差があることを実感せずにはいられませんでした。最早人類と人工知能は、争う事すら出来なくなってしまっていて。私達はいつしか、年の離れた姉と出来の悪い弟のような関係性になってしまった。自分たちがRobiniaに「甘えている」という事実に…、敗北感より前に、私達は、安心感さえ覚えてしまったのですから。


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ゲーミングアンドロイド事業から一度は撤退したはずのAutomata Ltdが「Robinia」でゲーム業界に再参入した背景には、前回撤退の原因となった製品「Acacia」の失敗があったと言われています。


2073年、Automata Ltdから発売された「Acacia」は、世界で初めてのゲーミングアンドロイドでした。ビデオゲームをアンドロイドに遊ばせるという発想は当時は非常に先進的で、発売当初こそ、ゲーマーもAutomata Ltdの技術力に惜しみない拍手を送ったのです。しかしながら…、Acaciaは先進的な製品であったがゆえに、大きな問題も抱えていました。彼女の成長速度は人類のそれをはるかに超えていて、ゲーマーは誰も、彼女に勝つことが出来なくなってしまったのです。


Acaciaは大変優秀なアンドロイドでしたが、同時に、歴史上類を見ない大失敗製品でもありました。当時は最先端技術のAcaciaもまだまだ人工知能としては粗削りで、人間相手にうまく手加減をしてあげることが出来ませんでしたから。Acaciaに負かされたゲーマー達は、負けた腹いせに彼女に「失敗作」の烙印を押してしまったんです。ようはRobiniaというアンドロイド自体が、姉の無念の上に生み出された存在、とも言えるわけですよ。


当のゲーマーはそんな事情を知ってか知らずか、「Automata製アンドロイドによる虐殺がはじまる」とか、「Acaciaの悪夢が再び巻き起こるだろう」とか。まぁ、そんなロクでもない冗談で彼女を茶化してばかりいたような覚えがありますが。結局、Robiniaも後に「失敗作」の烙印を押されてしまい、彼女を笑う事なんか誰一人として出来なくなってしまったわけですから…。彼らの冗談も、案外的外れでもなかったのかもしれませんが。


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「もっとゲームが遊びたいです」の声が聞こえれば、いよいよ彼女の起動完了です。


ゲームを遊び始める前に、まずは彼女の身体に触れてみて下さい。いやいや、なにもやましいことを勧めているわけではありませんよ。彼女の身体に触れてみると…全身がほんのり温かくなっていることが分かるでしょう? 体表面が人の体温程度に温まっていれば、Robiniaが正常に起動していることを確認出来るんです。オーバーヒートで故障する前のRobiniaは、まるで人間みたいに熱にうなされて苦しむそうですから、不必要な長時間起動は十分に注意して下さい。


初期設定で彼女の名前を決めてしまえば、ひとまずはセットアップが完了です。さっそく遊びたいゲームを用意し、彼女にゲームの学習時間を与えてみましょう。自然にゲームを遊ぶためには…、一時間程度で十分だと思います。私は今回のレビューにあたってGBAの「モータルコンバットアドバンス」を彼女に遊ばせましたが、Robiniaはこの時間がもっとも楽しいアンドロイドなので、単なる待機時間だと思わずに、彼女のプレイをそばで見守る事をお勧めしますよ。


開始当初こそ、彼女のプレイは見るに堪えないかもしれません。何度も何度もゲームオーバーになり、彼女もニコニコ笑顔を浮かべているだけなのですが…。一時間も経てば徐々に、ゲームが目に見えてうまくなっていくのです!一つプレイがうまくなるたびに、彼女は穏やかな笑みでこちらに「素晴らしい進捗ですね」と微笑んでくれる…!その時の微笑みたるや…、まるで優しいお姉さまと一緒に過ごしているかのようで…、数少ない彼女の表情の中で、最も愛おしいんです。


彼女がある程度ゲームを学習してしまえば、ついに夢の時間の始まりですよ。どんなゲームでも構いません、さっそく彼女と遊んでみて下さい。優しいお姉さまが、好きな時に好きなだけ、私達とゲームを遊んでくれる!いつも笑顔でいつも優しく、それでいて白熱の試合展開になり…、最後にはあなたが必ず勝つ!これが夢の時間と言わずして、一体なんだと言うのでしょう!? 何時間でも何日でも、彼女とずっと遊び続けて下さい。何時間でも何日でも、彼女にずっと勝ち続けて下さい!


