GodLv-002 こんにちは異世界

 ドン、バカラッ、バカラッと、黒青こくせい号と命名した巨馬に乗って進む事少々。他の獣に遭遇することもなく林の中を出た。

 遠くからは鳥や虫の鳴き声は聞こえていたので、ひょっとしたら黒青号の厳つさに姿を隠していたのかもしれない。

 少なくとも私だったら、林の中で世紀末覇者が乗るような厳つい馬に遭遇したら蝉の真似でもしてその場をやり過ごすだろう。


「これはもう信じるしかないな」

「なにをですか、ミナリ様」

「いや、地球じゃない場所だってね」


 そう言った私の前には果ての無い草原が広がっていた。

 草の背の高さはまちまちであるが、成人の膝上くらいの雑草が群生した草原だ。

 果て無きと言うのも誇張ではない。この場からだと地平線の彼方までずっと続いている。

 後ろを振り向けば林があるが、前方には本当に草以外の何もない。山や丘陵すらない、見た目では平坦な草原だ。

 こんな場所、現代日本でいえば北海道にすらないだろう。モンゴルになら有りそうな気もするが……。

 その中を黒青号がバカラッバカラッと重い音を立ててすむむ。丸太のような脚に踏まれた場所が判子を押したように潰れて行くのが小気味良い。


 それにしても、馬上でユカリさんに密着されてからそこそこ経つのだが、一向に慣れる気配がしない。

 女の人ってなんでこんなに柔らかいのだろうか? そこそこに分厚そうな着物越しだと言うのに、男では再現しようにないほどの柔らかさだ。花のような匂いも凄く快感で、ずっと嗅いでいたいと思わせる香気である。

 心臓の鼓動はずっとドックンドックンと強く弾んでいて、背中に抱きついているユカリさんには私の心臓の鼓動は丸聞こえになっているだろう。

 この状況、女性慣れしていない私にはご褒美感より罰ゲーム感の方が強い。だからと言ってこの柔らかさを手放すつもりもないが。


「ん、何か見えてきた」

「砦…いえ、村のようですね。木柵で出来た大きな壁が見えます」

「え、見えるんですか? ここから」


 眼鏡をかけるくらいに視力が弱い私には遠くを見通せない。見えるのは周囲に広がる草の緑色だけだ。


「はい、わたくし自身には戦う力はございませんが、それでも模造とは言え神器から産まれた存在。常人よりは多少身体能力は高いですので」


 ははあ……そう言えば黒青号の背中に簡単に飛び乗ってたものな。視力が2.0くらいあったって不思議では無いか。

 そのまま黒青号の背中に揺られること十数分ほど。私の目にも微かにではあるが建築物らしい影が見えてきた。確かに何か大きな物が先にあるらしい。

 そこからさらに数十分ほど。林を出てからだと1時間ほどの距離を進んだ所で、ついに村の姿を発見した。

 因みにその間、ユカリさんとは一言もしゃべっていない。私には初対面の女性との会話は難易度が高すぎるからだ。仕事中ならまた別なんだが、この異常で不可思議な状況を仕事だとは思えていない。


「こんな草原のど真ん中に村ですか。流通とかどうしてるんでしょうね。こっち側には畑も無いようですし」

「どうでしょう? 申しわけございません、わたくしの知識は神界とミナリ様の知識しかございませんので、なんとも申せません」


 ん? 私の知識? なんとなく嫌な予感がするが、今は目の前の村に集中しよう。初めての異世界?の村だ、何があるか解らないのだから。

 どんどんと村に近づいて行くと草原が途切れ、焦げ茶色の地面が顔を覗かせた。

 かなり黒ずんでいる地面だが、これは草を焼き払った土壌なのだろうか。こんな一面の草原なんて一々草刈してられないものな。

 そうして草が無くなった事で、視力が低い私にも村の外観が確認できた。


「物々しいな。全部木の柵で覆っているのか」

「そのようですね。……門は見えませんね。ミナリ様、裏に回ってみましょう」

「ええ、黒青号」

「ブルウ」


 人語を解する黒青号は私たちの会話を聞いているので一言ですむ。名前を呼んだだけで進行方向を変え、巨馬の上に乗っている事から目の高さが4mはある私よりも高い柵壁を迂回した。

 木の柵壁で5mくらいもあるってすごいな。……けど、こんな壁が必要な理由があるんだろうなあ。嫌だなあ。

 そうして村を迂回してみて規模の大きさが解った。広さだけで言うなら村は村でも、地球の地図で言えば一つの町くらいの大きさだろう。造りが木柵なせいで貧相に見えるので、村のイメージからは抜け出さないが。

