GodLv-004 世界の歪み、其は混沌

「ミナリ様。ミナリ様。しっかりなさいませ」

「――っ。ゆ、ユカリさん……」


 望まず手に入れる事になったあまりにもな力の大きさ、その手にあまりすぎる危険さに呆然自失となっていた私は、耳元で囁かれた艶のある声に意識を引き戻された。

 声の主であるユカリさんは私の腹に回した腕に少し力を込め、血の気を失って冷たくなった私の体を温めるかのように密着している。

 ひょっとしたら自失した私が馬上から転げ落ちるのを防いでくれていたのかもしれない。


「ミナリ様。お心を乱しておられるのは百も承知ですが、ここは先に歪みを修正してしまいましょう。前へ、前へ。外獣が来ました前へと進みませ」

「……了解です。行きましょうか。……黒青号!」

「ブルルゥッ!」


 黒青号の背中に添えていた手を軽く叩きつけると、何度も情けない姿をさらす私を元気づける様に力強くいななき、心持ち早く歩き始めた。

 外獣がやって来た前方へと。

 深く考えるのは先だ。私は滞空する輪宝に追随するように意識し、右手に収まった珠宝はそのままだと怖いので体の中?に戻した。


 それまでより若干上下するようになった黒青号の背中で揺れる私は、考えまいとしても浮かんでくる疑念に頭を悩ませる。

 私が5年、いや10年若かったらきっとこうまで悩む事はなかっただろう。

 5年で19歳。10年で14歳。その頃の私は本当に可愛げがなかったクソ餓鬼だった。

 まあ“若干”乱暴者ではあったが、何処にでもいる反抗期の少年であった事に違いは無い。

 あの頃の考えなしの自分であったら、今私が手にしている小七宝。そこから発生した輪宝や珠宝の力に喜び勇んで深く考えもせずに行使しただろう。

 だが今の私ではそう簡単に受け入れられはしない。社会と言う大きくも狭い概念に囚われた今の私には。


 ああ四徳さん。あなたはどうしてこれほどまでの力を私に与えたのだろうか? 研修が終わったら飲みに行こうと言っていたが、その時には私の不満を存分に聞かせてやろう。

 ……あれ? でも今の私と四徳さんだと部下と上司だから接待になっちゃうのか? 神様的に無礼講とかあるのか? あっても怖い事になりそうだけど。


 そうやってグチグチとどうしようもない事を考えていた私の前に奇妙な物が現れた。まだ遠くはっきりとは確認できないが、木々の間に浮かんでいる黒い影が見える。


「ミナリ様。あれが歪みです。極々小さな物ですが」

「歪み…とはなんですか、ユカリさん」


 まだ少し距離がある内に問いかけた。四徳さんやユカリさんに軽くは聞かされてはいるが、根本的な事は何も知らされていないのだから。


「歪みとは世界の傷です。その傷口から零れる血は世界の元となった原初の混沌。それが世界に漂う想念によって形を成したモノが外獣となります。以前ミナリ様が仰った生きる物にこれは収まりません。混沌そのものの外獣はただ其処に在るだけですので」


 ……う~ん? 言ってる事は解るけど、現代日本人にはちょっと敷居が高い内容だな。ほんと10歳も若ければそうなんだ!と簡単に受け入れるのだろうが。

 つまりは調整中の世界とは制作中のゲームであり、歪みとは完成過程に発生するシステムエラーで、そこから派生したバグ群が外獣と言った所か? 関係性では逆になってしまうが。

 ゲーム脳的な表現はあまり好きではないけど、頭があまりよろしくない私ではそう例えるしかない。

 とどのつまり、私はブラックで有名なシステムエンジニアになったと言う事か。

 だからこうして現地に出向し、プログラムだか機材だかの調整をしていると。


「これが歪み? いきなり外獣とか出てきたりしないですよね?」


 木々の間に浮かぶ黒い影に接近した私は、どこかで見たような光景を不思議に思いながら問いかけた。


「御心配無く。この程度の歪みならば混沌獣となる力もございませんので。ですが放置すればいづれ混沌が漏れ外獣となりますので、修正は直ぐに行った方がよいでしょう」

「どうすれば?」

「少々強引ですが珠宝の光で押し込むのがよろしいかと。本来ならば神力で閉じるのでございますが、今のミナリ様は神力を自在に扱う事ができませんので」


 そりゃそうだ。神力だなんて言われても全く理解できないし実感もできない。輪宝も珠宝も使うのに何か力を込めたって事もなかったし。

 私はどうなるか解らないものの、再び珠宝を取り出して宙に浮かぶ黒い影、歪な形に光る黒い光へと向ける。

 そこで気付いた。その黒い光が私がこの世界へと送られた時に飛び込んだ光と似ていると。もちろん色は全く違うし大きさも段違いだが、中空に浮かぶ光と言う点では同じだった。


「良く解らんが…押し込め!」


 その黒い光へと向けた珠宝から光の束が飛び出した。まるでSF物に出てくるビームである。その光の奔流はジリジリと空気を焼く臭いと熱を上げながら黒い光へと突き刺さり、浸食、または相殺するように黒い光を縮小させ、消滅させた。

 対象を無くして地面を貫き焼いた珠宝の光を慌てて止める。するとその場に何処から出て来たのか黒い結晶体が転がった。


「黒青号、伏せなさい」

「ブルゥ」

「うおっと」


 それに意識をやっていた私は黒青号が足を折った事でバランスを崩した。しかし腹に回されているユカリさんの腕が確りと掴んでいて落ちる事は無かった。

 なんか逆じゃない? バランスを崩した女の子を支えたりしてみたいですと、免許の類を一切持っていない自転車乗りチャリンカーな私は思いました。


 黒青号が伏せきると、ユカリさんがフワリと飛び降りる。温もりを無くして寒くなった背中がなんとも侘しい。

 ジャッザクッと落ち葉を踏みしめながら歩くユカリさんは地面に転がる黒い結晶を拾い、続いて下りていた私に両手で掲げて差し出してきた。


「ミナリ様、混沌結晶でございます。最下級神となるミナリ様はコレを現地、または神界の通貨に替える事で糧を得る事になります。特に神界では神器との交換もできますので、御使い用は良く考えて下さいまし」

「混沌結晶? ふうん、これがお金になるのか」


 少々大きい小石ていどの黒い結晶を受け取った私は、枝葉の隙間から零れ落ちる木漏れ日に当てて眺める。

 これを何と例えれば良いだろうか。半透明の黒い結晶である事には間違いないのだが、光を当てる事で七色の光が結晶の中に見える。

 正しくそれは混沌の結晶なのだろう。ありとあらゆる物が混じり合った黒であった。

 しかしこんな小ささで、あんなに危なそうな外獣を生み出すだなんて凄い力だ。


「……ふう、なんか疲れたな。ユカリさん、この近くにもう外獣はいない?」

「お疲れのところもうしわけありませんが、あちらの方に同程度の歪みの気配がございます。できればそれを片付けてから村に戻られるのがよろしいかと」


 そう言ってユカリさんが林の奥を示す。しかしその美しすぎる顔には全く申し訳なさそうな色は無く、毅然とした物だった。


「手厳しいね、ユカリさん」

「全てはミナリ様のため……と言いたい所ですが。ミナリ様? 今日のお仕事がこの程度で終わりだとかお思いになっていませんよね? 奇しくとも就神した最初のお役目だと言うのに」

「ハハ、ソンナマサカ」


 ハハ、ソンナマサカ。大事な事なので二回言いました! 心の中で。

 いやほんと厳しいなユカリさん! 疲れたとは言っても状況についていけない気疲れなので問題はないのだけれど。

 はあ、やれやれ。なんか一気に老け込んだ感じがするけど、これも仕事だと思って行きますか。

 再び馬上の人となった私達は、次の歪みを求めて林の中を進んだ。


 それから30分ほど進んだ場所で黒い獣、外獣と遭遇する。

 先ほどの外獣と同じ種類だ。犬か狼のような外見にしては鼻が利かないのか、目視できる距離になってようやくこちらへと向かってくる。

 その勢いは恐ろしいものであり、本来の私であれば一目散に逃げだす事だろう。

 しかし今の私は、生きてはいないと教えられた外獣に「許せよ」とだけ思いながら、滞空させたままの輪宝を飛ばした。


「「――!?」」


 発声器官が無いのか獣とは違うのか。輪宝の目にも留まらない一撃を受けた2匹の外獣が音にもならない悲鳴を上げて四散する。

 ビシャリビシャリと粘質な音を立てて飛び散った肉片?は、ズルリと地面の中に吸い込まれるようにして消え去った。

 ……なんかすんごく自然に優しく無いっぽいんだけど、良いのかなあ?

 それを背中のユカリさんに聞いてみた。


「あれはそう見えているだけでございます。実際には地にではなく世界の裏、元の混沌へと戻っているのですよ」


 ははあ……解らん! 現代日本人舐めんな! もうファンタジー過ぎてほんましんどいわ!

 新たに遭遇した3匹の外獣を輪宝で即殺した私達は、その先に在った二つ目の歪みを前にして歩みを止めた。

 私はそのまま接近するつもりだったのだが、ユカリさんが黒青号を止めてしまったのだ。


「ミナリ様、あの歪みは混沌獣となりそうです。今から珠宝の御用意を」

「混沌獣? 外獣とは違うんですか」

「基本的には変わりませんが、歪みが消されまいと混沌結晶を核に強力な外獣となったものです。通常の外獣とは力も能力も違いますのでお気を付けを……と言いたいところですが、あの程度の歪みならば珠宝の一撃で終わりましょう」


 ユカリさんに恐怖心と言う物は無いのだろうか? なんてことない風に私の背中を押し、速く終わらせましょうと言外に伝えてくる。

 そして黒青号を進ませ歪みの直前へと向かうと、その歪みが突然しわくちゃと歪み、獣の姿を取った。


「で、デカッ!?」


 形はそれまでに出て来た犬だか狼だかの外獣だったのだが、大型犬ほどの大きさとは違って大型肉食獣、虎やライオンのそれだった。

 大きさだけでなく体格もずっと筋肉質で、これを見て犬だとか狼だとか思う者は居ないだろう。私にしても事前に元となっている外獣を見ての感想であるし。


「GURUUAAA!!」

「ぬわぁっ?!」


 ドカンッ!と音を立てて混沌獣が飛びかかってくる。きっと何も聞かされていなければそのまま私はこの混沌獣の餌食となっていただろう。

 しかしユカリさんに言われて事前に珠宝を出していた私は、生存本能によって顔を庇うように前に出していた腕に掴んだ珠宝を半場無意識に発動した。

 ――ドゥン! 無意識化だからか加減無く振るわれた珠宝から極太ごんぶとの光線が発射される。

 それは正に光の柱。不思議と私には眩しく感じられないが、ドラム缶は言い過ぎにしてもそれを二回りほど細くした程度の光の柱が混沌獣が開けた大口の中へと突き進み、そのまま混沌獣を霧散させた。


「……もう、私は、驚かないぞ」


 とっても驚いている私は自分が成した惨状に心の中で泣く。

 ほとんど出落ちな混沌獣の事は良い。だがそれを貫いて走った光の柱が起こした現象は明らかに私の過失だ。

 自然が美しい林の中を穢す一条の線。光の柱が焼いた地面は赤黒く焼け、プスプスと音を立てて異臭を放っている。不思議な事に周囲の落ち葉や木に火がついていない事が救いだ。

 私は生存本能による不可抗力とは言え、自分が成した過ちを後悔する。


 ……強くなろう。どう考えても引き返せない道だ。ならば与えられた力で無為な破壊を作りださないよう、自分自身を強くしよう。

 私は焼けた地面から熱が消えるまで、ユカリさんと二人、黒青号の背中の上で何とも言えない時間を過ごした。

 焼け窪んだ溝の中で怪しく光る混沌結晶がなんとなく寂しげに見えたのは、きっと今の私の心境を映していたのだろう。

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