だからさ、都市だって自然なんだよ


なんかこのあいだ、久しぶりにあった友人とした会話がちょっと面白かったので、とくに推敲もせずにメモ書きとして残しておく。


以下はその友人のおおまかなプロファイル。


雪国の出身で、自分を自覚した時にはすでにスキーでスイスイ滑っていたため、自分がいつスキーをできるようになったのか分からない、まあ雪国だと比較的よくいるタイプのスキーヤー。

10代は競技選手としてブイブイやり、20代中ごろからはスキー板を担いで雪山に登るバックカントリースキーにはまり、テレマークスキーという踵がパカパカするスキーに転向して、なんだかんだと冬山周辺で曖昧に飯を食っていたのだが、今は結婚して赤子もいて、東京に住んでいる。


なんかの偶然でわりと地理的に近いところにおり、お互いにポコッと暇だったので4年ぶりくらいに顔を合わせた。そういうシチュエーション。


「最近ずっとローラースケートしててさ」

「ローラースケート?」

「ローラースケートっていうか、インラインスケート。ローラーブレードのほうが通りがいいか」

「ああ、タイヤが四つ一列に並んでるやつ」

「四つ、とも限らないけど。最近は大径三輪がトレンドだし、ウィザードスケーティングって流れもきてて、五輪もあったり」

「ごめん、なに言ってるかぜんぜん分かんない」

「まあでも、そう。ローラースケートみたいなやつで、車輪が一列に並んでるやつ。俺がよく乗ってるのは、110ミリの(両手の人差し指と親指で大きな丸をつくるジェスチャ)けっこうでかいウィールが三つついてる」

「うーん、あんまイメージできてないけど。まあ分かった。でかいのが三つね」

「そう。けっこう楽しいんだよ。車輪がでかいから走破性がかなり高くて。ちょっとくらい舗装が悪くても、まあチャリンコで走れるとこならどこでもいける。なんなら階段をのぼったりもできるから、下手したらチャリンコよりも走破性が高い。街中どこでも滑れる」

「ふーん、なるほど。結局、そういう乗り物系? てきなスポーツとは縁が切れないわけね」

「うん。なんか山離れて街で暮らしはじめたけどさ。このままだと気が狂いそうな気がして、藁にも縋るみたいなつもりでそんな期待せずに始めたら、これがまあ楽しくて。なんで日本であんま流行ってないんだろ? って不思議なくらい。なんか海外だとわりと人気らしいよ。エクササイズ効果も高いし、走ったりするよりは膝への負担も少ないし」

「でも言われてみると、たしかに痩せたよね。なんか15年くらい体型が逆戻りした感じ」

「そうなんだよ。10キロ痩せてさ。テレマークはたしかに運動量すごいんだけど、毎日できるもんじゃないし。ローラースケートはほら、雨降ってなければ毎日できるから」

「毎日やってるんだ」

「うん。ほぼ毎日だね。なんなら、別に雨降っててもそれはそれで違う遊びようがあるし。地面が濡れてるとミュー低いから横滑りもできるんだよ」

「またなに言ってるか分かんないけど、相変わらず、やや気が狂っているのは理解した」

「いやもう完全に正気。今は俺、完璧に社会に適合してるから。バックカントリーはさ、わりともう付き合い方が難しくて。あれってほら、人生そのものをそっちに合わせてコーディネートしないといけないから。人生に自由度がなくなるっていうか。ある程度、社会性を捨てないことには続けられないじゃん?」

「むかしから山男と言えば社会性のない大人の代名詞だからね」

「そうそう。俺たちゃ街には住めないからにーじゃん。その点、ローラースケートはいいよ。東京で仕事しながら、空いた時間に外でてスケート靴を履くだけでいいしさ。山まで行かなくても、別にそこら中を走り回ればいいじゃんっていうのは、わりと自分の中でかなりデカめのコロンブスの卵だったな」

