このたび、就神しまして・・・ 『最下級神(平社員)から始まる目指せ最上級神(会長)!』

新道あゆむ

GodLv-000 無職になったと思ったら就神した

 朝一番、出勤すると。会社の入り口に見慣れないプリントが貼られていた。

 普段その不透明ガラスの扉には会社の宣伝広告が貼られているのだが、その上にセロハンテープでペタンとテキトーな貼り方をされている。

 私こと斎藤さいとう三徳みなりは人差し指で眼鏡の位置を直し、怪しげなプリントを覗き込んだ。


 ―我が社は倒産しました。社員の皆様。今までありがとう。今月分の給金は入金してあります。さようなら―


 ……オーゥ、ジーザス


 短い文章を何度も読み直すも書かれている内容が変化する訳も無い。

 私は無意味に眼鏡の位置を直したり、ネクタイの位置を直したりと、解りやすく混乱した。

 嫌な汗で背中も脇の下もグッショリと濡れるが、気にしていられない状況なので現状確認を始める。

 後からやってくる同僚たちと情報のやり取りをし、役員の中で唯一出社していた部長たちの話で、どうやら詐欺にあったのではないかとの事だ。


 私が就職していた会社は老若男女問わずの玩具専門輸入会社だ。

 社員は50人程度と小さな会社であるが、創業して10年、私が入社して5年ほどと若いが、これまで大過なく経営されていた。

 今回の件はその大過無く営業できていたことで更に上をと、必要であり必然であるが、下に相談もなくトップ連中だけで安易に手を出した結果のようだった。


 突然の事に不安がつのり興奮した社員たちが部長たちへと詰め寄るも、理性的に考えれば部長たちには詳しい情報が知らされていなかったのは明白だろう。

 どうやら倒産したのは本当らしいと理解した私は、喧々囂々の会社に背中を向け離れた。


 仕事に使っていたマイノートパソコンは鞄の中であるし、デスクに私物を置くほど物持ちでもない。

 私はきっと今も混乱しているのだろう。それとも絶望で心が死んでしまったのか。家路にはつかずフラフラと街を彷徨った。


 そして夜。幾分か現実を直視して平静を取り戻した私は、いきつけのスナックで“ぐでんぐでん”に酔っぱらっていた。

 ……あ、うん。やっぱりまだ動揺してるな。


「ど~すんべぇ~~」

「もう、飲み過ぎよ、みなりちゃん」


 そう言いながら水が入ったコップを出してくれるママ。もちろんママと言うのはスナックの店主と言う意味で、私の母親と言う訳では無い。

 性別的に言えばママじゃなくてマツコって言うかみつこって言うかパパだけど、そんな細かい事は一見さんくらいしかツッコまない。

 ツッコみ過ぎると突っ込まれるからね。……なにがだ?


 キンキンに冷えた水を一気飲みした私は、ややクリアになった頭をカウンターの上に乗せる。

 おーう、大理石のカウンターが火照った顔を冷やしてくれて気持ち良い~。


「あれ? どうしたの三徳くん」

「んあ? あ~四徳しとくさん~」


 カウンター奥のグラスや置き酒の瓶が光で反射する様を眺めていた私に、何時の間にか来店していた四徳さんが声をかけてきた。

 “お姉ちゃん”主体のキャバクラではまずありえないが、客主体のスナックではこうして顔を合わせた他人どうしが声をかけあうのも珍しくはない。

 特にこのイケメン&オカネモチ感丸出しの四徳さんとは名前も良く似ているので意気投合していた。


「何かあったの? 君がそんな風になるなんて初めてじゃない」

「ええまあ。何と言うか、会社が潰れちゃって」

「あらま」


 四徳さんがママから受け取ったブランデーを弄びながら驚いて見せる。すごく他人事な態度であるが、実際に他人事なのだ。

 しかし、続いた言葉は他人にするには親身な内容だった。


「だったらうちで働く? 丁度…失礼な言い方になるけど、使い勝手の良い小間使いを探してたんだ」

「ほえ?」


 渡りに船。あまりにも自分に都合が良すぎる提案に耳を疑う。

 小間使いとかブラックっぽい言葉が出てたけど、無職(ニート)になったばかりの私としては小さなことである。

 この世知辛い世の中、日雇いバイトや使い捨て大前提(今は法律ですらそうなっている)の派遣社員なら無数にあれど、まともな会社の社員雇用枠は極端に狭い。


「いや割とって言うか、守秘義務がキツイ仕事なんでね。誰でもって訳にはいかないんだ。その点、三徳くんの人柄は知ってるからね」

「それは…ありがたいですけど。良いんですか? 自分で言うのもなんですけど、私は馬鹿でも卒業できる高卒で資格も無い、平の営業社員ですよ? 高校時代と就活中にバイトは色々やってましたから世間知らずって事はないですし、多少の英語はできますけど」

