GodLv-003 輪宝は輪り、珠宝は強光を放つ…って、ひぇっ?!

「ふう、王が滞在するには貧相に過ぎますが、致し方ありませんね」


 平屋の宿と言えば旅館を連想するが、私たちが案内された部屋は布団も無い木のベットが二つと、二人掛けの丸テーブルが一つだけという本当に寝るだけの場所だった。

 まあビジネスホテルよりかは広いし、本当の意味で寝る場所だけなカプセルホテルに比べればマシであるが、ユカリさんがため息を吐く気持ちは十分に解る。

 布団はお婆さんが黒青号の世話をしてから持ってくると言っていたので眠る分には問題無いが。


「王がどうとかはともかくとして、取りあえずは息が吐ける場所を確保できただけで十分ですよ」

「……ふう。ミナリ様が御自分の立場を自覚なされるのは時間がかかりそうですね」


 あれ? またため息付いちゃったよユカリさん。それも私の台詞で。心にグッサリとくるなあ。

 さて、体感時間ではそろそろ昼時と小腹が空いた頃合いだ。携帯の時刻を見てみれば丁度12時前。昼御飯は宿でとれるか聞いてなかったが、お婆さんが布団を持ってきた時にでも聞いてみよう。

 それまでに……


「ユカリさん。お話をさせて貰っても良いですか」

「はい、御随意に」


 私とユカリさんは2台のベットに向かい合う形で座った。

 おや? 座ると何故かユカリさんとの身長差が広がった気がするぞ。

 ……き、気にしてはいけないんだな。こ、これは私が胴長短足なんじゃなくて、ユカリさんの脚が長すぎるんだなきっと。うん。

 しっかり向き合ってみると座高差だけではなく、同じ歳くらいに思っていたユカリさんが意外と若い事に気づいた。顔立ちが綺麗なので大人びて見えるが、まだ幼さが残っている感じから十代後半くらいに思える。

 気品と言うか威厳があるので、それでも年上に感じるが。


 さて何から話そうか……そう考えてみるも、現状を何も知らない私はそもそも何を話していいのかも解らない事に気づいた。

 こういった場合は現状確認からなのだろうが、その現状自体が異常で不可思議なので今の私では説明されても納得できないだろう。

 となれば、次に何をするかだ。その中で自然と私が知るべきこと、やるべきことが判明し、実感するだろう。


「この後の予定はどうすれば良いのでしょうかね。確か外獣がいじゅうと戦うと聞きましたが、この近辺にそれはいるのでしょうか?」

「居りますよ。先ほど私どもが居りました林の中に、小さな歪みの気配をいくつか感じました」


 へえ、それで最初に林の中に出たのかな。

 なら一戦してから村に来るのが正解だったのかもしれないな。

 まあ心構えも出来ていない私からすれば今の行動の方が最上であるが。


「戦う、か。自分で言ってて実感無いなあ。確か輪宝と珠宝が武器になるんでしたっけ? 後、黒青号もそうか」


 うん。黒青号なら熊どころかライオンや虎だって蹴散らしそうだね。

 馬蹄で“ぼくしゃあ”とか“あべしぃ”とかしそうだし。


「はい。ですが黒青号に任せっきりではミナリ様の成長に差し障りがございます。先ずは安全に輪宝を、次に珠宝をお使いになればよろしいかと」

「ふうん……ここで輪宝とか出しても大丈夫ですかね? 確かめてからじゃないと怖いですし」

「それは止した方がようございます。十全に扱える状況なら良いのですが、初めて使われる場合は力加減を間違えやすいですので」

「それもそうですね」


 まだ私には輪宝と珠宝が何か解らないけど、女宝から美し過ぎるユカリさんや、馬宝からあの世紀末覇者馬な黒青号が出て来たんだ。きっとその二つも私の常識が通用しないのだろう。

 それからユカリさんと次の行動に関して話を進め、お婆さんから布団を受け取ってからもう一度林に行く事に決まった。

 鞍の無い黒青号の歩きで片道1時間ほどの距離だ。外獣との戦いがどれほど時間がかかるかは解らないが、夜までには戻ってこれるだろう。

 もちろん十二分に余裕があるのに夜までとしているのは、戦いと言う言葉だけでビビっている私がちゃんと戦えない事を踏まえての事だ。

 そうして私とユカリさんは布団を持ってきたお婆さんに昼食を用意してもらい、厩の外でのんびりしていた黒青号の背に乗って林へと向かった。


 なお昼食は突然の事で大した物が用意できないと侘しい内容だった。

 固いは固いが普通に噛み千切れる黒パンに少々の干し肉入り豆スープと、実に西洋ファンタジーぽかった。

 正直言って味は現代日本ならこれが宿の料理かとちゃぶ台をひっくり返すレベルの味だったが、異世界補正でも入っているのか全く不満を感じなかった。毎日これだったらノイローゼになりそうだけど。