「でも危なくない? 山と違って、街には車とか歩行者とかもいるでしょ」

「山のほうが危ねえよ。雪崩とか遭難とかあるんだぞ。街中で車にはねられたってすぐに救急車くるでしょ。山じゃそうはいかねぇんだもん」

「それはそうね」

「まあでも、危ないのは危ないし、それに暑いからさ。俺はだいたい、夜明け前に動き始めるの。午前四時とか、ようやく空が白みはじめたくらいに外に出てって、スケート靴はいて、街がまだ動き出す前にローラースケートでそのへんを走りまくるわけ。そんでから、家帰ってシャワー浴びて仕事に行くの」

「それもたいがい気の狂ったエピソードっぽいよ」

「でさ。そうすると、東京にもあるんだよね。自然」

「自然」

「そう。都市にも自然はあるんだよ。別に街路樹とか公園の緑がきれいですねとか、そういう話じゃないぜ? 俺の中で自然って、なんか『寂しさ』とか『遠さ』に近い感じなんだよな。自分のちっぽけさを体感するっていうか」

「うーん、また分かんなくなってきたから、なんかこう、言葉をがんばって」

「たとえば、冬山の山頂までテレマーク履いて登ってさ。で、麓を見下ろして、いま自分が登ってきた足跡を見るだろ? 森林限界も超えてるし、一面の新雪だから、もうぜんぶ見えるわけ。自分が出発した地点も、そこから五時間かけて登ってきたルートもぜんぶ」

「うん、イメージした」

「で、山頂で一休みしてると、なんていうのかな。自然っていうのはやっぱスゲーでかくて、その前では人間ひとりなんてほんとうにちっぽけな存在なんだなって思うみたいな。寂しいような、なにもかもがすごい遠いような、そういう気持ちになるのね。それがわりと嫌いな感じじゃなくて。たぶんあんまりいいタイプの感情でもないんだけど。ちょっとネガティブ寄りっていうか……説明が難しいな。こういうのはだいたい、お前のほうがポンといい言葉をくれるんだいつも」

「感傷的?」

「そう、それ。感傷的。ちょっとセンチメンタルなんだな。俺たぶん、ちょっとセンチな気分になりたくて行ってたんだよ、山」

「うんうん。そうだと思うよ。山に行く人ってだいたいみんな、ロマンチストでセンチメンタルじゃんね」

「で、それに近い感じが、朝ローラースケートでも不意にくるんだよね。街が静かでさ。俺はひとりで、足の裏の車輪にすべてを預けて、ごろごろスケート漕いでるわけ。もう男一匹って感じだよね。遠くのほうで原付のエンジン音とかするし、人の気配は皆無ではないんだけど、なんか青くて」

「青くて、は、なんか分かる」

「で、ふと見上げると、とんでもない高層建築が建ってたりするじゃん? 不意にね、なんかすげぇなって思うの。人間。人間がここまでの異様な建築物を構築するにまで至った数千年? とか、数万年くらいの進化とか進歩とか、そういうのを急に意識しちゃって、ああ、俺は長い人類の歴史の一番先っちょに今いるんだな、みたいなそういう変な気分になるわけ」

「うん、それはもうセンチメンタルでロマンチックだわ」

「で、そのときのこう、このへんのさ? (胸に親指を当てる)こう、グッとくる感じっていうのが、テレマークで山登ってたときに感じてたやつにかなり近いんだよね。だからさ、都市だって、ビルだって陸橋だって、ぜんぶ自然なんだよ。所詮は自然の一部なの」

「それはそれでなんか理屈がめちゃくちゃ飛躍した感じがしなくもないけど、でも、うん。街で暮らしても気が狂わずに楽しくやれてるなら、それはいいことだよ」

「そう。だからさ、お前もはじめてみない? ローラースケート。楽しいよ?」

「いや、それはわたしはべつに大丈夫です」

「大丈夫ってなんだよ。はいでもいいえでもなく大丈夫って。そんなマルチまがい商法を勧められたときみたいな断りかたすんなよ」

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日記、エッセイ、あるいは創作メモ 大澤めぐみ @kinky12x08

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