「ははは! 良いさ良いさ。言った通り大事なのは信頼できるかできないかだからね。仕事内容はちょっときついけどサポートも万全だし、後はやる気しだいさ」


 私の心配を気軽に笑い飛ばす四徳さんの態度に希望を見出した。

 顔見知り、いや飲み友達の四徳さんの人となりは私も良く知っている。

 多分何処かの会社の社長かそれに類する立場の人間なのだろう。人を扱う事に慣れ、それでいて気風が良く人当たりが柔らかい。社会的強者の余裕を持っている。


 ただ何処か浮世離れした態度の影には暴力、いや力の気配を感じるのが若干の心配だ。

 輸入会社の営業職と言う色んな人に接する職種上、頭にヤのつく人やマのつく人、時にはギャのつく人なんかにも遭遇した事があるのだが、四徳さんの持つソレはより濃密な気配がする。そう言った人独特の嫌な気配はしないが。


 今日は僕の奢りだ。そう言って機嫌良く飲む四徳さんに仕事の内容を聞くも、帰ってくるのは来てからのお楽しみだよと言う言葉だけだった。

 ……非社会的団体じゃあないよね? 割と切実な状況なのでフラッと片足突っ込んじゃいそうだけど。


    ◆


 ――非社会的団体では無く、“非現実的団体”だった。


ああオーゥ神よジーザス


 目に優しい金色に輝く空。排気ガスやアスファルトの臭気なんて微塵も無い澄んだ空気。

 和洋折衷どころか亜細亜西欧米北その他がごちゃ混ぜになった建築物の上を、人間っぽい人影や動物っぽいナニかが飛び回っている。


 な・ん・じゃ・こりゃあー!!


 昨夜、スナックの別れ際に四徳さんから教えられた場所。私が暮らす街の海側に在る埋め立て地、その工業地帯の小さな会社へと訪れた私は、わざわざ案内してくれた受付嬢に何故か地下へと連れていかれ、奥のホールの中に在った大きな扉を潜ったのだが……。


 気づけばこの有り様だった。


 ものすごく荘厳な大門だったので。あ、これマジでアカンやつや。と尻込みした私だったのだが、案内役の受付嬢に背中を押されては行かないわけにもいかなかった。

 しかもその受付嬢は忽然と姿を消していた。


「え? え? ええ~?」


 意・味・が・解・らん!


 え、なんで羽生えてるの? 頭に輪っかとか有るし天使なの? ここ神仏の国、日本よ!

 車輪が付いた靴で空飛ぶとかハイテクなの? 雲に乗って空飛ぶとか筋斗雲なの?

 オコジョさんって空飛べたっけ? つーかピンク色のカバ。お前が飛ぶのは許さん。


 あまりに不可思議すぎて、三つ揃えのスーツにコートと、ノートパソコン入りのビジネスバッグを持ったサラリーマン丸だしな格好の私が無茶苦茶浮いている。

 視界の端にはスーツ姿の人もチラホラと居はするが、極少数派な事には変わりがない。

 そうして混乱の極みにあった私の前に、四徳さんが突然“降って”来た。


「や、お待たせ。良く来てくれたね。ハハッ、驚いてくれているようで何より」

「し、四徳さん。こ、これは一体」


 文字通り空の上から下りてきた四徳さんに驚きつつも、この異様な状況ならそれも有りかと達観し始めている私の脳は大分やられていると思います。


「ここは神界。いわゆる神やその眷属たちが住まう、地球の在る宇宙とは違う世界さ」

「……それって、四徳さんが神様だったってオチですか?」

「オチと言われるとアレだけど、わしゃあ神様じゃよ?」


 お茶目に肯定した四徳さんからグワッと言葉に表せないナニかが押し寄せてくる。


 プレッシャーだと!? わ、私にも感じられる! これがプレッシャーか!


