ファラオに乾燥ナツメヤシをささげよ!

今回のお題

【フィリア】【対の存在】【夢現】【狩人】




「ライオン狩りに行くぞ!」

 津田が軽部に向かって言った。

 いや、ごく普通の高校生であるはずの津田は、日本人の日焼けとは異なる赤銅色の素肌に亜麻の腰布をまとい、エジプトの王の印のずきんと王冠を被っていた。

 一方、寝ぼけ眼で首をかしげる幼なじみの軽部は、しましまのパジャマ姿だ。


「津田?」

「うん」

 軽部はのろのろと辺りを見渡した。

 ここは、山に囲まれた森だった。

 空の色や空気のにおいが、なんとなく日本と違う気がした。


「津田?」

「津田だしツタンカーメンだ」

 軽部はファラオを前に無遠慮に大あくびをした。

 変わり者の津田は普段から、自分はツタンカーメン王の生まれ変わりだと言って、はばからない。

 そんな話を軽部は信じてはいないが、それでも影響は受けているのか、時々エジプトの夢を見る。


「でもここ、エジプトじゃないよね?」

「エジプトだぞ。正確には、古代エジプトの景色を再現した冥界ドゥアトの一角だ」

「砂漠じゃないじゃん」

「そりゃエジプトだって全部が砂漠じゃねーよ。ナイル川の周辺は豊かな穀倉地帯だし、山のほうに行けば砂も飛んでこないし」

 軽部は頭をぼりぼりと掻き、津田が携える弓矢を睨んだ。

「んで、何を狩るって?」

「ライオン」

「逮捕されるぞ」

「古代だから大丈夫」

「だからって何でそんなことをするのさ?」

「ファラオの強さを示すため」


 聴いてみるとどうやら津田は、他の歴代のファラオから、狩りもろくにできないなんてと馬鹿にされてしまったらしい。

「前世では体が弱かったからさ」

 ふてくされた顔で言う。

「だからって動物をそんな……おまえ、モンハン強いし、それでいーじゃん」

「別に殺すわけじゃねーよ。そもそもここ、冥界だし」

「まあ、どうせ夢だし、ライオンに反撃されて食べられちゃうってなこともないよな」


 それからしばらく二人で森をてくてく進み、少し疲れて休憩にした。

「狙ってるのはバーバリライオンってやつなんだ。おれらがライオンって聞いてパッて思いつく種類のやつよりずっと大きくて、たてがみが黒くて長いんだ」

 おやつのナツメヤシの実を持ったまま、津田が両手を広げて見せる。

 それを眺めつつ軽部もナツメヤシの実をほおばる。

 乾燥させたナツメヤシの実は甘く、強いて言うなら干し柿に似ていた。



 茂みの向こうで何かが動いた。

 葉っぱの隙間をしっぽが横切る。

 津田が素早く弓を構え、矢を放った。

 軽部は思わず耳をふさいだ。

 本物の弓矢の音は、イヤホンで聞くゲームの武器とは迫力が……それに何より意味が違った。

 矢は見事に獲物に命中した。

 響いたのは、予想と異なる音だった。


  コンッ!


 ……石に当たった?

 二人が顔を見合わせる。

 しかし獣は確かにそこに居た。 


  ザザザザザッ!


 それは津田に次の矢をつがえる暇も与えず、二人目がけて飛び出してきた!


  ザッ!


 跳躍。

 着地。

 現れたのは、スフィンクス。

 獅子の体に人間の頭を持つ聖獣だった。


 ギザでピラミッドを守っているあの像に比べれば、猫パンチでつぶされそうなサイズではある。

 だが、津田が語ったバーバリライオンよりも二回りは大きい。

 そのスフィンクスが、津田を見つめる。

「高名なるツタンカーメン王がライオン狩りに挑むと聞き及び、お相手つかまつりたく馳せ参じた。いざ、尋常に勝負!」

 スフィンクスが津田に踊りかかった。

「うわあ!?」

 津田は逃げようとしたが間に合わず、あっけなく押し倒されてしまった。

「えええ!?」軽部が叫ぶ。「スフィンクスがする勝負って、なぞなぞなんじゃないの!?」

「痴れ者め! それはギリシャに住む、異なる血統のモノよ!」

 スフィンクスが軽部を猫パンチではたき飛ばした。


  ☆ ☆ ☆


 目の前を星が舞う。

 気がつけば軽部はベッドの下に落っこちていた。

 いつもどおりの自分の部屋。

 見慣れた机に、見慣れた箪笥。

 スマホの時計を確かめる。

 静まり返った、午前五時。

 そのまま通話ボタンを押して、津田にかける。

 津田はすぐに出た。

「なあ、津田。おまえ、ライオン狩りって、したいと思うか?」

「絶対にヤだ」

 津田は即答し、何故こんな早朝にそんな質問をしたのかと理由も訊かずに通話を切った。

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