The video game with no name

赤野工作

【第1回】Mat Inq Pat Ben

タイトル:Mat Inq Pat Ben

発売日:2026/09/08

発売元:宇宙航空研究開発機構


世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくレビューサイト「The video game with no name」、記念すべき第一回目となる今回は、2026年発売、宇宙の彼方に消え去ったゲーム「Mat Inq Pat Ben」の紹介です。


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あなた。


もしかして今、この文章を読んでいませんか。


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良かった…、本当に良かった…。こんな文章を書いても誰にも読んでもらえないんじゃないかって、不安で不安で仕方が無かったんです…。あなたはどうしてこんなサイトを読んでいるんですか? あなたはどうやってこのサイトにたどり着いたんですか? 古いゲームのレビューを探している内に、広い星間インターネットからたまたま、このサイトの情報を拾い上げてしまった。あなたがそんな人なら…、私は、とても嬉しいんですが。


ようこそ、「The video game with no name」へ。このサイトは今から5分前、2113年2月19日19:55に開設されたばかりのゲームレビューサイトです。今時ゲームレビューなんて流行らないとは分かっていたんですけど…、「好きなゲームの話をしたい」という欲求が抑えきれなくなってしまって。誰にも聞いてもらえないことを覚悟の上で、私はこの場所に、好きなゲームの話を思う存分語るためのサイトを開設しました。ようはここ、私が独り言を呟くためだけの空間なんです。


よくあるでしょう? 年寄りが部屋でニヤニヤ独り言を呟いてるなんて話。ようは、あれのインターネット版ってことですね。いやいや…、それがまさか。「誰にも聞いてもらえないだろう」と思いながら書いていたはずの独り言が、こうしてたまたま、あなたの元に辿り着いてしまっただなんて…。不思議な巡り合わせもあるものじゃありませんか。あなたはいつ、どこで、どうやって、どうしてこの文章を読んでいるんですか? あなたは一体…、何者なんですか?


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いや、失礼しました。ごめんなさい、聞かなかったことにしてください。あなたのパーソナルデータを知りたがろうとするだなんて…、どう考えてもこれはマナー違反でしたね。ああ、その、なんと言いますか。ゲームレビューってのは、「このゲームの楽しさを理解出来る人」が読んでくれることを期待して書く文章じゃありませんか。あなたが「このゲームの楽しさを理解出来る人」だったら…と、少し、余計な期待をしてしまったものですから。


私は…単なるゲームコレクターですよ。日が暮れるまでゲームを遊んでは、独り言でゲームの感想を呟いて、夢の中で明日遊ぶゲームの選定をする。一年中、そういう生活をしながら余生を過ごしています。毎日毎日ゲームを遊ぶのに忙しくて、今日だって本当は、こんな文章を書いているような暇はなかったんですが。ちょうど、ついさっきのことだったんです。今日遊ぼうとしていたはずのゲーム、「Mat Inq Pat Ben」が、爆炎をあげて壊れてしまったのは。


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なにせ楽しいゲームでしたから、少し遊び過ぎてしまったのかもしれません。予約したサイトには「地球滅亡後もこのゲームだけは生き残る」とさえ書かれていたはずなのに、最後の最後は、あっけないものでした。取説には 「最低でも200年は起動するでしょう」という与太話すら書かれていたはずなのに、数年ぶりに遊ぼうとしたのが悪かったんでしょうか。本体から火花が上がったかと思うと…、黒煙を吹き出して爆発してしまった。


私が持っているのは現物のレプリカにすぎないかもしれませんが、レプリカにしたって購入から90年しか経ってないんですよ? たったの90年!ゲームを遊びつくすには…、あまりにも短すぎる年月です。それにこのレプリカとオリジナルの違いは、シリアルナンバーが掘ってあるかどうかだけ。「オリジナルを忠実に再現したマニア垂涎の逸品」って予約ページに書いてあったものだから…、わたしはそれが嬉しくて、予約してまでレプリカを手に入れたというのに。


人類滅亡までゲームを遊ぶ予定だった私の人生計画は、爆発音を立てて崩れ去ってしまいました。こんなサイトをチマチマ更新しているのは、もうほとんど自暴自棄みたいなものですよ、自暴自棄。せめてあと1回、お別れを言うためにあと1回くらいは動いてくれよとも思うんですが…、 保証は89年前に期限が切れてますし。お手上げ、です。このゲームは、ここでこうやって、思い出を語るくらいしか出来ないゲームになってしまった、という事でしょう。