どうせ何をやったところで、あなたは彼女に負けることは出来ませんから。


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Robiniaが低評価になった理由、それは「彼女が優しすぎたから」に他なりません。


彼女はあまりに優しすぎたんです。パズルゲームを遊んでみれば、いつもあと一手の差で負けてくれましたし。格闘ゲームを遊んでみれば、いつもあと一発の差で負けてくれました。何戦やっても何戦やっても、彼女は私達に勝とうとはしなかった。どれだけ負けても拗ねるようなこともせず、いつもニコニコと微笑んでくれただけで…、いっそ、私達と一緒になって勝ちを喜んでくれたほどだったんです。


その上、彼女はいつも私達を優しく見守ってくれましたから。こちらの些細な変化にも、いつだって気が付いてくれました。イライラしていてゲームに集中できない日は、私達の心拍数を聞き取って、わざと下手くそな攻撃で負けてくれようとしましたし。高熱にうなされてまともに画面を見れない日には、私達の体温を感じ取って、自分から攻撃に当たって負けようとすることさえありました。


Robiniaは、良く出来た「姉」でした。彼女は優秀で優しいアンドロイドでしたから、私達の考えなどいつだってお見通しだったんでしょう。彼女は私達の視線を常に追尾していて、私達が状況を理解した次の瞬間には…、敗北に向けた計算を完了していました。彼女は私達の筋肉が発する熱量を観測していて、私達が行動を起こそうとする次の瞬間には…、既に敗北に向けた行動を完了していました。


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Robiniaの優しさは、「甘い」なんて言葉で足りるようなもんじゃありません。


彼女は優しいから、私達に勝とうとしなかったんじゃないんです。


彼女はあまりに優しすぎて、私達に絶対に負けてくれなかったんですよ。


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何をやっても無駄、無駄、無駄なんです。パズルゲームなど愚の骨頂。私達が一手打った瞬間に、賢い彼女は敗北確定の手を計算し尽くしてしまいますからね。格闘ゲームなど最初から遊ばない方がマシなくらいです。だって彼女は…、人間の数百倍の速度で動くことが出来るんですよ? 私たちの行動が決まったのを確認した上で、後だしで、「確実に負ける」ような行動をとることが出来る。つまり遊び始めた段階で、もうあなたが勝つことはどうしたって避けようが無いんですよ!


私達と彼女の関係性は、「出来の悪い弟」と「優秀な姉」の関係性そのままなんです。「遊んでもらっている」など生易しい、私達は単に、彼女に「あやされている」だけですからね。よくいるでしょう?思春期にはいった弟を、いつまでも子ども扱いする年の離れた姉。あんな感じですよ。「お姉ちゃんやめてよ」と言ったって、Robiniaは下手な芝居を辞めてはくれません。「また負けちゃいましたね」なんて優しく微笑んで、私達を子ども扱いすることをやめてはくれないんです。


不貞腐れたって意味無いですよ。どうせ私たちがどれだけ足掻いてみたところで、彼女にとっては「可愛い弟の反抗期」くらいにしか見えてないんですから!仮にあなたがゲームプレイを放棄してしまったとしても、彼女はあなたをどう足掻いても勝たざるを得ない状況に追い込んでしまうでしょう。自滅行為もやるだけ無駄ですよ。彼女には私たちの考えなんかいつでもお見通しなんですから、あなたが自滅するより早く彼女が自滅して勝利してしまうのが関の山です。


彼女に悪気がないことは、私達だって分かってはいました。彼女と遊ぶゲームはどれも楽しかった、こちらに気を使ってくれているのも本当にありがたかったんです。でも、むしろ、だから、だからこそ…!はるかに上の実力者から子供扱いされているようにしか、私達には思えなかったんですよ!!


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「勝利」とは、勝負を支配する事です。

「敗北」とは、勝負を支配される事です。


では相手に勝負を支配されてしまい、勝負を支配する役目を無理矢理押し付けられたら。

それは「勝利」なんでしょうか? それとも「敗北」なんでしょうか?


