GodLv-006 カーマ・スートラ
「……オハヨウ、ゴザイ、マス」
「おや、どうされました。朝からお疲れのごようすで」
朝、昨夜のアレコレを昨日の水桶で拭い部屋を出ると、食堂で朝食の用意をしていた老女将から不思議そうな顔をされた。
さもありなん。鏡が無いから見えないけれど、今の私は頬がゲッソリとこけている事だろう。声なんて擦れてカッサカサだ。
私をこうしたユカリさんと言えば、逆に肌艶が良くなってニコニコと機嫌良さそうにしている。
うがあぁ…体が痛い、普段使わない筋肉とか使ったのか節々がギシギシする。
アレをスポーツに例える人がいるが、正に全身運動。めっちゃ筋肉痛だ。
そんな私とユカリさんを見た老女将が嫌らしい顔で笑う。
「これはまた、昨夜はお楽しみのようで」
田舎のおばちゃんか! いや、実際に田舎のおばあちゃんか。
好奇心たっぷりでこちらをチラチラと見てくる老女将がちょっとウザい。
ナニもしてないよ!と言い訳をしたいのだけれど、宿屋とかやってたら男女二人で泊まる客のアレコレとか良くあるだろうから一目で解るのだろう。
もうどうでもいいや。朝起きてから、と言うよりも、朝方寝て起きてから色々と覚悟は決めている。
なるようになれ。だ。
例え昨夜のアレコレが私を引き留め引き返させなくするハニートラップだったとしても、男として責任を取らないわけにもいくまい。
女宝から出て来た理想の妃、ね。
食堂のテーブルの向かいに座るユカリさんを改めてみると、昨夜の痴態は一体なんだったのかと思うほどに泰然としている。
昼は貞淑で夜は淫婦ってか? ほんと、私の理想の女ってどうなのよ? これが私だけでは無く、男と言う生き物の理想だと思いたい。
座ってからほどなくして出て来た朝食を取り、宿を出る。
そして黒青号を迎えに厩へと向かったのだが……
「あれ、鞍がついてる?」
体が大きすぎて厩に入れない黒青号は天気が良いからと外に待機してもらっていたのだが、その大きく広い背中には何時の間にか鞍が付けられていた。
それも黒青号が背負うに相応しい大きく頑丈そうな鞍だけだ。
「うふふ、早速昨夜の効果が表れましたね」
「えっ、ちょっ、ユカリさん?!」
“昨夜”の一言で動揺し周囲を見回す私。自分でやってて玉小っさ!と思ったのが情けない。
幸いにも誰も居なかったので直ぐに落ち着いたが、何気にドックドックンしている胸を押さえながら嫣然と微笑むユカリさんに目をやる。
「……いきなりなんですかユカリさん」
「黒青号に鞍がついておりますのは、ミナリ様がわたくしたち小七宝の理解を深められたからでございます。カーマ・スートラ。かの神は他の古神どうよう旅立ってしまわれましたが、その教えは今も健在でございますれば」
カーマ・スートラ? たしかそれって古インドの性典だよな。昨今では本とか映画になったりして、マイナーだけどそれなりには知られているアレだよね。
え、つまり、その……昨夜ユカリさんと大人になっちゃった“アレ”のせいってこと?
あわわとする私にユカリさんが優しくうなずいた。
いやぁっ?! そんな温かい眼差しで見ないでぇっ!?
