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 事典のいわく―――。


「しんじつ-の-いし【真実の石】自ら意志を持ち魔力を行使する貴魔石の一(→貴魔石の項参照)。


 歴史上に現れたのは新紀一二〇〇年頃であるとされる。触れた者が口にした言葉に反応し、その言葉に願望あるいは欲望を読み取ったとき、その願望・欲望を満たさんとして魔力を行使する貴魔石である。秘められた魔力はほぼ無限であり、いかなる虚言妄言も真実となす。ただし、発話者の持つ能力や立場からあまりにかけ離れた望み、すなわち分不相応な望みを口にした場合は真実にならない。そればかりか、石は直ちにその者に相応の破滅を与え、自らは空間を転移して姿を消す。次に現れる場所、時間はまったく不定である。


 願いをいかようにも叶えてくれる能力ゆえに、野心を持つ者の探索を常に受けていることでも知られる。所有した者は比較的多く、一説に千人を超えるとされるが、破滅という結末のため記録は少なく、実態の多くは不明である。


 手にした者でもっとも著名な人物は、新紀一五〇〇年頃のアプリアフスの狂王ブカサド三世(→アプリアフス王国の項参照)であろう。在位二五年のうち、最後の五年間に彼が行った名高い『狂行軍』遠征により、アプリアフスの領土は倍増した。長年狂気に駆られて行われた侵略だったといわれてきたが、現在では真実の石を最も有効に利用した賢明な例であるという説が有力である。


 しかしながら、権勢揺るぎないものとなった後の理性の喪失については多くの史書が記している。残忍な刑や催しを好んで行いこれが狂王の名の由来となった。侍らせた女に己が力を見せつけんと、月をたなごころに乗せることを真実の石に望んだが、折しも反乱が勃発、攻城砲による居城の崩落に巻き込まれて即死したと伝えられる(ガノシア作『狂王伝』に詳しい→ガノシアの項参照)。」




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 ヒュウ、とレジェンは口笛を鳴らした。


 「儲ぉけ!」


 「そうじゃないでしょう?!」


 あたしは手を伸ばして、レジェンの指先から真実の石を奪い取ろうとした。事典には小難しく書かれているけど、つまり真実の石には、人の願いをなんでも叶える力があるのだ。しかし欲に駆られた行き過ぎた願いに対しては、不幸な結末で報いる───事典に載っている他にも、自分こそはうまく扱えると豪語しながら破滅へ堕ちていった悲劇の伝説が、いくつもまことしやかに伝わっている。どうしてこの町に真実の石が現れたのか、それはわからないけれど、あたしたちの手に負えるものじゃない。レジェンが持っていたらろくなことにならない、直感でそう思った。


 けれどレジェンってば知ったこっちゃない。きっと「いかなる虚言妄言も真実となす」あたりまでしか読んでないんだ。彼の瞳はすでに、新しいオモチャを手に入れた喜びに、きらきら夢色に輝いていた。この男にかかっては、注意や警告とはのっぴきならない危険な状態になってから思い出すもので、重要なのは石の〈遊び方〉だけであり、そしてそれを一瞬で悟ってしまうのが悪ガキの悪ガキたるゆえんである!


 レジェンは石を回すのをやめ、ひっつかんで立ち上がると、こう言い放った。


 「あれ? クオレの靴は鉛でできてるんじゃなかったっけ」


 それはまぎれもなく真実の石だった―――レジェンの言葉に反応して、石はきらりと青い輝きを放ってきらめいた、とたんにあたしの靴が急に重くなった! レジェンを追いかけようとして立ち上がりかけて、なのに足を前に出せなくってつんのめる。テーブルにしたたか顔をぶっつけてしまった。


 「レジェンっ!」


 「ごめんごめん、でも、なぁるほど、よくできてるなぁ。おもしろいおもしろい」


 「おもしろくないっ!」


 あたしが顔を上げてそう叫んだときには、レジェンはもう壁掛けから帽子とガンベルトをひっぺがしていた。彼はもう、新しいオモチャで遊びたくって試したくって、見境がつかない状態になっていた。何しろビールのお代わりを頼んだことを忘れてしまっているくらいなのだ。