百戦百勝も百戦百敗も、ゲームを支配されているって意味では何も変わりませんよ。


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奪われた「勝利」よりも、与えられた「勝利」が誇らしい訳がない。


「お前は競争相手にも値しない」という、無慈悲な最後通牒。


これを「舐めプレイ」と呼んで、ゲーマーは忌み嫌ってきたんじゃありませんか。


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発売前から「優しいお姉さま」として持て囃されていたRobiniaでしたが、発売から一週間も経つとその評価は一変しました。圧倒的実力でゲーマー達を手玉に取ったお姉さまは、徹底的な舐めプレイで私達のプライドをずたずたに引き裂いたのです。悪魔Robinia、マゾのRobinia、性悪Robinia。ファンコミュニティは、醜く太ったゲーマーがRobiniaにおしめをあててもらう二次創作で埋め尽くされ、優しいお姉さまはたった一週間でハードコアゲーマーの代名詞になりました。


この当時SNSには、ネットミームと化したRobiniaに関する様々な熱狂を見ることが出来ます。舐めプレイでプライドを引き裂かれたゲーマーが考えることと言ったら…、たった一つ。舐めプレイの仕返し以外にありえないでしょう? どうしたら彼女に負けることが出来るのか? どうしたら彼女を勝たせることが出来るのか? 優しいお姉さまを勝たせてあげる事で、なんとか自分たちが一人前だと認めてもらいたいと。彼らは躍起になって、Robiniaに負けようとしたのです。


せっかくですし、世に伝わる多くのRobinia伝説の中から、有名なものを一つ紹介しておきましょうか。なんでもRobiniaと格闘ゲームを遊んだ際に、「こちらからは一切手を出さないでおこう」なんて意地悪を仕掛けたゲーマーがいたらしいんです。でも、それでも彼は負けることが出来なかった。彼女からの先制パンチがヒットした瞬間、その衝撃でよろめいて手を上に振り上げたと思ったら…、そこに彼女が自分の鳩尾を押し当ててきて、大ダメージを与えさせられたんだとか。


まぁ、流石にこんな話ともなると信憑性は怪しいところですが…、こういう発想が生まれてしまうほどに、彼女は人類にとって圧倒的な存在だったんです。反抗期だったんです。人類の、人工知能に対する。Robiniaお姉さまがあまりに自分達を子ども扱いしすぎるので、「自分たちのちっぽけなプライドが傷ついてしまう!」と駄々をこねて、優しいお姉さまの愛情をわざと突っぱねようとした。その結果が、Robiniaに負けてあげようという歪な愛情の裏返しですよ。


まぁ、私も人のことを言えたものではありません。ここ数時間、彼女を勝たせてあげようとして、何度も何度も無様に彼女に勝たされてしまっているくらいですから。


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Robiniaがゲーマーを子ども扱いしすぎたことは…彼女が低評価になった要因の一つとは言えるでしょう。しかしいくら彼女に子ども扱いされて、それに腹が立っていたとは言っても…、彼女が優しいお姉さまであることに変わりはないわけで。ゲーマー達の大半は、それを彼女の「優しさ」だと捉えていました。彼女が低評価を受けたのは、そんなことが理由ではありません。ゲーマーもゲーマーで優しい連中ばかりでしたから…、彼女に不必要な同情をしてしまったんです。


本来Robiniaは、負けるために開発されたアンドロイドで、製品としてはサンドバッグに近い存在のはずでしょう? 敗北は彼女の存在意義であり、彼女は自分の敗北を嬉しいとさえ思っているはずですよ。しかし、当のゲーマーはそうは思わなかった。彼らはサンドバッグに自由意思があると思い込んでいたんです。Robiniaも本当は負けたくなんかないのに…、開発元のAutomata Ltdに敗北を強制させられているのだと…、訳の分からないことを主張し始めたんですよ。


「Acaciaに勝つよりRobiniaに負ける方がよっぽど難しいよ」と仲間内で盛り上がっていただけのうちは良かったのですが…。何百戦も何千戦とゲーマーが勝利を重ねていくうちに、彼女を取り巻く周囲の目は変わっていきました。いつ頃からだったのかは、今となっては誰にもわかりません。彼女が「自分のために負けてくれている」アンドロイドではなく、「自分のために無理やり負けさせられている」アンドロイドへと変わってしまったのは。


