-25- ~ -26- (エピローグ)
- 25 -
しばらく経ったある日、あたしのもとへ一通の郵便が届けられた。差出人は、トウラだった。
挨拶文や謝罪文の後に続いて書かれていたのは、真実の石が手に入らず残念至極、魔石の枯渇は変わらず深刻で、魔法文化の未来はなお暗い、といった愚痴だった。
今回の一件について、トウラは、すべてを隠蔽することにしたそうだ。むくろ同然の姿で戻った雇い主に、さらに恥を塗ることはないと、部下たちにも重々言い含めたらしい。だが、彼が失敗したことだけは広く話が伝わり、真実の石探索熱は一気に冷めてしまったという。どうやらトウラも他の魔法使いも、いや、魔法の歴史そのものが、真実の石は複数存在しうること、望めばいくらでも分割できる存在であることに、まったく気づいていないらしかった。
それはそうだろう。真実の石を手にした者は、その力が自分以外の者の手に渡るなど決して望まないだろうし、真実の石を知る者は、真実がふたつあっては困るから、そんなことはありえないのだと誰もが思い込みたがる。
無限の魔力を持つ真実の石をうまく使えば、魔法の復興などすぐになされるだろうと想像はできたが、あたしはすべてを胸のうちに秘めることにした。
そんな魔法談義の後に、本題があった。
マーディアスの実家が、彼の散財がもとで、ついに破産したこと。したがって、トウラが解雇されたこと。どうにか次の奉公先を見つけたものの、そこは彼の高齢を難渋しているらしいのだ。後継者を育成すること、が、採用に際して彼に課された条件だった。しかし都会では、もはや魔法使いになりたいと望む子供はいない。みんな銃を構える兵隊にあこがれている。そこでトウラはあたしに白羽の矢を立てた。……先だっての非礼は重々謝罪する、都に来て、魔法の研究をしないか、と。
あたしはその手紙を、黙ってレジェンに見せた。
読んだ後、レジェンは言った。
「オレ、明日から風呂に入るのやめるわ」
「……?」
「そうしたら、都までニオイが届くだろ」
「バカ!」
あんまりな言いように、あたしはレジェンをひっぱたいて、……そうして、旅立つことに決めた。
- 26-
閉山のあおりで、鉄道の敷設は隣町までで途切れていた。あたしたちの町の方へ、大きなバッテンを描いた車止め。逆方向、荒野のはるか先へ、細いレールが伸びている。
よそゆきの服に身を固めて、あたしは駅のホームに立った。リボンのついたカンカン帽に、大きな革鞄。きっとアンバランスで、似合っていないんだろうけど、そんな背伸びを、今はしなきゃいけないような気がしていた。
レジェンを先頭に、町のみんなが、見送りに来てくれた。花束はなかったけれど、このあたりにしか生えない小さなサボテンの種苗をせんべつにもらって、あたしは列車に乗り込んだ。
汽笛が鳴り響き、出発を告げた。
汽車の動輪が、がしゅ、がしゅと重たげに音を立てて回り出す。小さなキティとラディが、ホームを飛び降りて競走を始めた。レジェンも一緒になって走り出す。大きく両手を振りながら、おさなごふたりを追い抜いていく。
あたしは、車窓から、見えなくなるまでレジェンに手を振り返していた。見えなくなって、腰を落とした。開業直後の物珍しさが消えた列車に乗客は閑散としていて、コンパートメントにはあたしひとりしかいなかった。
レジェンの嘘を喜び、レジェンの破滅を心から怖れたあたしが、いま、レジェンの居場所から去っていく。あたしはきっと、あの町に二度と戻らないだろう。ふるさとを捨てたひとりの若者に、成り下がる。
駅も町も荒野の向こうに消えてしまったあと、もうひとつのせんべつ、レジェンにもらった真実の石をポケットから取り出して、窓際の小さな卓に、サボテンの鉢といっしょに並べた。
陽光を瑠璃色に乱反射する真実の石を透して、モザイクに刻まれた外の荒野をじっと見つめ続けた。
レジェンが、町のみんなが、世界中の人たちが、ずっとずっと幸せでありますようにと、あたしは小さな声でつぶやいた。
真実の石には、決して、手を触れることなく。
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