GodLv-001 女宝から出でしは貞淑なりし豊潤の王妃
「……おうん?」
気が付けば林の中。杉の木のような常緑針葉樹が生え揃っている場所に立っていた。
ゆ、夢じゃあ無いよね。意識を失う前のアレコレは。そもそも林の中なんて来た憶えないし。
私は混乱しながらも取りあえず自分の身の回りを調べる。
着ているのは三つ揃えのスーツ。季節が秋も終わりの季節だったので、安物ではあるがカシミアのコートも羽織っている。下品にならない程度に短く切りそろえた黒髪は少々乱れているが、手櫛でさっと直す。
その手でずれ気味の眼鏡の位置を直し、緩んでいたネクタイをキュッと締める。ポケットには携帯電話(ガラケー)が入っているが、今の私の状況をあざ笑うかのように圏外だ。
外国に営業に行く事もあってガラケーとは言えそれなりの物を使っているので、圏外とか海の上か病院のような公共施設くらいな物なのだが……。
「ほんとここどこよ」
そう漏らしながらコート内ポケットの財布を確認し……ぬあっ! 鞄が無い! 飛ばされた時に四徳さんの所に置いて来てしまったか。トホホ。マイノートパソコンが入っていたのだが、四徳さんなら預かってくれているだろう。
……四徳さんか。
私はコートが汚れるのも構わず、落ち葉積もる柔らかな地面に胡坐(あぐら)をかいた。
転輪童子(てんりんどうじ)四徳(しとく)と言っていたな。神、その中でも中間管理職であると。
この期に及んで疑う訳ではないが、実感が籠らなければ理解しきれないのが人間だ。
話していた内容をかえりみるに、その実感を伴わせるために無理矢理ここ、どこかの異世界?に放り込んだと思えるが……解らん。
それにしても転輪童子、か。それに小七宝。そのキーワードで思い浮かぶのはインドの転輪聖王(てんりんじょうおう)か。
私の父方の実家が寺で、インドとは仏教つながりなこともあって上辺だけなら知っている。
だけど転輪聖王はあくまで概念上の正義王であり、神ではない。小七宝を神器とか言ってたが、七宝とは概念的な思想だ。
その辺りがどうなっているのかは解らないが…どうやら私は神としての転輪何某の眷属神とやらになったようだ。
ようだはようだなので、まだ本気でそう思ってはいないが。
「確かイッティラタナが詳しい事を教えてくれると言ってたな」
小七宝を埋め込んだと言われた時に光を受けた胸をに手を当てながら独り呟く。
「イッティラタナ、日本風に女宝(にょほう)とでも言えば良いのか―なっ?!」
女宝(にょほう)と口にしたところで突然胸元が光り出した。当てていた手が押し返され、光の中から紫色の玉が出てきた。
「ふぁ、ファンタジー!?」
自分の中から出てきた玉に驚いて立ち上がる私を無視して紫色の玉は前方に浮き出し、強く輝いた。
少し暗い紫紺の光は瞬く間に消え去る。だが輝きが消えたそこには玉ではなく、1人の女が佇んでいた。
――美しい
瞑想するかのように両目を閉じた女性を見てそう感じる。
美人だとか可愛いだとか綺麗だとかじゃあない。美しい。ただそれだけだ。
まるで私が想像する理想の女性像を何処までも突き詰めたかの様な美しさ。
私はその究極の美に見惚れる。
絵本で出て来るカグヤ姫の様に長く艶やかな黒髪。
初雪の様に真っ白な肌には生命を思わせる赤味が所々に差している。
紫色の、日本とも中国とも言えないオリエンタルな着物。それに覆い隠された体は晒している部分が首から上と手先くらいしかないのに、肉感的な色気を強く感じさせる。
身長は日本人の平均よりも若干高めな私よりも頭半分ほど低い。丁度額に唇が当たるくらいだ。
それに…なんだろう? ものすごく良い匂いがする。花のように自然で尚且つ心に残るほどに強い香気だ。
言葉を失った私が茫然とする中、唐突に現れた女性の閉じられていた目が開いた。
透明な褐色の眼。琥珀色の瞳が私を捉える。
「初めまして、我が王。貴方様の妃に御座います」
「ほえっ?!」
あまりの驚きに媚びっ媚びのエロゲ―キャラのような声が出てしまった。
あ~でも見た目だけじゃなくて声も綺麗だな~。声優さんみたいに。
……ん? アナタ ノ キサキ? ワガ オウ?