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世界のあらゆる低評価なゲームをレビューしていくゲームレビューサイト「The video game with no name」、記念すべき第一回目となる今回は、人類には既に遊べなくなってしまったゲームをご紹介しましょう。もし仮に、あなたが異星人で、このゲームの遊び方をお探しだったのであれば…、是非このレビューを参考にしてみてください。それは、わたしたち人類からあなたたち異星人への贈り物。2026年に発売された、「Mat Inq Pat Ben」という名前のゲームです。


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Mat Inq Pat Benは2026年、宇宙航空研究開発機構ことJAXAによって販売されたゲームです。まぁ正確に言えば、「Mat Inq Pat Ben」はJAXAが開発したゲームの名前であって、民間に販売されたのはそのレプリカでしかありませんがね。私が持っていたのももちろんレプリカ、JAXAが直々に生産したオリジナルは世界にたった一台しかないんです。じゃあ本物が一体どこにあるかと言うと…実はこれがどこにも現存していない。正しく言えば、どこにあるのかが分からなくなってしまったんです。


陰謀論がお好きな人々は、このゲームは「極秘裏に政府に回収された」ってよく騒ぎ立てますよ。信心深い人々は、このゲームは「銀河の星の一つになった」ってよく言ってますね。まぁみんな、巨額の予算がかかったゲームが宇宙の塵になってしまったとは…信じたくないんでしょう。2026年、種子島から打ち上げられた冥王星探査衛星「ゆりかご」に付随して宇宙へと向かった本作は、2076年にゆりかごが地球との通信を絶ってから、行方知れずのままなんですよ。


0.00001%くらいの割合で、このゲームは異星人の手で回収されたって、そんな話を信じている人類もいないわけではないのですが。ちょうど、この私みたいにね。


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地球外知性探査(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)、通称SETI。


広い宇宙のどこかにいるかもしれない、未知の異星文明に向けてメッセージを送り、異星人に地球文明の意志を伝えようとする、気の遠くなるようなプロジェクト。


2113年の現在に至るまで、ただの一度として返事をくれなかった異星人の皆さんの為に。かつて人類は総力を挙げて、一本のゲームを開発しました。そのゲームの名は、Mat Inq Pat Ben。地球文明を代表して宇宙に贈られた本作は、まさに、地球文明の最高傑作とも言えるゲームでした。自分たちの好きなゲームを遊んでもらう事で…、自分たちが一体何が「好き」なのかを、わたしたち人類は、あなたたち異星人に伝えようとしたんです。


しかしながら、2113年の現在に至るまで。異星人の皆さんはただの一度として、わたしたちに返事をくれることはありませんでした。宇宙の果てから電波が届くこともなければ、知的生命体が地球に降り立つこともなかった。もちろんゲーム自体も、二度と地球に返ってくることはありませんでした。まったくもって、もったいない話ですよ。地球文明の最高傑作とも言えるMat Inq Pat Benのオリジナルが、誰にも遊ばれることなく宇宙空間に浮遊してるかもしれないって言うんですから。


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わたしたち人類が異星人との交流を始めたのは、古くは1974年。アレシボ電波望遠鏡から送信された「アレシボ・メッセージ」の送信より、宇宙時代は幕を開けたと言われています。まぁ、異星人との交流を始めたとは言っても、大した技術力も無い時代の話ですから。当時の人類に出来た事と言ったら、宇宙に向けて怪電波を乱射し、その返信を待ち続ける程度のやり方が精一杯で。結局ただの一通として、異星人の皆さんからメッセージが返ってくることはありませんでした。


万が一、こちらから送った怪電波がそちらに届いていたとするなら…、人類を代表して、謹んでお詫び申しあげますよ。未開の惑星の情報なんかを一方的に送り付けられて…、さぞや迷惑された事でしょう? わたしたち人類だって、「こんな情報を送ったところで、誰も読んではくれないだろうな」という事は、ちゃんと分かってはいたんです。ただ…、わたしたち人類は。誰にも聞いてもらえなかったとしても、自分の好きなものの話をするのが、好きで好きでたまらない生命体なんですよ!