「これからもわたくしたち小七宝は成長いたします。ですからミナリ様? わたくしをたぁっぷりと可愛がって下さいましね」
「ひぃぃ」
可愛がられたのはわたくしでございますぅ……。
穏やかな微笑みの中に肉食獣の気配をにじませるユカリさんに股座の小さな私が反応した。……どう反応したかは言うまい。
――それから黒青号に乗って村を出た。幸いにも?今日からは鞍付き、前部分の反り返りを取っ手にできるため黒青号を速歩で走らせる事が出来る。昨日の倍ほどの速さでスイスイと大草原を進んでいく。
風を切って走る感触が気持ち良い。地球の日本とは違って光化学スモッグが存在していないのですこぶる快適だ。
寝るのが遅かったので朝はゆっくり目だったのだが、そのおかげで体に当たる風は冷たく無い。
「――気持ち良いですねっユカリさん!」
「はい、ミナリ様……」
昨夜の事もあって私だけ少しギクシャクしていたのだが、思い切って声をかけてみた。すると泰然としていたユカリさんも何か思うとところがあったのか、ギュッと背中に密着してきて頬を押し付けて来た。
「これからの予定は宿の先払いが終わるまでこの近辺の歪み修正するんですよね!」
「はい。最後の大歪みをこの世界の者が閉じるまで小さな歪みは出続けますので、ミナリ様のお力を試されるのに丁度良いかと」
村を出た私たちが向かっているのはもう三度目になる林だ。
ユカリさんが言うとおりこの世界はすでに中規模以上の歪みは閉じられているそうで、力試しに丁度良い小さな歪みを修正する事が当面の目的となっていた。
本当は村で昨日手に入れた混沌結晶をお金に変えたかったのだが、店は無いかと訊ねた老女将に換金できる店が無いと言われてしまった。
あの村から馬で三日の距離に大きな街があるらしく、そこで換金するのが良いと教えられた。
それで今後の予定が決まった。先払いした宿の宿泊が後4日。それまで村の近辺の歪みを修正しつつ力試しと混沌結晶集めをし、それから街に出て換金と次の目的探しだ。
とは言え歪みの修正が最前提であるため、やる事は変わらないのだろうが。
――そして日は過ぎる。
小さな歪みに対して輪宝と珠宝が過剰戦力過ぎるため、それはもうサクサクと歪み修正が進んでいく。
見敵必殺とばかりに飛んで行く輪宝が犬や猪、猿のような外獣を瞬殺し、最後に現れた守護獣を珠宝の光が秒殺する。
正直私自身の成長を全く感じないのだが、力加減は凄く上手くなった。今では周囲をほとんど傷つけずに目標だけ倒す事が出来る。
後は……うん、“夜の方”も。朝から夕前まで歪み修正。帰ったら夕食と体を拭いて、カーマ・スートラ的な行為をする。
小七宝の理解を深め、神力を高めるためだとの言い分ができたせいで押し切られる事毎夜。小さくなったり大きくなったりするユカリさんと無茶苦茶カーマ・スートラした。
アア 外獣二 コロサレルマエニ ユカリサン 二 コレロサレチャウヨ
そして宿の先払いが終わる5日目。私がこの世界に来てから6日目で最初に訪れた村を出る事になった。
「またお越しくださいな」
「はい、お世話になりましたお婆さん」
「中々良い宿でしたよ、お婆さん」
最初は貧相だって言ってたよねユカリさん…などと野暮な事は言わない。
自分もそうだけど、実に濃い5日を過ごした宿だ。私も思い入れはある。
老女将に見送られて宿を出る私の姿はもうサラリーマンでは無い。
流石に汚れが目立ってきたので村で新しい粒金を出し、この世界の服とスーツをしまっておく袋を買ったのだ。
ユカリさんは着ていた紫色の着物のままだ。派手だし平民が着る服では無いと言ったのだが、妃として美しくない服は着れませんと断固として嫌がった。
どうやら紫色の着物も汚れがつかない不思議仕様らしいので良いのだけど。
「行くぞ黒青号」
「ブルルゥ!」
私とユカリさんは鞍だけから鐙と手綱が装備されるようになった黒青号に乗馬する。
黒青号もすっかり世紀末覇者な馬だ。
ハイヨ、黒青号ー! とばかりに鐙を腹に当てた私の指示に黒青号が歩き出す。
村の門までは常歩、出ると人目があるうちは速歩で移動する。
行くのは大草原の中を一直線に続く街道。この先は大きな街へと続いているらしい。
ある程度進んだところで駈足へと変える。
「うふふ、風が気持ち良いですね、ミナリ様」
「そうですね、ユカリさん」
この5日間ですっかり距離が近くなった私とユカリさんだが、相変わらず敬称は変わらない。でもこれが一番しっくりと来る呼び方なのだからこれで良いのだろう。
駆足であっても普通の馬よりも早い黒青号の背中で、私とユカリさん二人は地平線の彼方を見つめた。
……なんだか俺たちの戦いはまだ続く!って感じだけど、私の戦いは正に始まったばかりだ。
はてさて、この新神研修ってのは何時終わるんだろうね。
とりあえず家の家賃の支払い日までには帰りたいものだ。
引き落としが嫌いなんで振り込みなんだよねえ……。
《家賃滞納まで後20日》
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