 「そんな怖い顔すんなって。せっかくだからさ、ちょっと使わせてくれよ―――」


 「破滅が来ちゃうのよ、ホントなのよ!」


 「だーいじょーぶ、心配すんなって!」


 真実の石をまた指の上で回しながら、レジェンが扉を開けて店を飛び出していこうとした、そのときだ。




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 レジェンが扉のノブに手を掛けるより速く、からからと鈴が鳴って、逆に外側から扉が開いた。扉の外には、大勢の男たちがいた。ほとんど全員が武装している―――明らかに招かれざるよそもので、ここに食事をしに来たっていう風体じゃなかった。


 先頭で入ってきた、立派な革鎧を身につけた、背の高い厳つい顔立ちの青年が、大将格らしかった。鼻の下のひげを撫で、唇の端に薄笑いを貼り付けたまま、店の中をぐるりと見回した。田舎の古びたはやらぬ酒場が、たいそうな美術品にでも見えているかのようだった。


 ぐるり回った視線は、小柄なレジェンのところで止まった。レジェンはすばやく、気づかれぬように真実の石を背後へ隠した。青年の薄笑いが解け、一瞬ふたりはにらみ合ったようだったが、青年はふん、とひとつ鼻を鳴らしただけだった。気にも介さず、店の中へさらに一歩踏み込み、カウンターの中のイナに声をかけた。「少々ものを訊ね―――」


 レジェンは、すこぶる渋い顔で眉をひそめ、視線だけ青年を追った―――次の瞬間、ぱっと明るい顔になって、指をぱちんと鳴らした。青年の声を遮り、イナに叫ぶ。


 「イナ! 団体客だぜ! とびきり上等の食事がしたいってさ!」真実の石がきらりきらめいた。


 するとどうだ―――大将格の男は話すのをやめてしまい、男たちは店にどやどやと入ってきて、そのままどやどやと各自テーブルについていくではないか。すかさずイナが今日のメニューを渡すと、男たちはてんでに注文を始めた。


 ……あたしがあぜんと見ているうちに、もちろんレジェンは通りへと消え―――る前に、ひょいと店の中に顔だけ戻して、「ごめんごめん、クオレの靴やっぱり革だよ。じゃな!」あたしはやっと動けるようになった。でもあたしがそれを確かめたときには、やっぱりレジェンはもういなかった。


 「クオレ! 手伝っとくれ!」


 ばあちゃんの声にあたしは我に返った。確かにこの人数ではばあちゃんひとりでは手が足りない。そもそも、昼間のこの店でこんなに人を見るのは初めてだ。あたしはローブを脱いで、エプロンをつけて、慣れない手つきで即席のウェイトレスにならざるをえず、―――下卑た兵のひとりに尻を触られたりもした! みんなみんな、レジェンのせいだ!


 マーディアス閣下と呼ばれている大将格の青年、兵が八人……あと、マーディアスの参謀的存在らしい、トウラという名の老人がひとりいて、半分かた歯の抜けた口でパスタをすすりこんでいた。彼だけは武装していない。杖をつき深緑のローブをまとう姿は、見るからに魔法使いだ。


 マーディアスの身なりはめっぽういい。気取ったひげといい整った髪型といい、軍人の人形を見ているみたいだ。しかも、このほとんど砂漠のような土地で、あまり砂で汚れていない。誰かに砂を払わせているのか、魔法で守られているのか、ともかく汚れるのを好まないようだった。


 胸を鮮やかに彩る緋色の革鎧は、なかなか凝った作りだけれど、最新式の銃にかかっては紙同然であると、ひとめで見て取れた。八人の部下も、五人ほどは銃を構えているがどれも旧式のもので、残りは段平だんびらをぶら下げている―――つまるところ、銃に対応できない古くさい家柄のお貴族様の団体と見受けられた。


 そして、都会に生きる魔法使いは、そういう貴族の屋敷に寄宿していることがままある。トウラはそのひとりなのだろう。




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 やがて男たちは食事を終えた。満腹して満足そうな顔が並んだ。我に返ったのは、彼らがでなくなった瞬間―――すなわち、イナにすべての勘定を支払った後だった。