 なんてトミノ風にトチ狂っているけど、実際は満足に息もできないほどに気圧されていた。

 頭や背中から滂沱と冷たい汗が流れ落ち、視界が白く染まっていく。そのまま気を失いそうになったところでフッ…と威圧感が消え去った。


「う、あぁ」


 大の大人が情けなくも尻もちをつく。足がガクガクと震えて立ち上がる事もできない。

 そんな私に、四徳さんが人の悪そうな笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。


「威圧してごめんね。これが一番解りやすいんだ。今の地球人に神様がどうとか言ったって信じないからね」

「は、はあ……」


 四徳さんの手に掴まって立ち上がると、不思議なことに先ほどまで苦しく震えていた体が正常に戻っていた。

 四徳さんの手から熱が伝わって来たような気がしたけど、神様的な力で何かしてくれたのだろうか?


 しかしプレッシャーか。漫画やアニメでしか見ない現象だけど、実際に体感してみると生きた心地がしないな。あれが神威(しんい)と言うものなのだろうか。

 私は不思議な世界と四徳さんの力の一部に触れ、ここが異世界…神界?で、目の前にいる人が神様もしくは超越的な存在であると実感した。

 殴られて初めてわかるなんて馬鹿丸出しであるが、それこそ神だなんて口だけで言われても相手の正気を疑う結果にしかならないのが人間だ。

 あのプレッシャーの心を押し潰すかのような苦しさは、決して幻覚や幻などでは無かった。


「こんな所で立ち話もなんだから僕の屋敷に行こう。三徳くんはそのままじっとしてて」

「え、ええっ!?」


 そう言うが早いか四徳さんの体が宙に浮く。“私も一緒”に。

 前触れも無くフンワリと浮く体。物理法則? ああそんな子も居たっけ? なんて感覚で四徳さんと私は不可思議な世界の空に舞い上がった。


「うわっうわっ?!」

「あはは、大丈夫だよ落ちないから。それじゃ行くよ~」

「うわああああ!?」


 太陽も無く明るい金色の空を四徳さんの意のままに飛翔する。

 空を生身で飛んだことなんてないから解らないが、きっと高速道路の車ほどには速度が出ていただろう。

 不思議なことに風圧を感じないので実感は薄いが、流れる風景の速さから判断できる。

 金色の空に突き刺さっているかのようにそびえ立った白い巨塔の方へと飛び続け、数分と経たずに大きな屋敷の庭に下り立った。


「はい、いらっしゃい。ここが僕の家ね。さ、中にどうぞ」

「う、お、おお? は…はい」


 ほんの少し浮かんでいただけで平衡感覚を忘れてしまった私はフラフラとした足取りで四徳さんを追う。

 言われるがままであるが、常識人からすれば気が触れたような世界で放置される方が怖い。それなら元凶と言えど顔見知りのそばの方が安心できる。

 迷子が心細くなって近場の大人にすがりつくような心境だ。


「それじゃあ早速仕事内容を説明するね。あ、言っとくけど、ここに来て帰りますは通じないから。神界に来た以上は神かその眷属しか世渡よわたりできないよ。帰れないし、“帰さない”ってことね」


 逃げ場、無し! 言外に断ったら“コレ”だから“コレ”。なんて風なニュアンスで四徳さんが笑う。

 私たちが向き合うのは落ち着いた西洋風の大部屋だ。生活感があるからリビングだろう。何処となくオリエンタル臭漂うインテリアがマッチしたオシャレな部屋である。

 仕事の面接と言うよりも、幾つか上の上司と昇進の面談をしているような状況だ。

 ソファーの間にあるテーブルでは何時の間にか出されていたお茶が香気高い湯気を上げている。


「昼間は僕も忙しいから手短に行くね。不足した説明は後でちゃんと教えられるから心配しないで」

「は、はあ」


 四徳さんの人当たりの良さから一見私に主導権があるようにも感じるが、主導権は一度たりとも私の元には来ていない。

 今の私の心境を言葉にすると、地獄の裁判で閻魔様に裁かれている感じだろうか。

 イエス・オア・ノウ。しかしノウと言ったら地獄行きになりそうなところが同じだ。


「昨晩も言ったけど小間使いになるような部下を探していたんだ。上にゴリ押しされてちょっと手に余る数の世界を調整中でね、ほんとに一杯一杯なんだよ。こう見えて僕もまだまだ中級神、地球風に言うと中間管理職みたいなものだから上の言葉に逆らえなくて……」