「どうかなさいましたか、王」
「あ、いや、あの、王って、妃って……」
コテンと首を傾げた女性に私の胸の鼓動がマックスヒートする。あわわ、わけわからん。
現実の女がそんな態度取ったら普通に殴りたくなるものだが、この女性がすると何の嫌味も感じない。
「……ふむ。どうやら王は何もご存じない様子。一から説明した方がよろしいでしょうか?」
「は、はい。オネガイシマスゥ」
グググ。産まれてこの方24年。女性と手を繋いだ事もない私には、この美しい人の相手は荷が勝ちすぎる。緊張でカタコトになりつつも、全く理解できない現状を美しい人に教えて貰う。
「我が王は転輪童子様の眷属神となられ、その際に模造神器“小七宝(しょうしっぽう)”を下賜されました。それすなわち――」
輪宝(りんほう) 輪転する平定の力
象宝(ぞうほう) 空を飛ぶ象
馬宝(ばほう) 空を駆ける馬
珠宝(しゅほう) 強い光を放つ珠
女宝(にょほう) 香気なる貞節な妃
居士宝(こじほう) 国を支える民衆
将軍宝(しょうぐんほう) 賢明練達な将兵
「――この女宝にて産まれましたのが、わたくしでございます」
微妙に、違いなんてないほどの微妙さだが、私の知っている転輪聖王の七宝とは違う。
それが模造であるからか、それとも使っているのが私だからかは解らないが。
それにこの女性は女宝から産まれたと言うが、どこからどう見ても人間だ。完成されすぎた美しさや妃と言うに相応しい気品から“普通の”とはつかないが。
なにより命ある存在を無から創造したとか言わないよな? 理屈とかどうなってるんだ?
だ、だいたい妃ってなんだよ妃って。わ、わたしゃあど、独身でございますわよ?
「これを持って戦い、神としての力を蓄える事が王の最初の役割となります」
「戦い……でも私は戦う力なんてありませんよ。それに人と戦う事はもちろん、食べもしない動物を傷つけるなんて事もできません」
「……お優しい事。ですがご心配なく。王が戦われるのは世界の歪みから生ぜし命無き獣、外獣(がいじゅう)でございますれば」
ガイジュウ? 害獣じゃなくて外れた獣で外獣か?
それが何なのかは解らないが、戦う事には違い無いはずだ。
喧嘩なんてもう10年近くもしていない現代日本人には無茶ってものだろう。
しかし妃さん?の表情が一瞬嘲るようになったのが気になるな。それも当然の情けなさなのは理解しているけど、下剋上とか無いよね? 私的な知識の中では王とかは碌な目に合わないのが通説である。自分が王かどうかはおいといて。
「そのための小七宝でございます。直接的な力ならば珠宝と輪宝。間接的ならば馬宝と将軍宝をお使い下さい。……今の王では将軍宝はおすすめしませんが、他の3つならばわずかなりとも力を引き出せましょう」
なんか軽くディスられた? 女宝って従順なともついたはずだけど、そう言えばさっきの説明ではそこが抜けてたな。これはマジで下剋上が怖い。
ふう、それにしたってこんな林の中で何時までも話すもんじゃあないな。
気になる事は多々あれど、先ずは安全に過ごせる場所を確保しないと。
……全部夢だったってオチを期待したいところだけど、妃さんとやらが目の前にいる以上は望み薄なのだから。
「えっと、街がどっちにあるか解る。…えっと、妃…さん?」
「申し訳ございません。わたくしも初めて顕現いたしましたのでそこまでは。しかし馬宝を使用し、それに案内させれば人里に下りられるかと。……それと王。どうかわたくしにお名前を下さりませ。妃、だけでは味気のうございます」
「あ、はい」
妃さんが艶やかに、それでいて攻撃的にも見える笑みを浮かべた。
お、おおう。超がつく美人さんの笑みってなんか怖えな。
それにしたって名前か。……子供もいなければペットを飼った事もないからどうすれば良いか解んないんだけど?