異星人と比べると、人類は少し身勝手なのかもしれません。異星人の好みなどお構いなしで、自分達の「好きなもの」ばかりをロケットで打ち上げてきましたから。1977年、ボイジャー探査機に搭載した「ゴールデンレコード」などはその典型例でしょう。これは地球に存在する55の言語と27の曲を収録した音楽メディアなんですが、既にそちらには届いているでしょうか?「異星人にプレゼントを贈る」という建前で、好きな音楽を無理矢理あなたたちに聞かせようと思っていたのですが。


本当はこんなこと、認めたくはないんですけれど。「自分の好きなものを誰かと分かち合いたい」だなんて…、身勝手な願望だとは分かっているんです。誰にも見つけてもらえないロケットを打ち上げて、そこに自分の好きなものばかりを詰め込んで。誰にも聞いてもらえないとは分かっていながら…、それを承知で、自分の好きなものを一方的に発信し続けたって言うんですから。古い時代のゲームオタクの悪い癖そのもので…、自分でも嫌になってくるほどですよ!


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2026年、JAXAが冥王星探査衛星「ゆりかご」の打ち上げ計画を発表した時にも、それに付随する宇宙生命の探査計画は大きく宣伝されました。宇宙開発事業に注目を集めるため、当時は世界各国がSETIを広告塔に利用していたんです。本、映画、食品と、自分たちの好きなものばかりをロケットで打ち上げていた時代でしたから。続くゆりかごプロジェクトでも、「異星人に地球の優れた文化を届けましょう」という大きなお世話を建前に、異星人にプレゼントを贈る計画が策定されたのです。


プレゼントの中身は少しだけ議論があったようですが…、「自分が貰って嬉しいものを贈りたい」という理由が決め手となって、あなたたちにはゲームが贈られることになりました。ゲームタイトルは公募で決定され、鹿児島の中学生が「Mat Inq Pat Ben」と名付けました。地球文明を代表するゲームの開発計画だけに世界からの注目度も高く、「異星人すら楽しませるMade in Japan!」と、時の総理もよく分からないプロパガンダを繰り返していたような覚えがあります。


発表からすぐ、JAXAには「Mat Inq Pat Ben特別開発チーム」が設立され、チームには世界中からあらゆる分野の学者達が集められました。なにせゲームを遊ぶであろうゲーマーは、見たことも無いような異星人。生まれも違えば育ちも違う。聴覚があるかどうかも分かりませんし、信条という概念が理解してもらえるかどうかも怪しいところだった。最低限、あなた達が「遊べる」ゲームをプレゼントしようと、人類は英知を結集させてゲームの開発に臨んだのです。


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もし仮に、仮にの話なんですが。あなたが太陽系から500億kmくらい離れたあたりの宇宙にお住まいで、その近辺の銀河でアルミニウムでコーティングされた不可思議な物体を拾う機会があれば。それはおそらく機能停止した「ゆりかご」の本体だと思われますので、表面のラインをなぞるようにして、その中から二酸化ケイ素の塊を取り出してください。それが、わたしたち人類があなたたち異星人に贈ったゲーム、Mat Inq Pat Benの本体です。


本作は一見すると、単なる石英の塊にしか見えないかもしれません。全長は30cmほどの三角柱で、側面がゲームを遊ぶためのモニターになっているんです。滑らかな乳白色のボディには突起が一切存在せず、塊の中には仄かな光が揺らめいているようにも見えるでしょう。Atari Jaguarにメガドライブ、魔蛋にぴゅう太にHolografia Stone。似ても似つかぬ他のゲーム機と比較するよりかは…、魔法のクリスタルか何かと比較した方が、ゲームレビューとしては分かりやすいかもしれませんね。


石英のような見た目をしているのは、何も見た目が良いからではないんです。石英ガラスを構成する二酸化ケイ素は、耐食性、耐熱性に優れ、データの長期間の保存に非常に優れています。本体の中に入っている石英ディスクの耐久性だけで言えば…、おおよそ数億年。熱砂の惑星で照らされようが、極寒の惑星で凍り付こうが、どこの星でも楽しく遊べるように作られている。ボタンもレバーも何もない。この滑らかな白いボディこそが、わたしたち人類の考えた耐久性の究極形なんですよ。


塊の中に光が揺らめいているようにも見えるのも、初期不良の類ではありませんよ。本作が電源として利用しているのは原子力電池。ニッケル63のアルファ崩壊を利用した熱電変換と、トリチウムのベータ崩壊を利用した光電変換の併用型です。分かりやすく言えばこのゲーム、原子力が発生させる熱と光をエネルギーに動いている。原子力電池は寿命が長く、大体250年程度は遊べるように設計されていますから…。この仄かな光もまた、長寿命のバッテリー性能の証というわけです。


