ファラオに月を模したる菓子をささげよ!

この回のお題

【ハック&スラッシュ】【なにもしてないのに壊れた】【一夜限りの夢だとしても】【インターネット・ミーム】

旧タイトル

『一夜の夢のツタンカーメン』




「またネットで変なものが流行り出した」

 エアコンと扇風機を併用中の自室。

 受験のための調べもののついでにちょっと違うページを見ていた軽部が、寝そべって漫画雑誌を読んでいる津田に、パソコン画面を見るようにうながす。

「古代エジプトの太陽の船の儀式だってさ」

「ほう」

 津田は眼を輝かせて身を起こした。


 画面の中ではいかにもバカっぽそうな若い外国人男性が、フィギュアを乗せた手漕ぎボートに綱をつけ、英語で何かずいぶんと長い言葉を叫びながら砂浜の上を引っぱって走っていた。

「何て言ってるんだろう?」


「『太陽神ラーは地平線に上る。

 神々の群れはラーに付き従う。

 ラーはその秘密の住処より表れ出る。

 食物は天の女神ヌウトの言葉に応じて天の東の地平線から降りそそぐ。

 女神ヌウトはラーの通り道を明示し、ラーは速やかに巡回する。

 ああ、その聖なる覆いの中に住まうラー、自らその身を起こし、自ら風に近づき、自ら北風を吸い、自ら正義と心理を呼吸する』」


「英語、わかるの?」

「んにゃ、もとの祝詞を知ってるだけ。この儀式ならこれだろ。

 死後の世界で神々の仲間になるために、生前からやっておくヤツだ。

 儀式で使用する模型船の大きさは、四キュビトから七キュビト。だからこのボートであってるな。

 本物の太陽の船が天を翔けるのを表現するために香を焚く。香の種類が違うみたいだが、これはしょうがないだろう。

 船のへさきには、黄金で作った太陽神ラーの像。これはペンキを塗っただけみたいだな。

 船の真ん中には、儀式を行う人間が霊体になった姿をかたどった像。こっちは良くできてるな。

 この船に砂漠の上を走らせて、祝詞を読み上げる。

 これにより死後の霊体は太陽神ラーに会え、聖なる者の一員として迎えられ、冥界で太陽みたいに輝けるようになる。

 つまり太陽の船の船員になれるってわけだ。

 ……覚えてねーかな? 前世でおれが死んだあと、おまえはおれに会いたくて、何度もこの儀式をくり返したんだぜ」

「またツタンカーメンごっこ?」

「ごっこじゃねーもん。おれは本当にツタンカーメンだったんだもん」

「はいはい」

「本当に一緒に太陽の船に乗ったんだぞ!」

「はいはい。この画像の人も乗れるといーね」

「ダメだな。この儀式は、やってるとこを他の人に見られちゃいけないんだ。見ていいのは本人と親と子供だけ」

「あらら」

「それに……この人、ちっとばかり良くないモンに目をつけられちまったみたいだな」

 津田はやけに深刻な表情で腕を組んだ。




 その日の夜、軽部は夢の中で太陽の船に乗っていた。

 夢でも時差はあるのだろうか、晴れ渡る青空に、眼下には外国の田舎町の風景。

 画像で見た青年が、ピザ屋のバイクを走らせている。

 そのバイクを、道の幅ほどもある巨大な蛇が追いかけていた。


「何だありゃ!?」

「アポピスだ。太陽神を付け狙う天敵。人間を食べてしまうこともある危険なヘビガミだよ」

 軽部の隣で津田が……いや……王冠と頭巾と腰布をまとったツタンカーメン王がうなった。


「神聖な儀式を冗談でやっちゃったから?」

「いや、ピザがマルいから」


 アポピスが吐き出した息を浴び、青年のバイクがエンストを起こした。

 なぜ急に止まったのか、青年には全くわかっていない様子だ。


 青年にも周囲の人々にもアポピスの姿は見えていない。

 アポピスの大口が青年に迫る。

 ピザだけでなく青年をも食べようとしているのは明らかだ。


「でやーーー!!」


 ツタンカーメンが剣を抜き、太陽の船から飛び降りた。

 背中にはパラシュート代わりに、王の守護神であるホルスのハヤブサの羽が生えている。


「ファラオ・スラーーーッシュ!!」


 真上からの一撃を、しかしアポピスはひらりとかわした。

 地面に降り立ったファラオと、悠然と身をくねらせるアポピスがにらみ合う。

 青年のバイクはまだ直らない。

 そこに……


「えい!」

 軽部が、小さなマルいモノをアポピスに向けて投げつけた。


「ぱくっ」

 アポピスがすばやく口でキャッチする。


「えい! えい!」

「ぱくっ。ぱくっ。ぱくっ」


 アポピスは次々とそれを丸呑みにしていく。

 その間に青年のバイクのエンジンが復活して走り去る。

 アポピスは爬虫類独特の不気味な目で軽部を見つめ、もっとよこせとばかりに舌をチラつかせた。


「気に入ったか? ヘビガミよ」

 アポピスの耳もとに、朱鷺の姿のトート神がすっと現れた。


「太陽を食らわんとする蛇よ。そのマルい菓子が気に入ったか?」

 知恵の神であり月の神であるトートの問いに、アポピスがニタリと口を吊り上げる。


「その菓子は太陽ではない! その菓子の名は月餅げっぺい! 月を現す菓子である!!」

「がびーーーーっん!!」 

 アポピスはあんぐりと口を開け、そのまま真っ白な灰になって崩れ落ちた。


「そこまでショックなことなの!?」

「月餅を媒体にしてトート神の魔力を送り込んだんだよ。ま、すぐに復活するけどな」

 驚く軽部にツタンカーメンが耳打ちした。





 翌朝、早くに目が覚めた軽部は、やけにお腹が空いていたので何か食べようと思って台所へ行ったが、あるはずの月餅がなくなっていた。

(ねーちゃんが食べた……んだよね……?)

 だってあれはただの夢のはずだ。

 それでもどうにも気になりつつ、軽部はクロワッサンをほおばった。

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