宵闇の誘惑
宵闇の誘惑
宵闇の誘惑
連日残業に次ぐ残業。
休日も返上で出勤し、日が落ちてから家につく。
体にたまった疲れは古いなべ底にこびりついたコゲツキのように落ちることはない。
むしろ落とすことなどとっくにあきらめている。
ただ、明日という一日をどうにか乗り切る程度の回復が欲しいだけだ。
汗で重くなったシャツを脱ぎ捨てて、倒れ込むようにベットにうずもれる。
それから数時間。目が覚めたのは深夜の三時。
思えばシャワーも浴びていなければ、朝から何も食べてなどいない。
睡眠のおかげでわずかに回復した体力は更なる回復のため、栄養を求める。
……何か食べるものはなかっただろうか?
いまさら料理を作る気力もなければ、コンビニまで買い物に出かけるのも面倒くさい。
キッチンの戸棚を開け、ホッと一息。
わが心の友……
カップ焼きそばの大盛
お湯を注ぎ、タイマーをセットする。
1分
2分
とても3分までは待ちきれない。
湯を切り、キッチンのシンクがけたたましく雄たけびを上げる。
隣近所に何をしているかがすっかりばれてしまうがそんなことなど気にしない。
熱い湯気に絡まるソースの香気。
我を忘れてむさぼるように食らいつく。
―――ああ。幸せだ。
断言してもいい。
毎日のように残業ばかりして、家族も恋人もいないボロいアパートに帰って寝るだけの人生になんの幸せがあるのかと人は言うかもしれない。
しあわせはここにある。
ささやかだが、幸せはこんなところにあるのだ。
満たされた腹を抱え、天井を仰ぐ。
もっとくいたいな。
空になったカップに目をやる。
もうすっかりからっぽだ。
残っているのは1,2センチくらいに縮れて切れた。茶色い紐くずのような麺が数本。
いや、これをくってもなー。とつぶやく。
〝ひくっ〟
?
〝ひくっ〟
!?
〝ひくひくひくっ〟
縮れて切れた麺のくずのようなものがまるで何かの幼虫のようにひくひくと動いている。
その動きに呼応するかのように腹の中で何かがうごめく……
ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく
すぐ終わるホラー 掌編集 水鏡月 聖 @mikazuki-hiziri
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