社長がゲームを床にも投げつけても、ゲームが正しく起動する。人類が遊ぶゲームの品質保証なら…、その程度でも許されているのですが。本作はなにせ、異星人に遊んでもらうために作られたゲームでしたからね。社長は常時発火していて、ゲームの耐火性が追い付かない可能性もありますし。社長の寿命は500年を超えていて、ゲームの寿命が追い付かない可能性もありましたし。品質はどれだけ向上を重ねても…、不安が完全に払拭されることはありませんでしたから。


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おそらくは拾ったすぐの状態でも、そのまま遊び始めることが出来ると思いますよ。マシンの形状は三角柱ですし、側面が三つあることは分かりますよね? 側面には、それぞれ〇、×、□の三つの記号が書いてある。本作を見つけたら、試しにどれか一つの側面に触ってみてください。触った面が、赤か、青か、緑に発光すると思います。大気の存在する惑星であれば、微かに音も鳴るかもしれません。コツンか、キーンか、トンという音が響くでしょう。それが、ゲーム終了の合図ですね。


触った面が赤く光って「コツン」という音が鳴れば、あなたの勝利です。青く光って「キーン」という音が鳴れば、あなたの敗北。緑に光って「トン」という音が鳴れば…、これは引き分けですね。簡単なゲームルールでしょう? もう一度触れば続けてもう1ゲーム遊べるので、お気に召したなら何度でも遊んでみてください。どうです、話に聞くだけでも楽しそうでしょう? あなたたち異星人になら、この楽しさがお分かりになっていただける…。その、はずですよね…?


そ、そうだ。ね、ちょっと、ご自身が遊んでいる光景を想像してみましょうか? まずはホラ、UI。先ほどは音や色合いの違いで勝敗が分かると説明しましたけど、実はそれ以外にも赤外線や放射線が発生していて、あなたに視覚や聴覚が無くても楽しく遊ぶことが出来るんです。ゲームバランスも心配はいりませんよ!何と言っても、〇、×、□の三つの中から一つを選ぶだけのルールですからね!いっそ知能も無くても遊べちゃう!あなたにだって、問題なく遊べそうでしょう?


本作は「Mat Inq Pat Ben」という名前ですが、実はこのゲームは地球では「ジャンケン」と呼ばれるジャンルのゲームなんですよ。ジャンケンは地球で最もポピュラーなゲームで、人類全員が愛好しているほどゲームでしてね。〇は石。×はハサミ。□は紙。ルールは単純明快で、勝敗を決めるシステムに穴が無い。このゲームなら異星人の皆さんにも楽しんでもらえるはずと、わたしたちはかつて、そう信じきっていました。だからこそわたしたちは、このゲームは地球代表として宇宙へ贈りました。


ジャンケンを、地球代表として、巨額の費用をつぎ込んで、宇宙へ。


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あなた。


もしかしてまだ、この文章の意味が伝わっていませんか。


伝わっていますよね?


あなたにはもう、この文章の言いたいことが伝わっていますよね。


あなたに「楽しそうだ」と言って貰わないと、もう取り返しがつかないんですよ。


既に地球文明の代表として、ジャンケンを宇宙へ贈っちゃった後なんですから。


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あー…、失礼、取り乱しました。少し説明不足だったかもしれません。余計なお節介かもしれませんが、「何故このゲームが楽しいのか」をもう少し詳しく説明させてください。えーと、いいですか。まずこのゲームには、三つのすくみがあります。三角柱の側面には、それぞれ三つの面がありますよね? この三面には、ゲームごとにランダムに「勝利」「敗北」「引き分け」が設定されます。ようはこのゲーム、三面のどこに勝利が設定されたのかを見抜く、という遊びなわけですよ!


まず第一に。勝利する面を見抜くという行為そのものが…楽しいとは思いませんか? 勝利ってのはつまり…良いってことで、良いことは楽しいので、勝利するのは…楽しい。これは流石に、理解していただけますよね? そして第二に、三面のパワーバランスが拮抗しているのが楽しい。さっきは勝利するのは良いとは言いましたけど、勝利ばっかりしていると良すぎちゃって、良すぎるのは良くないので。三分の一の確率で良くなると、とても良い。楽しい。どうです、お分かりになりますか?