 受け取ったお釣りのコインを握りしめて、マーディアスがつぶやいた。


 「……なにをしているのだ、我々は」


 「これはしたり」トウラが言った。「どうやら魔法にかどわかされていたようでございます、閣下」


 「なんと、とすると……」


 「十人もの人間を操る力は並みではない。ここらにそれほどの魔力を操る者がおるとも思えませぬ」


 トウラが顎に手を当てて深く考えながら言った。


 「目星をつけましたとおり、この土地に真実の石があるとみて間違いないでしょう。あるいは、先ほどすれ違った若者が持っていたのやもしれませぬ」


 「そうか……でかしたぞ、トウラ。それがわかったなら、この程度の出費は惜しくはないな。はっはっは」


 マーディアスは頬をゆるめた。


 ……やっぱり、あれが目的なのか。真実の石を手に入れて、何か願いを叶えてもらうつもりなのだ。どんな願いかは知らないけれど、こんな廃墟寸前の町まで何人も引き連れてくるくらいだから、靴を鉛に変えるだけではすまないだろう。マーディアスの頬のゆるめ方は、子供がバッタの羽をもぎ取るときのそれと同じで、あたしは少しずつ不安になってきていた。レジェンが眉をひそめたのも、よそものというだけでなく、同じものを感じ取ったからに違いなかった。


 隣町から来る行商人に、噂を聞いたことがある―――魔法使いの一族や、あるいは魔石の売買に携わる貴族が、同盟を組んで真実の石探索をおこなっているそうな。目的はすなわち、凋落著しい魔法文化の復興。貴魔石の起こす奇跡の能力を神のように祭り上げて、魔法から離れて科学へ向かう人心を取り戻そうとしているのだ。閉山を見届けてきたあたしには、そんな未来は想像だにできないけれど、どうやら彼らはそれを信ずる一派のようだ。


 とと、そんなことを考えてる場合じゃない。


 トウラの視線が、さっきから一点を見つめて動かない。見ている場所は、研究室だ。……気づかれて、いる。


 もちろん研究室には、魔法のための道具が雑然と出しっぱなしにしてある。魔法事典も、真実の石のページを開いたままだ。


 トウラは、マーディアスにそっと耳打ちして、自分はさっさと店を出た。外で煙草を吸い始めたようだ。


 一方それを聞いたマーディアスは、あたしに一歩二歩と詰め寄ってきた。


 「なるほど、貴様はウェイトレスなどではなく、魔法使いというわけだな?」


 何を訊かれるかはあらかた読めていたのに、いざ迫られると脚が震えてきた。震えながら後ずさった。ぎくりと凍りついた表情は、ごまかしようもなかった。「あは、は、は、そうみたいです……」


 マーディアスはさらに迫ってきた。あたしの背中が、とんと店の壁についた。彼はあたしの頭上に手をつき、覆い被さるようにして、言った。


 「私は真実の石を捜しているのだ」眼光鋭かった。「おまえが、持っているのか?」


 あたしは体中をこわばらせながら、首だけをぶるぶると横に振った。


 「私は真実の石を手に入れねばならん、手に入れるまでは都に帰らぬ誓いを立てた。手がかりを求めて世界中を旅し、ついにこの辺境に魔力の動きありと調べをつけて駆けつけたのだ。……嘘をつくとためにならんぞ。ほんとうに貴様が持ってはおらんのだな?」


 あたしは体中をこわばらせながら、首だけをこくりこくりと縦に振った。


 「では、さっきの若者が真実の石を持っていたのか? 魔法使いが何も知らんとは言わせぬぞ」


 あたしは体をこわばらせた。今度は首すら、動かなかった。


 彼の頭の中には、真実の石のことしかないらしかった。長きに渡り探し求めたあらゆる願いを聞き届ける霊験の石を、いよいよ見つけたという歪んだ期待感が、表情を歪ませ、鬼気迫るものにしていた。彼は破滅など怖れていなかった。いや、こんなにも真実の石を信じて探し続けた自分に、破滅などもたらされるわけがないと思っているらしかった。……その表情のはしばしを見るにつけ、怖くてたまらなかった。


 「さぁ言え、真実の石は、どこだ?!」


 「さ、さ、さぁ、どこでしょうか……」


 真実の石なんて知らないとはっきり言えればそれが早いのに、態度がそう言ってないんだって、自分でもよくわかる。こういうとき、レジェンなら、顔色ひとつ変えずに「あ、いま庭に蒔いてきた」とか「あれイケるんだよな、マヨネーズつけると」とか言ってのけるに違いないのだ―――つくづくうらやましい!


 「知っているんだな」


 背の高い貴族に、上からさらに顔を近づけられて。


 「はい……」


 あたしは、観念せざるをえなかった。

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