 苦笑した四徳さんはその時だけ人間臭い様子を見せた。

 は~神様にも中間管理職とかあるんだな。その言葉がタイムリーなせいか、倒産した会社で社員たちに押し寄られる部長たちの事を思いだした。

 うん、大変だ。流石に神様がどうとかはまだ飲み込み切れてないけど、凄そうな存在になっても人…神?と神の軋轢はなくならないようだ。


「とは言え流石に素人にすぐさま戦力になれなんて無体は言わないから安心して。まずは研修。調整も仕上げ段階の世界で神としての力を蓄えつつ勉強をしてもらうね。――と言うわけで、はい」

「んがっ?!」


 はい、の部分で四徳さんが私に向け指を突き出し、その先から飛び出して来た白い光が私の胸へと飛び込んできた。

 ――バチン。と視界が暗転する。全ての感覚を失った私はソファーの背もたれに力無く体を預け……直ぐに回復した。


「な、なんなんですか!」

「ん、上手く行ったね。見込んだ通りだ。まあ落ち着いて。今、三徳くんに僕の力を模造した神器、小七宝しょうしっぽうを埋め込んだんだ。これで君も晴れて神様の仲間入りだね」

「は、はあっ!?」


 か、神様の仲間入りぃぃ!? ど、どど言うこっちゃねん! それに、もぞうしっぽう? なんやねんそれ?! つーか“儂(わし)”が神て寒いわ!

 あまりに驚きすぎて言葉にできない思いが溢れだし、水面に顔を出した鯉のように口をパクパクと閉じ開きする。


「これからの三徳くんの立場はこの転輪童子(てんりんどうじ)四徳(しとく)の眷属神となる。正式な役目は新神研修を終えてからになるけど、君はもう最下級とは言え神だ。引き返しはできないよ」


 名乗りを上げた四徳さんの体が一瞬だけ光に包まれ、小学生高学年くらいの少年となった。顔立ちから四徳さん本人だと解るが、ただでさえイケメンだった顔が幼くなった事で中性的な美貌になっている。

 どこぞの大罪司教が如く脳が震えてきた私は、小さくなった四徳さんのことは口にせず、泣きそうな顔で尋ねた。


「あの、家に帰れないんでしょうか?」

「今はね。研修をこなして神になったと自覚したら帰っても良いよ。そのくらいまでくればして良いことと悪いことが解るから。帰ったら飲みに行こうね」

「け、研修内容は?」

「実地訓練。主に世界の歪みが生み出した外獣との戦いが主体だよ」

「た、戦い!? 無理無理無理! 無理ですよそんなの! 喧嘩なんて中学生の頃に卒業しましたし、外獣が何かは知りませんけど今さらそんな!」

「大丈夫。さっき小七宝をあげたろ? 君自身はまだ普通の人間だけど、それを上手く使えばどうとでもなるから」


 そんな無茶な! なおも言い募ろうとした私に四徳さんが再び指を向けてくる。


「ここであーだこーだ言ってても始まらないから、早速行ってらっしゃい。詳しい事はイッティラタナが教えてくれるから。はいドーン!」

「うわあああっ?!」


 四徳さんの指先から先ほどよりも大きな光が飛び出し、私の体を屋外へと押し出した。

 そのまま猛烈な勢いで空を飛び、天を突く巨塔の窓へと飛び込むと、廊下を歩く不可思議な人々の上を通り越して大きな広間へと入る。

 その中心では歪んだ大きな光が漂っており、その前では人々だか神々だかが消えたり出てきたりしていた。

 体の自由が効かない私はその光の中へと問答無用で飛び込んだ。


 ちょっ?! ほんまふざけんなや! そも紹介されただけでまだ仕事するなんて一言も言ってねぇやんけ!

 なのに断るのも無しで家にも帰して貰えずいきなり実地訓練って、何処のブートキャンプやねんな!

 それに光に攫われる“儂”を見ても知らん顔しやがったこの世界の面々! オマエらほんと覚えとけよ! 後で絶対ヒーヒー言わしたるからな!


「ぬわーーっっ!!」


 どこぞのパパッスのような断末魔を上げた私の意識が白く塗りつぶされ、プツンとシャットダウンしたように意識が途絶えた。

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