もしかすると、このゲームが単純だと思われている可能性もありますし、少し応用的な戦略も説明しておきましょうか。ね。そうしましょう。例えば、一回ゲームを遊んで…、あなたが勝利したとするじゃないですか。一回勝利すれば楽しいから、二回目も勝利したくなりますよね? なります。あなたは勝利したくなります。勝利したくなると仮定したうえで、次も勝利しようと思ったら、一体三面あるうちのどこを触るべきだと思われますか。少し、考えてみてください。


さっき触った面を触る。いや、それは危うい手ですよ。一度負けた面にもう一度、同じ手が設定される可能性は低いでしょうからね。右隣りを触る。いやー、それも危うい手ですよ。本作を遊んだプレイヤーは反時計回りに面を触っていく傾向があるらしいですから。では左隣りを触るのが最善かと言うと…、危ない危ない!こうした心理を読み切って、左隣りに敗北を設定してきている可能性もある…。…いや、どうですどうです!考えれば考えるほど、ゲームが面白くなってくるとは思いませんか!


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このゲームが楽しい理由は、少しだけでも、伝えることが出来ましたか?


やっぱり、こちらが何を伝えようとしたって、異星人は返事をしてはくれませんか。


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いくら好きだと言ったって、あなたには伝わらないのかもしれませんが。このゲームが発表された日から、わたしはコイツのことが、好きで好きで仕方がなかったんです。銀河の誰にでも遊べるように作られた、宇宙最高のインターフェース!銀河の誰にでも遊べるように考え抜かれた、宇宙最高のゲームルール!地球で最も普及したゲームが、地球を代表して宇宙の誰かへプレゼントされる…!それを想像するだけで…、コイツはどれだけ遊んでも、飽きることがありませんでしたから!


まわりの人類だって、最初はみんな、このゲームのことを心から楽しみにしていましたよ。ジャンケンはルールが簡単で、誰でも自由に楽しむことが出来る。みんながルールを知っていて、地球文明の代表としてふさわしい普遍性を持つ。異星人にゲームを贈るなら…、やっぱり「ジャンケン」しかないありえないだろうって!当時はみんな、そう信じきっていましたから。わたしたち人類は一致団結して、自分達の好きなゲームを宇宙へ贈った。その、はずだったんですが。


このゲーム、実は今、地球ではあまり評判が良くないんです。いざロケットを打ち上げるって段階になって…、人類は急に弱気になってしまったみたいで。「よく考えたら、なんでジャンケンを宇宙に贈ろうとしているんだろう…?」って、ぽつり、ぽつりと、弱気な疑問があらわれるようになったんです。なんでも何も…、そりゃジャンケンが楽しいからだと思うんですけど。そしたら今度は、「ジャンケンって…そんなに楽しいかな…?」なんて、馬鹿げた疑問を呈する奴があらわれる始末で。


疑心暗鬼の連鎖に…、収拾がつかなくなってしまったんです。「このゲーム、楽しくないでしょ?」と、最初に言い出したのは一人だったのかもしれませんが。そんな一声を呼び声に、「このゲーム、楽しくないよね?」と、全員が同調を始めて。このゲームを宇宙に贈ろうとしていた今までの自分達が、なんだか恐ろしい事をしていたような気持ちになって。「ロケット打ち上げを中止してくれ!」だなんて…、わたしたち人類は、土壇場になってみっともなく騒ぎ始めてしまったんです。


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でも、もうゲームは出来上がっちゃってましたし。「搭載するゲームの出来が不安」なんて理由で、探査衛星の打ち上げが中止されるわけがありませんから。結局、2026年9月8日、ロケットは計画通りに宇宙へと打ち上げられました。


「ゆりかご」の打ち上げは…、それはそれは華々しいものでしたよ。全世界9870万人が発射シーンを視聴したと言われていましたし、雄大に打ちあがるMat Inq Pat Benの姿を、人々は固唾を飲んで見守っていました。


今でこそ、「人類は集団ヒステリーを起こしていた」みたいに言われることも多いですけれど。わたしたち人類はあの日、互いの手を取り合って、人類の総意として「ジャンケン」を宇宙に贈ることに成功したんです!