私は目の前で微笑む妃を眺め思案する。
美人…は名前じゃあ無いな。
変な名前をつけると速攻で下剋上されそうなので足りてない頭をフル稼働する。
来ている服が紫。女宝も紫…ムラサキ。これ良いと思うんだけど、もう一捻りしたほうが良さそうだよなあ。まんまだと素の顔で怒りそうだもの。
「ユカリ、はどうかな? 安易だけど紫でユカリ」
紫色の事を昔々は縁と絡めてゆかりと言ったそうな。紫色の縁。自分で考えててサブイボ物だ。(ただしイケメンに限る)とか付きそうだし。
「ユカリ……小洒落た名前でございますね。わたくしに似合いますでしょうか?」
「似合うよ。ユカリさん。あと私のことは王ではなく三徳(みなり)と呼んで下さい」
「……フフ。ユカリ“さん”、ですか。ユカリと呼び捨てにされるよりも心地良い響きでござまいます。ミナリ様」
どうやら気に入ってくれたようだ。私にネーミングセンスなんてないからこれ以上の捻った名前は無理だ。何気にさん付けを強要された気もするけど、そもそも私は女性を呼び捨てにする気質でもないし丁度良い。
……女慣れしてないだけだが。
「それでユカリさん。馬宝ってどう使うの?」
「わたくしを顕現させた時と同じように。小七宝が埋め込まれた胸に手を当て、馬宝と念じて下さい。難しければ言葉に出して」
「――馬宝」
胸に手を当て念じ、確実にと言葉を口にした。すると私の胸が輝き、当てた手を押し返して青い玉が出て来た。女宝の時と同じように前方に浮き出すと青い光を放ち、馬となった。
と言うかデカい。ものすごく、大きい。まるで世紀末覇者が乗るような巨体だ。黒〇号である。
しかし毛色は鮮やかな青毛。いわゆる青みがある黒色だ。
「ブルルルル」
ブゥルゥルルルル!なんて具合に鼻息をした馬はすこぶるゴツイ。超マッチョな体格は完全にモンスターである。
良く考えたら乗馬なんてした事ないのに馬呼んでどうするよ。しかもこんなドデカい裸馬。
「どうかなさいまして?」
「いや、どうやって乗ったらいいか」
「ふむ……お座りなさい」
「ブルウ」
困った私を見てユカリさんが馬に向けて手を下にする。するとどうしたことか、見た目に怖い巨馬が丸太のような足を折って地面に伏せた。
それでも私の身長くらいの高さがあるが、これなら背中に飛び乗るくらいはできるだろう。それくらいできるていどには身軽なのだ。
私は恐る恐る巨馬の背中に手をかけ、ツルツルした体毛に苦労しながらも一気に飛び乗った。
慣れない動作から内腿が引きつり、オマケとばかりに股間を馬の背中に強打してしまったが、無表情をキープして男の尊厳を護り抜く。
ちょっと冷や汗をかきながらも次はユカリさんだなと手を伸ばそうとしたが、鞍も手綱も無くバランスがとりづらくてできなかった。
「ミナリ様。後ろ、失礼いたします」
「へっ?」
前へ横へと体を動かす私の後ろにユカリさんがストンと腰かけた。
え、見てなかったけど飛び上がったの? そんな器用に?
横座り。いわゆる女の子座りをしたユカリさんが私の腹に腕を回してくる。
おっふ。うんおっふ。あばばば。
未知の柔らかさが背中を襲い、ついぞ感じた事が無い人の温かさが伝わってくる。
女宝の力の一つなのか匂いもすこぶる良いし、ちょっと正気を失いそう。
だが私は男の子! 漢と書いて漢の子! そう自分に言い聞かせて平静を保つ。保ててないけど!
それにしても本当の女の子みたいだ! 触った事無いから想像だけど!
……本当にユカリさんは女宝から産まれてきたナニかなのだろうか? 今の私には解らない。
「ん、おっふ。で、では馬宝くん。一番近い人里に向かってくれるかな。あ、鞍も無いからゆっくりとね」
「ブルウッ!」
「おわぁっ!?」
任せとけ!なんて風に気合を入れて立ち上がった巨馬に背中の私はバランスを崩しそうになる。
内腿にぐっと力を入れて巨馬の背中にしがみ付くが、乗馬すら初めてな私に裸馬なんて難易度が高すぎる。
しかし馬宝が変化した巨馬は人語を解するほどに賢いのだろう。体の大きさに似合わず器用に歩き、背中の私たちを気遣う様にゆるゆると進んだ。
だが体の大きさもあって一歩一歩が大きく進みは早い。人が小走りするくらいの速度でまばらに生い茂る木々の間を抜け、何処とも知れない何処かへと向かう。
さて、これから一体どうなることやら。私は背中にユカリさんの温かみを感じながら、全く見通せない未来に思いをはせた。
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