ぼくは本物の寿司を食べることが出来ない
相川由真
未知との遭遇。胸の高鳴り。シュールレアリスムについての考察。
「ぼくは高級寿司店で守るべきマナーをよく知らない。知っているのはせいぜい脂の多いとろや穴子よりもコハダやえんがわといった淡白な白身魚から食べた方が、寿司の味を最後まで楽しめるということくらいだ。また、所謂ツウと呼ばれるような人々の間では、試金石として初めに玉子やかんぴょうを頼むことがあるらしい。しかしぼくにはその意図が分からないので、彼らに倣うのは適当ではないのだと思う。ナオミはこういった店に何度か来たことがあるらしい。幸いにもぼくと彼女は味の好みも似通っていた。なので、ぼくはナオミに注文を任せ、彼女の後を追う形で同じ言葉を復唱すれば、それだけでいい」
「えんがわをください」
「ぼくはちょうど自分もそれを食べたかったふうに装いながら復唱する。店主は恭しく頷いた後に、じっとりとぼくの方を見た。遠くのものを見つめるように目を細めながら。ぼくは人がこのような表情を見せる時の心情に、心当たりがあった。ぼくはいしいしんじの、白の鳥と黒の鳥、その十番目の掌編である紅葉狩り顚末を読み終えた時、ちょうど今の彼のような顔になるのだと思う。人は自分の理解を超越したシュールレアリスムに出会った時、奥歯にものが挟まってしまったような、何とも言えない気持ちになるのだ」
「お待ち」
「店主は握ったえんがわをぼくとナオミに差し出した。苦笑と怒りが入り混じったような表情を噛み殺しながら。少なくともぼくには、そのように見えた。人差し指と中指でネタを支えるようにして寿司をひっくり返し、ナオミはそれを自身の舌の上に寝せた。その所作は、見慣れないぼくの目には少しだけ奇妙に映ったが、ぼくもそれに倣う」
「お客さん勘弁してくれや。お代はいらないから帰ってくれねえか」
「店主はあからさまに舌打ちをして、手元のまな板を叩いた」
「すみませんね。この人、緊張すると思ったことが全部口に出ちゃうの」
「ナオミの溜め息が、ぼくには息苦しかった」
ぼくは本物の寿司を食べることが出来ない 相川由真 @ninosannana1
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