私たちは、互いの手を取り合っていたはずなのに。不思議な事に、「同調圧力の中、人類の恥が未来に旅立つのを、わたしたちは見送ることしかできなかった」だ、なんて。今ではいつの間にか、悲劇のエピソードにすり替わっちゃってるんですが。


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Mat Inq Pat Benのジャンルがジャンケンだと決定されるまで、「どんなゲームを異星人に贈るべきなのか」は幾度も議論が行われました。一番最初に名前が挙がったのは、当時MoMAが保管していたゲームコレクション。テトリス、パックマン、Portal、Grand Theft Auto、Space Invaders、EVE Online。どれも名作ゲームばかりでしたから、最初こそ「贈るゲームは決まったようなものだな」とも思われていたんですが、専門家達からは続々と反対意見があがってしまいましてね。


歴史学者から見た場合。EVE OnlineやSpace Invadersは、異星に対する宣戦布告にしか見えないと、ケチが付いたんです。他のゲームも似たようなものでした。言語学者から見た場合。Grand Theft AutoやPortalは、異星人には皮肉が理解出来ないだろうと反対を受けましたし。異星人が粘菌や鉱物生命体である可能性も考慮すると、パックマンやテトリスが「捕食」の映像に受け取られかねない点も、生物学者からは何度もやり玉にあげられました。


ようは誰がどんなゲームを候補に持ってきても、学者達は不安要素を指摘することを止めなかったんです。「Pong」?とんでもない!どう見たって惑星間での隕石の撃ち合いを暗示している。「Call of Duty」?もっととんでもない!人類の負の歴史である戦争行為を宇宙に宣伝するようなもの。「ポケットモンスター」? 最も危険性が高い!一匹でも異星人に姿形が似たモンスターが存在した場合、我々からの侵略宣言と受け止められる可能性がある!


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こんなの誰がどう考えたって…、杞憂以外の何物でも無かったんですけれど。「じゃあ、あなたはこのゲームを異星人に贈る責任をとれるんですか?」と言われて、責任をとれる人間なんか地球上には存在していませんでしたから。


だからこそ、唯一、みんながネガティブな意見を一つも指摘することが出来なかったゲーム。それどころか…、ポジティブな意見すら一つも指摘することが出来なかったゲームに、みんなは大きな期待を寄せました。


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上述の通り、ジャンルの選定からして議論は迷走しましたが。それよりなにより難航を極めたのは…、「どうやってゲームのルールを異星人に説明するのか」という議論の方でしょう。例えば、スーパーマリオブラザーズを例にとってみましょうか。説明するまでもなく、マリオは楽しいですよね? マリオは、楽しい。それが我々人類の常識じゃありませんか。でも、「何故マリオを右に走らせるのか」を異星人に伝わるように説明しろと言われると…、誰もが言葉を失ってしまう。


まず「主人公」という概念からして、理解してもらうのが難しいんです。人類は自我がある生命体かもしれませんが、このゲームを遊ぶ異星人は集合精神によって制御された生命体かもしれません。「個別の意志を持って生命活動を行う」というマリオの存在自体が、理解してもらえない可能性があるんです。アクションの肝である「ジャンプ」も、彼らの住む惑星に大気が存在しない可能性を考えると…、「重力に逆らう」という行為を理解してもらえるかは非常に疑わしいと言えるでしょう。


楽観視に楽観視を重ねて、異星人がタンパク質で構成された生命体だと仮定しても。今度は、社会的要素の説明が難しい。マリオのストーリーなんてここ100年「お姫様を助けに行く」から変わってはいませんが、「お姫様を助けに行く」というストーリーを理解するためには、異星人が有性生殖で繁殖する種である前提が、多種族と争い合う種族である前提が、姫という職種を理解可能な身分制度及び国家社会制度を有している前提も必要とされる!マリオを遊べるだけでも、天文学的確率なんですよ!


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こんなの誰がどう考えたって…、言いがかり以外の何物でも無かったんですけれど。「じゃあ、あなたが異星人にゲームのルールを説明してみなさいよ?」と言われて、全人類を納得させられる人間なんて地球上には存在しませんでしたから。


だからこそ、唯一、みんなが「ルールが理解出来ない可能性」を指摘しなかったゲーム。それどころか…、「このゲームのルールが理解出来ない相手と交流が図れるのか?」という別の議論を巻き起こしたゲームに、みんなは安心感を覚えたんです。


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まぁ…それら二つに関して言えば、結論が出たんですからまだマシな方かもしれません。どれだけ議論を尽くしても、結局、開発終了までに結論が出なかった議論もありますからね。「どうやってゲームの楽しさを異星人に説明するのか」という議論なんか…本当に酷いものでした。誰かが自分の好きなゲームの楽しさを説明しようとすると、決まってその説明に反対意見を述べる者があらわれた。ようは、ゲームを褒めるレビューには必ず外野から文句がついたってわけです。


