ファラオは獅子にネコ缶をささげた!
この回のお題は
【届かないものに手を伸ばす】【突然のスケベ心】【百葉箱】【祭囃子】
お題を使い切れず、にごたんには不参加でした。
市民プールからの帰り道。
突然の雨に高校生の二人組が走り出す。
小学校の脇を通る際、フェンス越しにふと中を覗くと、校庭の隅に真っ白な百葉箱がたたずんでいた。
「軽部?」
足を止めた親友のところに津田がパタパタと駆け戻る。
「ん。悪い。ちょっと思い出しちゃってさ」
傘を差すほどではない雨が、二人の髪を湿らせる。
「百葉箱、新しくなってるね」
「まー、おれらが通ってた時代でもかなり古びてたからな」
二人が低学年の頃、百葉箱の中に、怪我をした猫が住み着いた。
大柄で気性の荒い野良猫で、最初に見つけた軽部が手を伸ばすと引っかこうとした。
子供だった軽部には手当てなんかできるはずもなかったが、大人に知らせたら保健所に連れて行かれてしまうかもしれない。
軽部が泣いていると、津田がやってきて、百葉箱に『ホルスの目』を描いた。
古代エジプトの治癒の護符。
遠い昔、神々の王の座を巡る戦いで深手を負ったホルス神に与えられた、知恵の神トートと慈愛の女神ハトホルによる癒しの力のシンボルだ。
軽部も真似して同じものを描き、百葉箱の壁板にホルスの目が二つ並んだ。
二人はこっそり百葉箱に餌を運んだ。
数日後、猫は居なくなっていた。
それっきり、町で見かけることもなかった。
しばらくして、校内で変なうわさが流れ始めた。
死んだ猫が百葉箱に憑り依いて、夜な夜な歩き回っているというのだ。
百葉箱の木製の四つ足でノシノシと。
猫が死んだことにされてしまったのも、怪談話のネタにされてしまったのも、軽部には悲しかった。
軽部達のラクガキのせいで百葉箱が不気味に見えているというのもあった。
だけどあのラクガキを消したりしたら、あの猫には本当にもう二度と逢えなくなるような気がした。
あれから十年。
新しい百葉箱には、当然ながら、ホルスの目はない。
あの猫にも逢えていない。
「なあ津田、覚えてる? あの百葉箱に住んでいた……」
「ああ、居たっけな、子ライオン」
「って、まだそんなこと言ってんの!?」
「ンだよ、信じてなかったのかよ」
「だってあれ猫だろ!?」
「あんなデケーのが猫なわけねーだろ」
「こんなとこにライオンが居るわけねーじゃん!!」
「だからただのライオンじゃなくて、女神テフネトの化身なんだってば。そりゃー女神の中じゃ最年長なのに“子”ライオンってのはちょっとサバ読みすぎだけどさ」
テフネトは、始祖神アトゥムが最初に生み出した大気の二神の片割れで、ホルスの曾祖母に当たる。
軽部はため息をついた。
猫への懐かしさと悲しさと、津田へのしょーがないやつだなという気持ちと、やっぱ優しいなという気持ちと。
いろいろ混ざった小さなため息。
「あの時、津田がオレのこと一所懸命なぐさめようってしてくれてたのは嬉しかったよ。この年になってもまだエジプトごっこしてるとは思ってなかったけどな」
「だから、ごっこじゃねえってば! テフネト様は湿気の女神で、日本の湿気を求めてバカンスに来てて、野良猫とケンカになっちゃったんだよ!
で、地元の神様に助けを求めようとして、社と間違えて百葉箱に逃げ込んだんだ。
それで百葉箱が気に入っちゃってそのまま引きこもって、でも観光はしたいから百葉箱ごと歩き回っていたんだよ」
ちなみにテフネトの夫のシュウは乾いた空気の神である。
津田は「はいはい」と適当に流して歩き出した。
少し強さを増した雨が、何だか心地よく感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます