GodLv-007 テンプレが向こうからやってきた

「自然はぁ良い。なんたって自由なんだ。そう、自由なんだなぁ」

「……ミナリ様? 突然どうなさいました」


 バカラッバカラッと街道を風の様に行く黒青号。その背に乗った私は、日本では一度として感じたことが無い解放感に酔いしれていた。

 だってそうだろう? 私達が今居るのは遮蔽物が一切存在しない大草原の中だ。村から出て既に半日。四方八方どこを見ても草しか生えていない。これで街道が無ければ方向感覚を無くして迷走しているところだ。

 ただただ絶景。狭い日本で暮らしていた私としては他に言いようがない。


「はは、なんでもありませんよ。ちょっとだけ気分が良くなっただけですから」

「そうなんですか? ふふ、仕方が無いお方」


 苦笑した気配のユカリさんが私の背中に体重を預けてくる。マシュマロなんかよりもずっと柔らかくて暖かな体が同化しようとでも言うように密着する。

 もぉらぁた黒馬コクバではしりぃだす~♪

 色々と絶頂期な私はもうイケイケで黒青号を走らせる。なんかもう何処にでも行けそうだし行ってしまいそうだ。


 ――とは言え、流石に飽きっぽい現代人に一日中乗馬はキツイ。尻と腰もヤバイ。ただでさえここ数日の夜のお勤めで腰がガタガタなのに。

 精神的にも肉体的にも限界を迎える前に野宿する事にした。

 時間は夕刻前。街までに在ると聞いた三つの野宿場の内の一つは既に越えているので、サッと珠宝を出してビビュンと横薙ぎにふるって一気に草を刈り取る。

 いやぁ…自分でもどうかと思うけど、すっかり珠宝を道具の様に使ってるなあ。慣れっての実に恐ろしい。

 根元の土からゴッソリと焼き切られた草を適当に投げて居場所を作り、ユカリさんと黒青号を呼ぶ。


「どうぞ、ミナリ様」

「ありがとうございます」


 ユカリさんから村で購入していた野営道具を受け取る。目の粗い大きな毛布が二つとランプが一つの最低限の物だが。

 毛布を一枚地面に敷いて座り、時間的にまだ早いがランプを付ける。

 煌々とした灯りが驚くほど優しく広範囲に広がった。


「すごいですね、これ」

「そうですか? たしかに地球には無い物ですが」


 隣に座ったユカリさんが私を見ながら小首を傾げる。

 無いと言うのはもちろんランプ自体の事では無く、ランプに使われているらしい混沌結晶の粉末の事だ。

 この世界の文明は日本で言うところの江戸時代末期に近い物らしいのだが、混沌結晶を利用した便利で不思議な道具の数々によって極々一部は現代地球科学よりも優れていた。

 このランプもそうだ。毎夜ランプ一つでユカリさんの美しい体がハッキリと見えるから不思議に思っていたのだが、光量はそれほどでもないのに驚くほど遠くまで減衰せずに届くのだ。

 ランプ自体は簡単な作りなのだが、それに加えられている混沌結晶の粉末の効果で光が届く範囲を上げ、消費する燃料も節約できるのだとか。

 村に一軒だけあった雑貨屋でそう説明された。この世界では当たり前のことらしいので聞くと不思議な顔をされたが。


「黒青号もすまないな。こんな水もないとこで」

「ブルゥ」


 敷き毛布のそばに伏せた黒青号の背中を腕を伸ばして撫でる。気にするなと鳴くが、馬宝の所持者ではなく旅の仲間としては心苦しい。

 不幸中の幸いなのは黒青号が普通の馬では無い事だ。黒青号だけでなくユカリさんもそうらしいのだが、存在を維持するのに飲食は必要無いという。

 確かめようが無いのだが、ユカリさんいわく小七宝から生じた存在は不滅の存在らしい。小七宝の元、つまり私させ無事なら老いず病にもかからず、例え肉体が死んでもすぐに生きかえるとのことだ。

 その代わり私が死んだら一緒に消滅してしまうらしいが。

 ……ほんと、無茶苦茶な存在だよな。それを行使する私自分もそうなんだろうけど。


「……月が綺麗ですね」

「ふふ、嬉しい事を言って下さるのですね」


 夜となった空に輝く月を眺めて言う。この世界も月は一つあるが、地球の月よりもずっと大きい。実際に大きいのか距離が近いのかは解らないが、満点の星空から落ちる光と合わさり夜闇は地球よりも幾分か明るかった。

 一枚の毛布にユカリさんと二人で包まり、美しい星空を飽きもせず眺めながら眠りについた。夜番は黒青号が居るからお任せだ。危険な獣も外獣に駆逐されてしまってほとんど居ないようだしね。


    ◆


 ――ブルゥ!


「っ!?」


 大きく聞こえた黒青号の鼻息で飛び起きる。普通だったらそれでも起きないだろうが、そこに強い警戒がこもっていたのを感じて目が覚めた。

 どうやら先に目覚めて毛布から出ていたユカリさんが鋭い目で街道の先を見つめている。


「なにかありましたか」

「どうやら人がやってくるようです。先行して2人。後から5…6人。どうやら先の2人が追われているようですね」


 追われてるってこんな夜中に? それはちょっと穏やかじゃないな。どうしたものか。

 黒青号を私の中に戻して草むらに隠れるか? 伏せれば1人2人ていどなら隠れる事はできる。

 私が手早く毛布をまとめ灯りを消していたランプを持つ。ほとんど真っ暗だが星明りが強いのでこれくらいはできた。

 それらを黒青号の鞍の後ろに付けた荷物袋に詰め込み、さて黒青号を戻そうかと言う時に警戒していたユカリさんが声を上げた。


「来ます。ミナリ様、今から隠れても目立ってしまいますので迎え撃ちましょう」


 クソッ。間に合わなかったか! ……なんて言わない。だってユカリさんは最初から隠れるつもりなんて無かっただろうから。

 私を王と敬うユカリさんは、私が王にあるまじき行為をするのを酷く嫌う。

 以前村の門番に槍を向けられながら頭を下げた時なんかがそうだ。

 あの時はまだ私が何も知らなかったと言うことで我慢していたそうだが、今回はきっと隠れて逃げるだなんて行為を許さないだろう。

 問題? それがなにか? ぶっ飛ばしてしまえば問題ありませんね、だ。

 ……うん、伊達に5日間も林で歪みと外獣と戦っていた訳ではないのである。ユカリさんは意外と好戦的なのだ。


「――しれ! ―走――ル!」

「――よ――パパ!」


 夜闇に沈んだ街道の向こうから声が聞こえて来た。街がある方からだ。続いて誰かが走る音が聞こえ、荒い息遣いが聞こえて来た。

 近い。もうすぐそこだ。どうやら向こうも灯りを付けていないらしく、気配はしても姿は見えない。

 ……仕方ない。私は迎え撃つために輪宝と珠宝を身の内から取り出した。


「っなんだ!」

「きゃっ!?」


 小七宝を取り出す時に発生する光が一瞬だけ夜闇に輝き、想像よりも近くに来ていた2人の人影を照らした。

 驚いて立ち止まっているのは大きな荷物を抱えた壮年の男と若い女の子だ。

 その二人と同様に突然の出来事でどう対応していいか解らない私だったが、何時も頼りになるユカリさんが代わりに指示をだした。


「そこの二人、敵で無いのならば邪魔です、退きなさい」

「な、なにを! あいつらの仲間か!」

「ぱ、パパぁ……」


 ――チッ、愚図が。

 聞こえない。聞こえてないよ! ユカリさんの舌打ちなんて聞かなかったよ!

 退くどころか警戒して固まった二人にユカリさんがイラついた。

 なんか私の方がヒェッとしたけど、代わりに落ち着く事が出来た。

 もう一緒に潰しましょうか? なんて気配をかもしだすユカリさんの肩に手を置き、こっちと後ろを何度も振り返る二人に声をかける。


「こちらは敵ではありません。急いでこちらの後ろに下がってください」

「っ! わかった!」


 私の言葉を信じたのか、それとも2人だけと数が少ない方に行く事にしたのか、壮年の男と少女は私達を警戒しながらも後ろへと下がった。


「うわあっ?! なんだこの化け物ー!!」

「きゃああああ!?」

「ブルゥ……」


 おっと、後ろで待機していた黒青号の格好良さに驚いているようだ。

 しかしそれをフォローする余裕は無い。大人数が駆け寄る足音と息遣いがもうそこまで近づいていた。


「なんだぁ! 仲間がいたのか!」

「かまうか! いっしょにやっちまえ!」

「うらあああっ!」


 勘弁してくれ。走り寄って来た人影はこちらが声をかける前に問答無用で襲い掛かって来た。

 容貌は夜闇の中で知る事はできないが、星明りを反射する刃物と思しき得物は確認できる。

 ――現代日本の一般人に無茶してくるなよな。

 対人戦は初めてだが、5日間に及ぶ外獣との戦いで戦闘には慣れている。

 不幸中の幸いにも相手が良く見えない事で対人戦に対する恐怖や忌避感は少ない。

 冷静にそばで滞空する輪宝に私とユカリさんを含め後ろの2人と黒青号を護るように念じると、賊が放ったらしき投石か矢だかの飛び道具を輪宝が弾いた。

 護りがなったのなら攻撃だ。珠宝を握った右手を拳銃を撃つような形にし、伸ばした人差し指を一番近い人影に向け――


「ばーん」

「ぎゃっ?!」


 と言った瞬間に一条の光線が闇夜を貫いた。続けてばーんばーんと心の中で呟き光を走らせる。その度に人影が後ろへと吹っ飛び地面に転がった。

 ……うっわ、はんま勘弁してくれや。

 光線によって一瞬姿が露わになった人影は、正しく賊の名に相応しい姿をしていた。

 ギョロリと血走った目の狂相にひどく汚れた服に簡易な革鎧?と、とても堅気には見えない。

 私は先行した3人が瞬時に倒された事で足踏みした後方の2人にもばーんと光線を撃ち、姿が見えないが気配はする最後の1人を倒すために珠宝を握り込み横薙ぎに振るった。

 ――ピュインと甲高い音を鳴らして横一文字に光が走る。


「ぐぁっ!?」


 1人だけ後方で様子を見ていたらしい弓を持った人影が光線に胴を払われ倒れた。

 ……これで終わりか? 私はここで珠宝の光を固めて空に打ち上げ、周囲を持続して照らす。

 ファンタジー小説でいうところのライティングの魔法を再現した技だ。村での5日間はこれくらいの小技ができるくらいに小七宝の理解を深めさせていた。


「……もういないみたいだな。ユカリさんは大丈夫ですか?」

「はい、ミナリ様に護っていただきましたので」


 昼の明るさになった事で少し離れた場所にいるユカリさんの姿がハッキリと見える。この周辺の動物や虫には驚かせてもうしわけないけれど。


「な、なんて明るさだ」

「すごいねぇパパ」


 黒青号の近くで抱き合っていた壮年の男と少女が打ち上げた光を見上げて驚いている。

 その2人の相手は後にして、倒れた賊の方へと向かう。


「うう……」

「……ぐぅ」


 うん、ちゃんと生きてるな。

 もしものこともあるかもしれないと覚悟していたが、それはなかったようで安心した。

 地面に転がる賊は6人とも気絶している。珠宝の本来の威力を考えれば有り得ないことであるが、これは賊たちが頑丈なせいではなく私が珠宝の力を調整できるようになった結果だ。

 珠宝から放たれる光の威力を抑え、熱や衝撃を対象の中に浸透させる。いわば気絶スタンの効果を狙った技である。

 ……何度も言うが私は現代日本の一般人だ。今は研修中の最下級神でユカリさんの王だけど、食べもしない生き物を殺す趣味も覚悟も無い。


「しかし、どうしたものか」


 私は気絶する賊たち間で悩んだ。

 いやだって。殺す覚悟が無くて気絶させてはみたものの、その後に賊をどうするかなんて全く考えていなかったんですよ。はい。


「でしたら埋てしまってはどうですか?」

「いやいや、それなんの解決になってないどころか結局殺してますから」


 ユカリさんが汚物ゴミは埋める物ですよね? と当たり前のように言ってきたのを手を振って否定する。

 ここは燃やす物ですよねと言われなかったことを喜ぶべきか?

 いやいや、私の脳もだいぶユカリさんに汚染されているな。

 そうして賊たちの扱いに困っていると後ろから声をかけられた。


「どうかなさいましたか魔法使い様」

「……魔法使い?」


 振り向くと壮年の男性が揉み手で笑っていた。ちょっと及び腰で口が引きつっているのはどうしてだろうか。それに反して男の後ろに隠れている少女はこちらをキラキラとした目で見ている。

 その両極端な態度に苦笑が浮かびそうになるが、キュッと唇を締めて我慢する。

 魔法使い云々は置いておこう。そう見えるのは自覚している。


「いえ、こいつらをどうしたものかと」

「は? 成敗されてしまわないので?」


 成敗って殺せって事? いやいや、だからそれができないから困ってるんでしょ。


「生憎と余計な殺生はしない主義でして。とは言え放っておくわけにいきませんし」

「ははあ、それが制約なんですね。でしたら仕方がありません、拘束して街に連れて行きましょう。街道の分かれ道で賊働きをしていた者たちです、衛士に引き渡せば引き取って貰えるでしょう」


 ふむ。それしかないか。そうすると移動速度が激減するが、これも運が悪かったと思い諦めるか。

 拘束できる道具が無かった私は行商人だと言う壮年の男から普段使い用だと言う縄を貸してもらい、長さが足りなかったので賊たちを一纏めにして括りつけた。

 あれだ。漫画とかで良く見る背中合わせにしてグルグル巻きにする縛りかたである。

 拘束力が弱いから少し心配だけど、抵抗するそばから珠宝で気絶させれば大丈夫だろう。

 今はこれ以上は望めないしな。

 とりあえずもう一度強めに珠宝の光を浴びせて深く気絶させ、父娘だと言う二人と夜明けまで短い睡眠をとる事にした。

 申しわけないが疲れしらずの黒青号に賊たちの見張りをしてもらい、私は再びユカリさんと一枚の毛布に包まる。


「お疲れ様でしたミナリ様」


 耳元で囁かれた声にお休みなさいとだけ答え目を瞑る。

 色々と考える事が多かったので直ぐに眠る事はなかったが。

 今日の教訓は一つ、“テンプレって面倒臭い”だ。

 賊って実際には扱いに困るよね? 異世界だからって簡単に人を殺せるようになる人非人にんぴにんならともかく。

 ああ一応言っておくけど、人 非人って緊那羅きんなら王のことじゃないからね。自分、これでも一応インド系の神の眷属神みたいだから、一言いっておかないと後が怖そうなのだ。

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