主人公を豪快に動かして、敵を爽快に倒していき、表示されているスコアを稼ぐのが楽しい。アクションゲームの楽しさを簡単に説明してみると…、まぁ、こんなところでしょうか? しかし、楽しさが分からない人からしてみると。この説明は単に、画面中央にある物体を動かして、画面前方にある物体を削除して、画面上に表示された数字を増減させているだけの事実、としか、言いようがない。これで「楽しさを説明出来た」と言っていいのかどうか…それは誰にも分かりません。


格闘ゲームは敵を殴るゲーム。「なんで敵を殴るのが楽しいの?」と言われても、「敵を殴るのが楽しいからだ」としか説明のしようがない。恋愛シミュレーションは恋愛を疑似体験するゲーム。「なんで恋愛を疑似体験するのが楽しいの?」と言われても、「恋愛を疑似体験するのが楽しいからだ」としか説明のしようがない。人生ゲームは人生を生きるゲーム。「なんで生きるが楽しいの?」と言われても、「生きるのが楽しいからだ」としか説明のしようがない。


あああ…。説明しているだけで気が狂いそうになってきた…。ゲームは、楽しいんです。楽しいのが、ゲームなんです。いや…、楽しいからゲームなのか?それとも…、ゲームだから楽しいのか?いや、いやいやいや…。わたしたち人類は、遊んで楽しいと感じたプログラムを、便宜上「ゲーム」という名前で呼んでいるわけですから。そもそも楽しいものをゲームと呼んでいる以上、何故ゲームが楽しいかを説明するなんて行為は…、概念を逆引きしているような無茶苦茶な行為で…。


ようは最初から、ゲームが楽しい理由は説明出来るわけが無いんですよ!


===


こんなの誰がどう考えたって…、屁理屈以外の何物でもないんですけれど。「それで異星人が納得すると思うの?」と反論されてもなお、不毛な議論を続けられる人間は地球上には存在していませんでしたから。


だからこそ、唯一、みんなが「楽しさが理解出来ない可能性」を心配しなかったゲーム。それどころか…、「人類の大半が知っているから今更楽しさを説明する必要が無い」ゲームが、輝いて見えてしまったのかもしれません。


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結論を言えば…「ジャンケン」が一番、当たり障りが無かったんです。


みんなが知ってて、誰でも遊べて、ルール説明が要らない。


そしてなにより…、誰も文句を言いませんでしたから。


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Mat Inq Pat Benというゲームほど、発売前に期待を集めたゲームを、私は他には知りません。「ジャンケンをロケットで打ち上げるなんてジョークみたいだ」と冗談めかして語る人もいましたし、「宇宙人にジャンケンの面白さが分かるか?」と不安をほのめかす人もいなかったわけではありませんが。議論に議論を重ねたうえで、ジャンケンが最善の選択肢と判断された経緯については…誰もが理解を示していて。暗黙の了解のもとに、誰もがこのゲームを歓迎していた、はずでしたから。


JAXAのサイトでレプリカの予約が始まった時には、三日三晩続けてのサーバーダウンさえ起こすほどの人気だったんです、このゲームは。特に日本人にとっては…、念願の国産冥王星探査衛星に託された、ご自慢の国産ゲームでしたから。これは当時のニュースの受け売りに過ぎませんけど、ジャンケンというゲームのルーツからして、江戸時代の日本人が中国の手遊びを輸入して、現在のルールに作り変えて世界に普及させたのがはじまりだって言うじゃありませんか。


このゲームを宇宙に打ち上げたところで、本当に異星人に遊んでもらえると信じていた人類は一人もいなかったとは思いますが。このゲームにはかつて、それなりの「説得力」があったんです。夢を見られるだけの、説得力が。言葉が同じでなかったとしても、文化が同じでなかったとしても、ゲームの楽しさは伝えることが出来る。かつて世界中に、ジャンケンが広まっていったように。今度は宇宙中に、文明の差を乗り越えて、ジャンケンの楽しさが伝わっていく…という説得力が。