 私たちから見て正面から側面に回り、裏面に出た所で2度目の風景の変化があった。

 何処までも続く草原を一直線に貫く道と、それの境界線となっている簡易な木柵。そして村の入り口門だ。

 こうしてみても畑の類が見えないと言う事は、柵壁の中に畑があるのだろうか。まさかこんな流通のりゅの字も無いような場所で自給も無しにやっていないだろう。


「お、おおいっ。と、とととまれっ!」

「ひぇっ。な、なんだあの化け物馬!?」


 あ、第一村人発見。でも無茶苦茶警戒しています。

 うん、当然ですよね。世紀末風にドデカいお馬さんとか怖いですものね。

 警備だか歩哨だか知れないが、門番をしている男二人が槍の穂先を私たちに向けている。

 ……え、槍? 今時槍って、超異世界風ですね。これだけで異世界認定は厳しいだろうけど、二人の男の片方を見てそれが現実味を帯びた。

 ――だって獣耳尻尾なんだもの。

 異世界の男たちが普通に日本語を使っている事は気になるが、それをここで聞くのは場違いだろう。平たい顔の西洋人みたいな、強いて言えばハーフっぽい顔だから日本語が堪能なのだろうか?とか馬鹿な事は考えているが。


「オーゥ、ファンタジー」

「と、止まれって言ってるだろー!」

「うわわ。た、助け……」


 おっといかんいかん。誰得なケモミミオッサンのインパクトに思考が小宇宙を感じてしまった。

 だって黒青号にビビッて耳がペタンと垂れて、尻尾もクルンと股の間に挟まってるんだもの。可愛く無いわ~。


「黒青号」

「ブルゥ」

「ユカリさん下りれる?」

「はい、ミナリ様」


 黒青号を止めてユカリさんを見るとヒラリと飛び降りた。どうなっているのか解らないけど、結構な高さがあるのに音も無く着地し、足首まである着物の裾はほとんどめくれなかった。下り姿も貞淑なのですな。

 しかし情けない事にそこまで勇気を捻り出せない私は、黒青号に膝を折ってもらい背を低くしてから飛び降りた。ドスンとみっともなく。


「驚かせてすみませんでした。旅の者なのですが中に入れて貰えますでしょうか」


 私は遠くからへっぴり腰で槍をツンツク突き出してくる男たちに頭を下げてお願いする。

 私、日本人。礼節の国のサムラーイ。初対面の人間にだって普通に頭を下げれるのですよ。

 そして相手が成人男性なら営業職にあった私の十八番。スラスラと言葉がでてくる。

 ……なんか横でユカリさんが不機嫌な気配を放っているが、気にしない気にしない。


「お、おう。なんだ旅人か。そんな馬…?に乗ってるから解らなかったぜ。見た感じ賊の仲間って事も無さそうだし、良いぜ、入んな。……一応聞いとくけど、その馬? 外獣じゃあねえよなぁ?」

「ありがとうございます。この子はちょっと見た目は厳ついですけど、頭の良い馬ですよ」

「おおそうか。良く見りゃあ賢そうな目ぇしてんな。宿はすぐそこに在る一軒だけだが厩(うまや)もあるぞ。そいつは流石に入らねえだろうけど」

「了解しました」


 私はにこやかな顔は崩さずに再度頭を下げ、ユカリさんと黒青号を連れて村の中へと入る。

 入村に条件でもあるのかと思ったら意外と簡単には入れたな。いきなり槍を向けられた時はどうしようと思ったけど、すぐに黒青号を認めて貰えて良かった。

 しかしケモミミオッサンかー。完全にファンタジーだよなあ。黒青号が安全だと解ったら耳も尻尾も復活してたし、コスプレって事はなさそうだ。

 それに外獣ね。それが何なのかまだ名前以外解らないけど、相当危険な生物っぽいな。この村の厳重な備えはそれの対策なのだろうか?


「お、やっぱり中に畑があるのか。広さの原因はこれなんだな」

「麦に野菜。それに畜産。広さの割に家屋の数は少ないようですが、これならば十分な生産量ですね」


 柵壁の中は日本で言う所の田舎町が広がっていた。広い畑と畑の間ごとに一軒の平屋。水道、川の類は見えないが、その家ごとに大きな井戸があるようで、そこから畑の水を都合しているのだと解る。

 家の庭には畜産らしき鳥や獣が繋がれていたりもして、見る限りでは辺境の村と言う割には豊かそうだ。

 日本の都会に住んでいる私が言うと傲慢にしかならないが、潰れた会社で海外に買い付けに行く事もあった身としては、時に目を覆いたくなるような貧困層を見る事もあったのでちょっと安心した。


「しかし宿って言われてもな。泊まらない訳にもいかないだろうけど、肝心の先立つ物がな」

「それならこれをお使い下さい。この世界の通貨がどうなっているのかは解りませんが、金なら大抵の世界で使えるはずです」


 宿らしき建物を見つけた私が困っていると、ユカリさんが懐から小さな巾着を取り出して私の手に乗せた。

 おっふ、あったかいんだから~♪ と、人肌に温められた巾着にドギマギしながら中身を確かめる。


「これは……金? 小石みたいな大きさだから粒金ってやつかな。いやいや、こんな高価な物を貰う訳にはいきませんよ」

「なにをおっしゃいます。それはミナリ様の物でございます。小七宝がわたくしと共に産みだした物なのですから」

「いやしかし……」


 なおも引き下がろうとした私にユカリさんが穏やかな笑みを浮かべる。何故か攻撃的に感じる笑みを。


「ミナリ様? 先ほどの村人とのやり取りもそうでしたが、もう少し王らしい振る舞いを心がけて下さいまし。貴方様はわたくしの王、強いては成りたての最下級とは言え神でございます。まだ御自覚いただけないのは仕方ない事でございますが、謙虚(けんきょ)と謙遜(けんそん)には大きな違いがございますよ」

「は、はい」


 なんだろう。嫋(たお)やかに微笑んでいるだけなのにもの凄い威圧感がある。

 こ、これが格の違いと言うものか!

