第丗三篇 過重輸送
会社は好景気に沸いていた。
何しろ長距離の輸送業務が次々と途切れなくやってくるのだ。
しかも復路で運ぶ物品まであるし、それを解析する業務まである。
あまりの業務量に、これまで慎重だった会社の規模拡大まで真剣に検討されているくらいだ。今のところ信頼できる同業他社への一部業務の再委託で
ともあれ、それは将来の話。今現在はと言えば、社内は誰もが多くの業務を抱えて右往左往。良く言えば活気に溢れていて、悪く言えば乱痴気騷ぎのような有様だった。
「部長! ここにおられましたか」
書類を抱えた秘書が探していた人物は、格納庫で輸送機の点検に立ち会っていた。
「ああ、済まない。こちらがちょっと心配だったのでね」
過重な任務飛行によって予定外の整備を必要とされたその輸送機は、どうもエンジンを下ろすことになったらしく、足場の組み立てが進められていた。その様子を見て秘書も眉を顰める。
元は軍用輸送機の民生型であるターボプロップ四発の輸送機は、過酷な運用を受けてか外装の痛みが目についた。装具品はピカピカに磨き上げるべし、と教育を受けた社員たちが、砂に叩かれた跡を補修する余力もないのだ。
「もしかして、輸送計画に影響が出そうですか?」
「いや、なんとか間に合わせられるそうだ。整備済みのエンジンがあるから載せ替えて様子見する、と」
「そうですか」
ホッとしたような、困ったような、複雑な表情を浮かべる秘書。オーバーワークが使用機材にも及んでいることが悩ましい。
「それで、私を探していたのではなかったかね?」
「そうでした。次便の予定貨物の一覧です」
差し出されたクリップボードを受け取りながら、胸ポケットから取り出した老眼鏡を慣れた動作でかけ、『EYES ONLY』とスタンプされた書類に記載された品目と数量、重量をざっと一瞥する。
現地で需要の多い連邦規格の武器・弾薬。持って行けば持って行っただけ捌ける人気商品だ。小銃、機銃、弾薬、対戦車ロケット、手榴弾など多種取り揃えている。
ちなみにこれらの仕入もZASが行っており、中南米の連邦規格兵器採用国から倉庫単位で仕入れて
良いこと
人気商品は連邦規格品ばかりではない。合州国謹製の大ヒット作〝使い捨て観測機器〟は今回も四六三Lパレットに山積みだ。低空を飛んでいる
関係して、復路で運んでくる〝現地收穫物〟の分析、解析業務も忙しい。今回も復路の予定貨物はかなりの重量になっている。往路が満載でも復路が空荷だと收益性に響くので、復路貨物があること自体は有り難いのだが、余り重量があり過ぎると今度は燃料や機体寿命に影響してくる。
(整備間隔に影響しているのはこちらの方だろうな)
航空機の寿命を制約する要件は多岐に亘るが、離着陸回数とその重量は無視できない要素だ。
「いかがしましたか?」
「いや。いつもながらの大荷物だと思ってな」
効率を考えるのであれば、中間集積地を用意して、そこまではより大型の
建前上、貨物の中身も知らないことになっている。封印された貨物を何も聞かず、ただ
アルガニスタンにおける
隠蔽工作として必要不可欠なことではあるのだが、それ故に、どうしてもままならないこともあるのだった。
「それにしても〝精密時計〟か……」
「はい」
沈鬱な表情で秘書が肯く。
リストの中にZASが用意した以外の物資が入り込むことは、どうしても避けられない。親会社の方で別に調達され、ねじ込まれてしまえば、
政治工作のための金品贈物の類なら別に目くじらを立てたりはしないが、あれは良くない物だ。
「あれほど社長が警告をなさったというのに、どうして親会社の連中は聞き分けないのだ?」
社長との付き合いが長い部長には、社長の言葉に敢えて反してみせる親会社の行動が全く理解できなかった。
どこからか調達したらしい連邦系の〝精密時計〟は、確かにその費用対效果は絶大であると評価されていた。しかし事後を考えた時に、それは地雷処理より困難なものになることもまた必至だった。
大地に塩を撒いて荒野にするのであればともかく、いずれそこは社会主義から解放され、資本主義の市場となるべき場所の筈だ。連邦を倒せれば何でも良いというわけではないのだ。
故郷の奪還を合州国に任せておけないのは、こういうところだ。彼らにとっては所詮遠い異国の見知らぬ土地の話だろうが、そこには人が住み、生活しているということを、親会社は軽く考え過ぎている。ましてや民主共和国となった東ライヒは部長らの故郷なのだ。故郷の民を、土地を、文化をライヒに取り戻したいのであって、カルタゴにしたいわけではない。
その辺りの感性に致命的なズレを感じることがしばしばある。
「社長は何と?」
「『世界貿易センターのように高い授業料になるだろう』と」
「……」
社長が時折交えるよくわからない比喩はともかく、社長がこの件を既に諦めていることを知らされるも部長は未練が拭いきれない。
「せめて途中積替えがあればロストバゲージにもできるんだが……」
「社長に怒られますよ」
いかなる理由があろうとも、仕事に厳格な社長は契約を違えることを決しては許しはしない。もっとも、契約文面が許す限りありとあらゆる抜け道裏技を駆使することも辞さないのではあるが、今回はその限りではないということなのだろう。
渋々、本当に渋々ながら、部長も諦めることにした。
「やれやれ。次の大統領が聞き分けが良い人物であることを願おう」
ここのところ任期を全うできない大統領が続き、政策が混乱気味だった。政府下請けという業務の性格上、上の座りが悪いと下に過重労働という形でツケが回って来やすかった。
過重労働は社員の健康問題に悪影響を及ぼし、最終的に社のパフォーマンスを低下させる。
「そういえば社長は今日はお休みだったか」
書類を秘書に返したところで、スケジュールを思い出していた。どんなときも率先して休暇を取る姿勢を、社長は社員に対して示し続けている。
「ええ。でも休暇じゃなくて、検査入院ですよ」
「なんだって⁉」
「先日の健康診断で数値悪かったらしくて」
驚きを隠せない部長に対して、秘書もちょっとビックリでしょ?とクスクス笑い。
「それでまあ、良い機会だから社長が率先して精密検査を受けて、社員に範を垂れよう、って話です」
「ああ、医者嫌いの社員は多いからな」
社員保険が完備されて自己負担率が低いにも拘わらず、どうも社員の中には医者に行きたがらない者が少なからずいる。塹壕で砲弾の雨に打たれても軽口を叩ける剛の者が、歯医者のドリルからは逃げ回るのだから人間というのはわからないものだ。
健康診断の精密検査を保留している部下の名前を思い出しながら、部長は連中を病院に送り込む口実ができたな、と、このときは喜んですらいた。
もし未来を知ることができたなら。もし過去を変えられるならば。部長や秘書は後に痛恨の念と共に思い出すことになる。
次の更新予定
第九国境警備群 @0guma
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