===


人類は、夢を見ていたのかもしれません。夢から覚めたタイミングがあったとするなら、それはロケットの打ち上げ当日でしょう。わたしたちが予約していたレプリカの発売日は、ゆりかごの打ち上げと同日でしてね。「人類がジャンケンを宇宙へと贈った判断は、本当に間違ってはいなかったのだろうか?」なんて…、誰も彼もが臆病風に吹かれて。自分の手で実際にこのゲームを遊んでみることで、自分たちの判断が間違ってはいなかったことを確かめようとしたんですよ。


本作を遊んだゲーマー達は、夢から覚めてしまったかのようでした。「これはレプリカだし、オリジナルはこれとは違うゲームだよね…?」だなんて、揃ってオロオロしはじめて…。まったく、みんな何を寝ぼけているんだって思いましたもん。レプリカとオリジナルの違いは、シリアルナンバーが掘ってあるかどうかだけ。「オリジナルを忠実に再現したマニア垂涎の逸品」って予約ページに書いてあったものだから…、みんなそれが嬉しくて、予約してまでレプリカを手に入れたんじゃありませんか。


「こんなもん単なるジャンケンじゃねーか!」

「なんでジャンケンなんか異星人に贈ったんだよ!」

「ジャンケンを予算を費やしてロケットで打ち上げるな!」

「ジャンケンより他に、贈るべきゲームは山ほどあっただろ!」


「ジャンケンなんか面白くねーんだから!」


ゲームのジャンルはジャンケンにしようってみんなで決めたんだから、そりゃこのゲームのジャンルはジャンケンですよ。ジャンケンが楽しいとみんなが思ったから、みんなでジャンケンを贈ったんじゃありませんか。お金をかけてでもジャンケンを打ち上げる価値があるとみんなが認めたから、ジャンケンをロケットで打ち上げたんでしょう。ジャンケン以外のゲームは贈るのにリスクがあるって結論が出たから、みんなでジャンケンを贈るしかないねって決めた事実を忘れてしまったんですか?


===


よく考えたら…、この文章は「Mat Inq Pat Ben」のゲームレビューでしたね。


せっかくですし、最後に一言だけ、本作の感想を言わせてください。


みんな、忘れてるかもしれないけど。ジャンケンは、面白いよ。


ジャンケンが面白い理由は…、ジャンケンが面白いからだよ!!!!!!


===


私はどうやら…まだ夢から目が覚めていないのかもしれません。こんな文章を書いたって、誰にも読んでもらえないんじゃないかって。さっきから、不安で不安で仕方が無いんです。あなたはどうして、こんなサイトを読んでいるんですか? あなたはどうやって、このサイトにたどり着いたんですか?このゲームのレビューを探している内に、広い星間インターネットのデータ網からたまたま、このサイトの情報を拾い上げてしまった。あなたがそんな異星人なら…、私は、とても嬉しいんですが。


ゲームレビューをインターネットに公開する事なんて、宇宙に向かって無暗に電波を発信する行為となんら変わりはありませんよ。ゲームレビューなんてどれだけ書いたところで、運よく誰かに読んでもらえるとも思えないし、読んでもらえたところで何かを正しく伝えられるとも思えない。誰も聞いて貰えなかったとしても構わない、どこかに消えてしまったとしても構わない。好きなゲームを語る独り言が、どうしてもやめられないだけの話なんで。


でも、万が一、万が一にもですよ。この広い宇宙のどこかに、運良くこのゲームのオリジナルを回収した存在がいて、運良くその存在がこのゲームの楽しさを理解出来る種族で、運良くこのレビューがその存在の元に届いてしまう可能性も…無いわけではない。こんな馬鹿げた話、真面目に期待する方がおかしいと分かってはいるんですけれど。可能性がゼロではないって考えただけで…、独り言とニヤつきが、どうしても抑えられなくなってしまうんです。


だって、Mat Inq Pat Benは、本当に面白いんですもん。

本当に、面白くて、面白くて面白くて、仕方がないゲームなんですもん。

誰かに面白さが伝えられるかもって想像するだけで、楽しくなってくるんですもん。


===


さあて、そろそろ独り言も終わりにするとしましょうか。


「The video game with no name」はまだまだ始まったばかりのゲームレビューサイトですが、これからも細々と更新を続けて行こうと思います。


誰にも読んでもらえなくても大いに結構。誰かに何かが伝わるとも思ってはいません。あなたがどこの誰であっても、私は一切構いません!


私は、好きなゲームの話をするのが、好きで好きでたまらないのです!


2113/2/19 (Article written by Alamogordo)


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