 最近の異世界ファンタジーを舞台にした小説って現代人が中世風西洋ファンタジー世界に行く事がほとんどだけど、あれってかなぁり無理があるよなあと実感した。


 自分で言うのもなんだが、現代地球の日本人の貧弱さは世界でも折り紙つきだ。ちょっと外国に行っただけでも不平不満が出るのに、科学の科の字も無い世界で暮らすなんて無理だろう。

 最近は見かけないが、昔のテレビで一般家庭の家族がアフリカの集落に泊まり込むと言う番組を見た事がある。

 それで親も子供も今すぐに日本に帰りたいと泣いていたのは未だに脳裏にこびりついていた。まあアレは本当に奥地の集落だったので極端な例であるし、ひょっとしたら役者を使ったヤラセの可能性もあるが。

 ……うん。私はユカリさんと言う理解者が傍に居るし、研修が終われば帰れるだろうから精神的にはまだ楽な方だ。

 私は絶対に転生とか転移とかしたくないなあ。……ある意味ではもうしてるけど。


    ◆


「ミナリ様、お止まりいただけますか」


 村を出、草原を越えて林の中へと入ってしばらく。裸馬の状態である黒青号の背中に手を当て乗っかっていた私の手に、ユカリさんがそっと手を合わせて言った。


「っ?! ど、どどしました?」


 どもっているのは言うまでもなく激しく動揺しての事だ。もちろん突然声をかけられたせいではなく、手を女性に触れられると言う初めての経験に対してである。

 うおおっ! 情けない! でもしっとりもちふわで匂いも良いしおぎゃあおぎゃあ!?


「外獣の気配がします。歪みが近いようですね」


 いかん。錯乱してばぶみを感じている場合ではなかったようだ。

 警告を発するユカリさんに応じて黒青号に歩みを止めてもらう。

 私も外獣とやらの気配を探ろうと耳をすませるが、聞こえて来るのは林を形成する常緑樹の枝葉が風でサワザワと擦れる音と、遠くから響いてくる鳥や虫の囀りだけだ。


「来ます。ミナリ様、御心構えを」

「は、はい」


 私には何も感じられないが、ユカリさんの警告通り胸に手を当て何時でも輪宝と珠宝を出せるように構える。黒青号に乗ったままなのでもしもの時は黒青号が護ってくれるのだろうが。

 ――そしてソレは姿を現した。黒い黒い獣が。

 なんだ、アレは。あんなの、動物、いや生物じゃないだろう。

 まばらに生えている事から見通しの良い林の中。黒い獣が柔らかに降り積もった落ち葉を踏みしめながらゆっくりと歩いて来る。


 ソレは一言で例えるなら犬、もしくは狼の形をしたナニかだ。まだ距離があるのでハッキリとは見えないが、ノッペリトした大型犬ほどの体には体毛が無く、ただただ赤いだけの両目は歪なまでに大きい。