 ユカリさんの方が王らしい気風だ。女宝とは王妃の事なのでなんちゃってな王だか神だかの私よりかはずっとそれらしいのも当然か。

 いやいや、ユカリさんが私の妃と言うか嫁だなんて思ってないよ。そんな軽く考えれるくらいなら恋人の一人や二人くらいいるっつーねん。いないけどな!


 金に関しては社会人として出会ったばかりの女性から謂れのない金を受け取るなどあってはならない事だが、見知らぬ土地で手元不如意ではどうしようもないので、後で必ず返せばいいと心に折り合いをつけた。

 そうやってグダグダとやっている内に宿に到着する。


「こんなものなのかな?」


 “宿”とだけ書かれた看板が掛けられていたのは他の家とそう変わらない平屋だった。一回りほど大きいだけと酷く解り難いが、横手に広めに取られた空き地には厩らしき小屋もあるので間違いではないだろう。

 まさか宿さんの家ってオチはあるまい。

 取りあえず黒青号にはその場で待機してもらい、ユカリさんを連れて宿の中へと入る。

 空きっぱなしの入り口を越えるとそこは広めの土間だ。土間とだけ言うと都会育ちの人間には解らない者もいるだろうが、簡単に言うと地面を整地しただけの広い玄関である。そこから低い階段みたいな高い敷居を上がってからが本当の玄関だ。

 現代では田舎の古い家や農家くらいにしか無いだろう。金持ちの家にある広い玄関を指して土間だとも言うが、産まれも育ちも貧乏な私は認めないったら認めない。大抵高級石材を敷き詰めた石床だとかで全然“土”間じゃないしね。


「ごめんください」


 土間にも玄関にも人が居なかったので奥に向かって声を上げる。

 見たところ玄関には靴の一つも置かれていないので接客が常時必要なほど利用されていなのだろう。


「――はい、はい、お客さんかね?」

「はい、一人部屋を二部屋と馬を一頭、一泊でおねがいします。これで足りるでしょうか?」


 奥からよろよろと出てきたお婆さんにそう告げ、ユカリさんから預かった巾着から小指の爪ほどの粒金を取り出して渡す。

 かな~り怪訝な顔をしていたが、これはスーツにコートと言うサラリーマンな恰好の私を訝しんだのだろう。

 この村の人は解りやすい西洋ファンタジー風の服なので、現代風な私の違和感が凄い。ユカリさんは着物なのでギリギリOKか? 超カネモチっぽいけど。


「おんやまあ、こんな安宿で小粒金だなんて一泊どころか飯付きで三泊はできるよ。……ん、混じりもんも無いようだしね」


 私が渡した金をお婆さんが噛んで真贋を確かめて言う。

 それはまた随分な価値だ。同じサイズの粒金はまだ20個くらいあるのに。

 日本や地球とは物価が違うだろうからこの宿の飯付き三泊二人分の価値がどれ程かは解らないが。


「ならば上質な二人部屋一つだと何泊になりますか?」

「うわっ、こりゃまた別嬪なお客さんで! へ、へえ、生憎と部屋の質は皆同じなんで、二人部屋だと飯付きで5泊くらいになります」

「ちょっ、ユカリさん!」


 唐突に無体な事を言い始めたユカリさんに慌てる。ユカリさんを相手にした時のお婆さんが私の時とは違って畏まっていたのは気にするまい。威厳の差はもうヒシヒシと感じているので。


「同じ部屋だなんて困りますよ」

「わたくしは困りません。貴方様の妃ですので。ではお婆さん、案内をお願いします」

「へ、へへえ!」


 グワッと問答無用の気配を放ったユカリさんが気圧されたお婆さんをせっついて先を促した。

 さあ、先へどうぞ。と私の背中に手を添えるユカリさんは貞淑なのか強引なのかまるで解らない。

 元々粒金の事もあって後ろめたい気持ちだった私は、なし崩しに状況を受け入れる事になり、促されるがままに部屋へと案内された。

 どうやら部屋はいくらでも空いているようだし、後で部屋を分ける事も可能だろうという思いもあってだが。

 なおその後に宿の外からお婆さんの悲鳴が響いたのだが、それは私が預けた馬を厩に連れて行こうと表に出たお婆さんが黒青号を見たせいだった。

 頭良いし気も使えるけど、どう見てもハイレベルモンスターな見た目だものなあ……。

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