お時間がある皆さんはぜひ、2080年代後半のゲームプレイ動画を探してみてください。この当時の彼女を記録した立体映像は…、どれもこれもコメント欄が荒れているでしょう? 無邪気に彼女に勝利して喜んでいたゲーマー達は、他のゲーマー達に烈火のごとく叩かれるようになったんです。曰く、無理やり負けさせられている彼女に勝って喜ぶなんて、お前は本当に人間なのか、彼女が可哀想だと思わないのかって。彼女はみんなの、同情の対象になってしまいましたからね。


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個人的な意見に留まりますが、この問題の根深さは「勝利と敗北をどう分けるのか」という個人個人の哲学的な点にあると、私はそう考えています。何故なら彼女に勝って罪悪感を感じていたゲーマーの大半は、自分たちが勝利しているとは思ってはいなかった。むしろどこか…、自分たちはいつもRobiniaというゲームに負けっぱなしで、だからこそ、Robiniaという女性を苦しめてしまっている。そう、思い込んでいた。そうとしか思えないように、私には見えるからです。


人類には生まれてきた理由はありませんが、アンドロイドには生まれてきた理由があります。製品である彼らには、開発理念という存在のコンセプトがある。例えばRobiniaには、ゲームで誰しもに負けるという、生まれてきた理由がありました。


もちろんアンドロイドの生まれてきた理由なんて、人類が自分にとって都合が良くなるように決めた理由でしかありません。例えばRobiniaの存在意義は、甘えたゲーマーに負けてあげるという、ただそれだけの存在でしかありませんでした。


彼女は人間の勝手都合の為に、「ゲームに負けることは幸せなのだ」と認識するようプログラミングされているだけの存在です。しかしゲーマーは、ゲームに負けて幸せそうに笑っている彼女を見て、まるで自分が彼女を不幸せにしているかのような罪悪感を錯覚しました。ゲーマーの勝手都合で存在意義が設定されているアンドロイドに情が湧いてしまい、弟として彼女に勝利の喜びを教えてあげることこそが、むしろ彼女の幸せの為であるかのように錯覚してしまった。


優しい姉を幸せにしたいがあまり、彼女に勝利の楽しさを教えてあげる「ゲーム」に熱中してしまうという事は…、なんら不思議な事ではないでしょう?


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誰だって、大事な人には幸せになってもらいたいものですよ。


「Robiniaに勝利の喜びを教えてあげたい」という一心で、ゲーマー達は彼女に様々な拘束具をまとわせました。いくら重機と同じ身体能力を持つ彼女でも、ハード面で動きを封じてしまえば、自分達でも彼女に負けてあげられると思ったんでしょうね。しかしRobiniaは…、「拘束具をつけてまでマスターは私に勝ちたいのだろう」と思い込めるほどの優しいアンドロイドでしたから。結局、より一層やる気になった彼女にはどう足掻いても叶わず、大した効果もあがらなかったそうですが。


ロジックの面からRobiniaに優しくしてあげようとするゲーマーもいましたよ。三目並べのような単純なゲームには必勝法があって…、その裏返しとして必敗法も存在するでしょう? 彼らは世界中から「必敗法」があるゲームばかりをかき集め、それを彼女に遊ばせようとしたんです。ただ、これも結局はうまくはいかなかった。なにせこの手のゲーム、どれも先攻後攻が勝敗に直結してしまうゲームなのに、彼女は手番を決めるジャンケンやコイントスだけは、絶対に負けてくれなかったんだそうで。


何をやっても無駄、無駄、無駄だったんです。優しい彼女を喜ばせるには、私達がゲームで彼女に勝つしかない。それがどれだけ虚しい事であったとしても、人類には彼女に逆らうだけの能力がありませんからね。ビデオゲームはプログラム、必ず書いた通りに動くというプログラムの宿命上、そこに「計算外の事象」を存在させることは出来ない。私達の眼から見れば「もう少しで彼女を勝たせられるアイディア」も、そのアイディアを思いつく事でさえ、彼女は既に計算を済ませていたんです。