 そしてそのナニかが私たちに気づいた。ふと顔を上げると頬どころか喉まで裂けた大口を開き、声にもならないただの音を叫んで猛烈な勢いで向かってきた。


「う、うわああっ!? り、輪宝ー!!」


 あまりの恐怖に叫びながら反射的に輪宝の現出を意識する。

 その瞬間、私の胸から強烈な橙色だいだいいろの光が漏れ出し、押さえていた私の手をバチンと弾いて何かが飛び出した。

  ――そして、ドバンッと水風船が破裂するような重い音を立てて黒い獣が弾け飛んだ。


「……っえ?」

「御見事でございます」


 えっ? なにいまの? パチュンと言うかピチュンと言うか、実際にはバジュンって感じで黒い獣が“四散”したぞ。

 うっわ、うっわあ……グロいよユカリさぁん……ばぶぅ。


「黒青号。外獣が居た場所に向かいなさい」

「ブルゥ」


 ユカリさんが呆然とする私の代わりに黒青号に指示を出し、先ほどまで黒い獣が居た場所へと近づく。

 ……あれっ? 弾け飛んだ黒い獣の死体が何処にも無いぞ?? 血痕も無い。

 気のせいだったって事は……ないよな。まだ早鐘を打っている心臓が違うと訴えている。

 しかし肝心の死体が無いせいか、外獣を殺したと言う罪悪感も無い。


「ふむ。残滓はございませんね。ミナリ様、輪宝を回収なさいませ」

「え、え? ど、どどうやって?」

「……ふう、落ち着きください。戻れ。そう念じればようございます」


 おっふ。またユカリさんの溜め息もらいましたぁ。心に来るから止めてぇ。自分が情けないのは解ってるからぁ。

 ハートブレイクな私は四散したはずの外獣の死体が見えない事で幾分か落ち着きを取り戻し、何処にあるのか解らない輪宝に“戻れ”と念じた。

 するとキュインと奇妙な音と共に橙色、深いオレンジ色の玉が目の前に現れた。


 これが輪宝…なのか? 大きさは小ぶりな水晶玉くらいの女宝や馬宝よりもずっと小さく、野球の硬球…いや軟球くらいの大きさだ。

 それが中空でクルクルと輪り、時折キュインと素早く回転しながら浮かんでいる。

 しかし戻って来たのは良いが、さっきの外獣らしき黒い獣を四散させた物と思うと中々手が出ない。


「ミナリ様、次が来ます。今度は二匹のようですね」

「えっ、どこですか!」

「あちらです」


 ユカリさんが嫋やかな手で先ほど黒い獣がやって来た方角を示す。その先からは確かに黒い獣が2匹こちらへと向かって走っていた。

 ちょっ、一匹じゃないのかよ! 黒い獣の走る速度は見た目通り犬のそれだ。かなり遠くにいた筈の二匹はみる間に距離を詰めてくる。

 私は慌てて目の前に浮かぶ輪宝に訳も解らいまま指示を出そうと手を上げるが、その手をそっと添えられたユカリさんの手が下げさせる。


「次は珠宝を御使用ください。どうやらこの周辺の外獣はあれだけのようですから」

「え、ちょっ、そんな悠長な。ああもうっ南無三! 珠宝ー!」


 泰然自若としたユカリさんは私の顔を見て微笑むほどの余裕であるが、もうすぐそこまで来ている黒い獣2匹を目にしている私にそんな余裕があるはずもなく。

 実体も解らない珠宝の現出を念じた私の胸が金…黄色に輝き、輪宝の時とは違って私の手を弾く事無くスッポリと収まった。

 なんだ!? 玉? 輪宝と同じくらいの大きさの黄色い玉だ。


「黒青号、左を向きなさい。ミナリ様、珠宝を横に御振りください」

「っええい!」


 黒青号が突然動いた事で若干バランスを崩した私は、動揺している事もあってユカリさんの言うままに珠宝を持った手を黒い獣に向けて横振りした。

 その瞬間、私の手から黄色い光が伸びて横薙ぎに一閃し、並走していた黒い獣の体が横真っ二つに分かれた。


 ……はえ?

 ドサリと上半分を後ろに落とした黒い獣が下半分だけで数歩走り、勢いを無くして倒れた。

 そのあまりにも凄惨な光景に呆然自失となった私は、上下に別れた黒い獣の体からドロリとした黒い液体が零れ落ちる様を眺めた。

 その黒い液体は粘質に広がると、その元である体ごと地面に吸収されるように消え去った。


「……」


 なんも言えねぇよぉ……。なんだぁこりゃあ……。

 私はそんな凄惨な光景を作りだした元凶、手の中の珠宝を見て何気に横に一閃させた。

 ――キュンッとどこか機械的な音を立てて黄色い光が横に走り、近くにあった常緑樹、杉の木のように細長い木が“横一列”に倒れた。

 舞い上がる木の葉と土煙。アハハ、ウフフ、と乾いた笑い声を小さく上げる私は、ついでとばかりに追従して浮いている輪宝に“行け”と命じた。

 目にも留まらぬ速さで飛翔する輪宝は、倒れた無数の木が残した切り株を次々と粉砕し、再び私の近くに戻って滞空した。


 ――オーゥ、ジーザスああ、くそったれ


 私は静かに寄り添うユカリさんの温かさを背中に感じながら神を呪った。

 この場合の神は言わずとも知れた四徳さんであり、その眷属神とやらになってしまった自分だ。

 自分では平々凡々な人間だと思っている私には、この輪宝と珠宝と言う“兵器”は受け入れ難かった。

 中国に営業に行ったさい、現地の接待で射撃場に行った事があるが、コレはそんなレベルの話じゃあない。

 ただ意識して命じ、腕を振るだけでいくつもの命が瞬時にして消え去る。

 ……それは正に、神の如き所業だった。

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