ファラオにイタリア料理をささげよ!
この回のお題
【アバンタイトル】【迷える子羊】【ライバルと手を結ぶ日】【料理】
旧タイトル
『クヌム神のたのみごと』
遠い昔のエジプトに、クヌムという名の神が居た。
アトゥムが空と大地を生み出し、プタハが草木を芽生えさせ、太陽であるラーが海から生まれ出た頃、クヌムは粘土をこねて人を作った。
エジプトの神々の多くは、体は人間、頭は鳥や獣の姿をしている。
クヌムの頭は羊だった。
古い時代の羊なので、その角は、横にまっすぐ伸びていた。
この種類の羊は、黄金のマスクで有名なツタンカーメンの時代には、すでに絶滅していたらしい。
☆ ☆ ☆
時は流れて現代日本、深夜のイタリアン・レストラン。
窓もドアも硬く閉ざされ、明かりは懐中電灯のみ。
中央の席に男子高校生二人が横に並んで座り、クヌム神と向かい合っていた。
「今時のオシャレってやつをしてみたかったんだよねー」
羊の頭がうつむいて、まっすぐな角が重そうに揺れる。
「粘土をこねて、クルクルした角を作ったんだよー。日陰に置いて乾かして、そろそろかなって思って見に行ったら消えていたんだー」
少年の一人は深刻な顔でうなずき、もう一人は眠そうに目をこする。
「バステトちゃんがね、その角とちょうど同じ大きさのカタツムリが、時空のゲートに入っていくのを見たって言うんだよねー」
バステトは猫の頭の女神様だ、と、真顔の少年が寝ぼけ眼の少年に耳打ちする。
「でさ、たぶんクルクルの角は、自分がカタツムリだって勘違いしちゃったんだよー。そこで保護してもらえればよかったんだけど、バステトちゃんもまさかそれが僕の角だとは思わなかったみたいでさー」
少年の一人、津田は古代エジプトの王の装束を身にまとっている。
もう一人の軽部は水色のパジャマ姿だ。
「その時空のゲートの出口がね、このレストランに設定されてたんだよー。バステトちゃんがネズミを取ってきた帰りだったからさー」
少年達もまた、ゲートを通ってここに来た。
「だったら早く見つけないとヤバイですね」
津田が店内を見渡す。
こじゃれた内装。カーテンの陰。椅子の裏。
クヌム神の角ならば、カタツムリとしては世界最大のアフリカマイマイのクラスになるけれど、それでも隠れられる場所は無数にある。
「うん。ネズミに食べられちゃうかもー」
神が気弱な声を出す。
「てゆっか~、エスカルゴに混ざってとっくに調理されちゃってたりして~」
舟をこぎながらの軽部の言葉に、クヌム神がうわああん!と叫んだ。
「だ、大丈夫ですよクヌム神! 神の角なんか食べて、神の力が人間に宿ったりしたら、今ごろ大騒ぎになってますって! おい、急ぐぞ軽部! どっちが先にカタツムリを見つけるか競争だ!」
「ふわあぁぁぁぃ」
三人で手分けして、店内を隅々まで探し回る。
「ツタンカーメンくーん! そっちはどーう?」
喫煙席の神が厨房に、前世の名前で呼びかける。
前世でファラオだった津田は、エジプトの神々の末席に名を連ねる身なので、遊○王に惹かれて日本人に転生した今でも時々こういう雑用に駆り出される。
で、何かにつけて友人の軽部を巻き込む。
「なべの中には居ないです! おーい軽部! そっちはどうだ?」
返事がない。
「軽部~?」
戸口から覗くと、テーブルの下からパジャマのおしりが突き出ていた。
「こら軽部! 床で寝るな!」
せめて長椅子で、と、津田が軽部を引きずり出す。
「!!?」
津田の目が、軽部のパジャマの胸に釘づけになった。
軽部は男である。
それに決してデブではない、男子高校生の平均的な体型だ。
それなのにその胸にはグラビアアイドルのようなふくらみが二つ並んでいた。
「………」
津田が軽部のボタンをはずしてパジャマをはだけさせ、軽部が眠ったままうめき声を上げる。
軽部の胸部に、大きなカタツムリが二匹、ぺたっと貼りついていた。
「なんかムカつく」
「ああ! 乱暴にしないで!」
カタツムリをわしづかみにした津田に、クヌム神が悲鳴を上げる。
仕方なく津田は、厨房のゴミ箱からレタスの切れ端を拾ってきてカタツムリを誘導し、クヌム神の頭の上まで這っていかせた。
「ありがとう、ツタンカーメンくん! どう? 似合うー?」
「……うん……まあ……女の子にウケそうです……」
まっすぐな角が二本に、丸まった角が二つ。
シルエットだけ見ると、おだんごツインテールであった。
クヌム神が時空をいじって軽部の部屋へのゲートを開き、津田が軽部をおんぶして運ぶ。
ベッドに寝かせようとして、軽部ごと津田も倒れ込んでしまった。
「ツタンカーメンくん! 大丈夫ー?」
「ぐーぐー」
すでに明け方。
実は津田も眠かったのだ。
「ま、いっか。早くみんなに見せに行こー!」
そしてクヌム神はゲートを開いて神々の世界へ帰っていった。
良くない!と津田が神界に怒鳴り込みにくるのは、軽部を起こしにきた姉に、二人が一緒に寝ているところを見られて、さんざん写真を取られたあとのことである。
その写真の中には、寝ぼけたせいか、手を繋いでいるものまであった。
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