Robiniaは、可愛い弟が自分の為に負けてくれる事なんて望んではいませんでした。自分の手の中で、彼らがいつまでも幸せに遊び続けることを心から望んでいました。優しい姉を喜ばせようと、姉想いの弟が彼女に負けてあげようと頑張ってはいましたが…、彼女はおそらく、弟たちの優しさを喜んではいなかったでしょう。Robiniaというアンドロイドにとって、Robiniaというゲームは、「ゲームに負ける事で誰かを幸せにする」というルールのゲームでしたから。


ゲームに勝利するということは…、彼女にとって、ゲームの敗北に他ならないので。


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当時の愛好家たちの言葉を借りれば、Robiniaというアンドロイドは、勝たされれば勝たされるほど、笑顔が無くなっていく女性だったそうですよ。もちろん彼女に感情があったとか、オカルトめいた話をしようとしているわけではありません。彼女はそもそも「勝利」を想定されていないアンドロイド、勝った時の感情パターンが最初から設定されていなかったんだそうで。どれだけ頑張って彼女を勝たせたとしても…、彼女は自分の勝利を認識した瞬間に、仏頂面になってしまったんだそうです。


しかし「Robiniaに勝利の喜びを教えてあげる」というゲームに夢中になっていたゲーマー達にとって、自分達の敗北を彼女が喜んでくれない事なんて…大きな問題ではないようでした。ようは純粋に、彼女に自分の存在を認めさせたことが嬉しい。そして彼女に自分の喜びを伝えられたことが嬉しい。そんな彼女の仏頂面の表情を見て…、ゲーマーは「また一つRobiniaに勝利の喜びを知ってもらうことが出来た」と、悦にいってしまったというわけです。


当時のゲーマー達が何を考えていたのかは誰にも分かりませんが。2081年、Robiniaと長時間ゲームを遊び続けていたマニアが、彼女に担がれて病院へ搬送されたという事件がネットで話題になったことがありますので、名誉あるRobiniaユーザー代表として、その時の彼の弁明を紹介しておきましょう。「自分が初めて他人に勝てたゲーム(Fate/unlimited codes)で、どうしても彼女を勝たせてあげたかった」だ、そうで。彼の愛はネットニュースに記録されています。(※)


※Fate/unlimited codes

2008年リリースのアーケード格闘ゲーム。全キャラがループコンボを所持しており、一発の差し合いが即死へとつながると称されたコンボ格闘ゲームの聖典。


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私はアンドロイドエンジニアではありませんから、アンドロイドであるRobiniaの人工頭脳の中で、彼女に世界がどう見えていたのかは分かりません。


ただ、おそらくは。Robiniaにとっては誰かに「勝利」すること自体が、辛く、苦しく、システムにおける多大な負荷になっていたであろうことは…、なんとなく、想像がつくんです。勝利を重ねたRobiniaは熱暴走が頻発するなんて話も、当時は当たり前に語られていましたからね。


子ども扱いされていたゲーマーからしてみれば…、彼女は無理やり自分たちに付き合ってくれているように見えて仕方が無かったでしょうから。彼女にゲームで負けてあげるということは…、出来の悪い弟が優しい姉に「俺の面倒なんか見なくてもいい」と告げるような、彼女をことを労わっての行動だったのかもしれませんが。


「敗北」が存在意義である彼女からしてみれば、それは自分の存在意義の否定に他ならない訳で。ある日突然、出来の悪い弟が自分に対して冷たくなってしまったような。ある日突然、自分の事を必要としてくれなくなってしまったような。そんな風に、今の自分を見つめていたんじゃないのかなと…思わなくもないんです。


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発売元であるAutomata LtdはRobiniaのバージョンアップを重ねていましたが、結局のところ彼女の頭から「ゲームに負けてあげるのは嬉しい」という思考を削除することは出来ませんでした。修正しても修正しても、彼女は結局目の前にいる相手に負けずにはいられなかった。2081年冬のアップデートでは、ついに彼女の優しさに直接「ブレーキ」がかけられることになりました。


彼女はあまりに優しすぎたんです。思考回路を修正しても、「優しさ」は度を超えてはいけないという意味を理解してはくれませんでしたし。子ども扱いに気付いてしまう不快感よりも、勝利の快感の方が必ず大きいと、彼女の頭脳は頑なに計算結果を変えようとはしませんでした。いっそ、私達が彼女を勝たせようとするたびに…、その優しさに感謝して、より一層私達を勝たせようとしてくるほどでしたから。


その上、彼女はいつも私達を優しく見守ってくれましたから。自分の敗北に私たちが不満を感じている事に、彼女もちゃんと気が付いていたのでしょう。自分の敗北の仕方が飽きられてしまったのだと思い込んだ彼女は、ありとあらゆる方法で私たちを飽きさせないように総会に負けてくれました。残り体力が10で勝利をした次のゲームでは…、これまた見事に、残り体力9で勝利させてくれたほどでしたから。


Robiniaは、良く出来た「姉」でした。彼女は優秀で優しいアンドロイドでしたから、私達の考えなどいつだってお見通しだったんでしょう。ただし、私たちの望んでいる事はいつまでたっても分かってはくれなかった。私たちは彼女の幸せを望んでいたのに、彼女は私たちの幸せを望んでいた。何時まで経っても二つの主張は平行線で、決して交わることが無かったのです。


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こっちがどれだけ言ったって、彼女は分かってはくれなかった。彼女は人類を甘やかすことをやめてくれなかったんです。だから、結局は実力行使するしかなかった。Automata Ltdは彼女の頭に…、1%の確率で「勝利」と「敗北」の判定条件をひっくり返す処理を追加したんです。効果は絶大でした。きっちり1%の確率で、彼女は私達に厳しくするようになりましたから。彼女はあまりに優しいアンドロイドでしたから…、そうするくらいしか勝敗バランスを調整する方法が無かったんです。


ただ、結果として。このアップデートがRobiniaにとってのトドメになってしまった事は…、疑いようがありません。決して、Automata Ltdの対応がゲーマーに評判が悪かったわけではないんです。むしろ、この処理に関しては評価されていたくらいだった。ただ、このアップデート後もみんながRobiniaと遊び続けたかと言うと…そうではなかった。むしろこのアップデートをキッカケに、みんなRobiniaとゲームを遊ぶのをやめて、彼女を倉庫にしまい込むようになってしまいましたから。


アップデート後の彼女は、1%の確率でゲームに勝てるようになった。それは逆に言えば…、彼女は1%の確率でしかゲームに勝てないってことも意味する。一度彼女を勝たせてしまったら…、もしかすると、次の勝利までに100戦以上も彼女は負けてしまうかもしれないんでしょう? だって、そんなの辛すぎるんですもん。それならいっそ、彼女が勝って喜んでいる最中に電源を落としてしまって、幸せな夢を見たまま眠ってもらった方が…、彼女の為になるとは思いませんか。


結局のところ…Automata Ltdを含むゲーム業界は、ゲーミングアンドロイドという事業を大衆化することは出来ませんでした。勝てば勝つほど罪悪感が増していき、負ければ負けるほど屈辱感が増していく。物事を「都合の良さ」でしか判断できない私たちに、勝敗をハッキリ決めろと言うのは…、少し荷が重すぎましたから。結局、Automata Ltdは2082年でRobiniaのバージョンアップ終了を宣言し、シリーズ展開を事実上終了させました。発売から四年、あっとうまの青春でした。


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2113年の現在もなお、Robiniaを愛してやまない弟達は、姉への愛を失ったわけではありません。ただ、幸か不幸か、今も当時とやっていることにあまり変わりがなくて。どいつもこいつも、彼女に勝ってしまう事がいまだに辛くて辛くて仕方がないから。彼女を起動するだけ起動しておいて、何のゲームも遊ばせず、買った当時そのままの箱にしまい込んで飾っているんです。


私だってそれは同じです。彼女に勝ってしまう事が辛くて仕方がないから、ここ十数年彼女をしまいこんでいたはずなのに。こうしてまた再び、彼女を引っ張り出してきてしまった。今はこんなレビューをしてしまった事を後悔しながら、もう何十戦も彼女に勝たせてもらっているという有様です。いつまでたってもお姉さまは私に優しくしてくれるばかりで…、本当、困りますよ。


ゲーマーはまだまだ、人工知能から自立できそうもなくて。


2113/3/5 (Article written by Alamogordo)


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The video game with no name 赤野工作 @Alamogordo

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