嘘つきレジェン Sequel (後日談)

(テキストレボリューションアンソロジー向けに書き下ろした、短い後日談です。

 「嘘つきレジェン」本編を読了の上ご覧ください。)




 あれから一〇年が過ぎた。


 トウラ先生は世を去った。魔法の復興はなされぬまま、無念の最期を、私が看取った。マーディアスは、今なお命だけは長らえていると聞いている。周囲の人々が、彼がもはや無意味な言葉を撒き散らすだけの不死の骸であると気づくのは、いつのことだろう。


 魔石の枯渇はいよいよ激しく、私も魔女として名を成すことはもうあきらめていた。けれどトウラ先生に学んだ多くの知識は、何にも替え難い財産だ。都のはずれの小さな学校で理科の教師をして、たつきを得る日々に変わっていた。


 いかなる虚言妄言も真実に変える奇跡の貴魔石、〈真実の石〉はまだ私の手元にあり、理科教官室の窓際、サボテンの鉢植えの隣で光を放つ。たぶん誰もが、私のお気に入りのオブジェか何かだと思っている。



 都には、軍靴の音が響いていた。隣国との戦争が始まって一年が経つ。報道が統制されて正確な戦況は知る由もないが、形勢はいかにも悪い。不急の品だけ、という約束で始まった配給制度は、来月から対象品目に日々の食品が加わるという。すべては軍のため、勝利のためだそうである。


 前線では敗走と撤退を重ねており、都が総攻撃を受ける日も近いとの噂だ。……噂も何も、私の勤める学校は、軍の命令で休校が早々に決まった。命令を伝えた将校は、来るべき首都決戦のため兵站の拠点に造り替えるのだと、休校が軍にもたらす利益だけを、腕を振り上げながらまくし立てていた。失われる教育は、損失のうちに入らぬらしい。



 悪化する状況を鑑みて、私はある決意を固めた。そして、休校騒ぎの渦中で知り合った士官を通じて、国王への謁見を願い出た。


 実のところ私はその士官といい仲になっていて、縁談すら持ち上がっていて―――しかし魔女の出自が知れて破談となっていた。古来、軍人と魔法使いは相性が悪いのである。


 私のした決意とはおよそ、そんな理不尽な体制や慣習に対する意趣返し、私怨であるとご承知願いたい。……故郷を捨てた孤独な私には釣り合わぬ、人柄も家柄も傑れた人だった。彼以上の相手など、もう生涯望めないのだ。






 謁見にあたり、私はあらかじめこう申し出ていた。王族のみに使える魔法がある、その知見について、陛下に直接お伝えしたいのだ、と。


 こう言えば、当の王族以外は真偽を確認できないから、臣下の誰ぞにあしらわれずにすむ。魔法閣僚の地位はマーディアスの家の没落以降ずっと空席で、魔法に詳しい者は城内にもういないから、なおさらだ。


 だから、


 「余はそんな話、聞いたこともないぞ!」


 謁見当日、通り一遍の挨拶もそこそこに、玉座におわす国王は、口角から唾を飛ばしてわめき散らした。


 「トウラの弟子というから話は聞くが、余をたばかっているのではあるまいな!」


 「さすがは陛下ご明察、たばかりましてございます。王族のみが使える魔法などございません」


 いけしゃあしゃあと、人を食った話し方。誰かさんの真似みたいだけど、私もずいぶん上手になった。どんな食わせものか詐欺師かと、猜疑心に満ちていた国王の目はたちどころに丸くなり、そこへ私は言葉を重ねた。


 「しかしながら、たばかってまでもお目通りを望んだのは、この国難を救う魔法の秘宝を、偉大な陛下に手ずからお渡しするためでございます」


 「……なんだと? 秘宝?」


 頭は冷えている。周囲の状況がよく見える。


 ここは謁見の間だ。太い柱、掲げられた肖像画や彫刻、吊り下がったシャンデリア、それらを高い窓から明るく差し込む陽光が照らし出し、なんとも壮麗だ。


 大扉から入り、磨き上げられた石の床、奥の高みに玉座。その手前に敷かれた羅紗の絨毯に、肩や胸の露出が多めのドレスでめかし込んで、私は立っていた。国王はむろん、両側にずらりと居並ぶお偉方や衛兵、王の背後に控える小姓たちからも、珍しいのは女か魔法使いか、遠慮のない詮索の視線がじろじろ投げかけられた。


 国王を間近で見たのは初めてだが、一目見て余裕のなさが知れるのはいかがなものか。王錫を振ったりいじったり、膝をかくかく貧乏揺すりまでして、壮麗な空間からそこだけぽっかり何かが欠けていた。負け戦目前ともなれば、いたしかたないのか。


 ひとつ深呼吸をした後、私はそれ・・をおもむろに懐から取り出し、あらかじめ用意させた一脚の小机の上に置いた。陽光を乱反射して、瑠璃色の光を放つそれは―――。


 「これは〈真実の石〉です」


 国王を始め、並んでいたお偉方のあちこちから、驚嘆のうめき声が挙がった。何人かきょとんとしているのは、魔法を知らぬ若い世代だろう。


 「かつてマーディアスが探していた貴魔石か! 本当にあったのか!」


 立ち上がる国王に見せつけるように、少しばかりしなを作ってみせながら、私は石に触れて言った。


 「ここに上等なワインがあるはずなのだけれど。陛下と飲み交わしたいわ」


 すると真実の石はきらりきらめいて、何もなかったその場に突然ワインの瓶が現れた。グラスもふたつ。……おや、気が利かないこと。


 「栓抜き!」


 石が再びきらりきらめいて、コルク抜きがころりと机上に転がった。どよめきを増す衆目の前で、私はワインの栓を抜くと、グラスに注いで国王に差し出した。


 手を伸ばしかけて、……ぶるると体を震わせた後、国王は手近な小姓に命じてグラスを受け取らせた。小姓も震えながら、一口毒味して、それから国王へ。


 「……うまい」


 ワインの味が震えを抑え、国王は、すとんと腰を落とした。


 「なぜそなたは、これを余に譲ると……?」


 「国難を見過ごしておけぬと、思い至ったからにございます」私は粛々と頭を垂れた。「ご存じの通り、己の器に収まらぬ分不相応な欲を伝えると、石は破滅をもたらします。私は破滅したくありませんし、他の誰も破滅させたくなかった。ですから、これまで秘しておりました。


 そして戦争とは国と国のいさかい。国とは人が集まって成り立つものゆえ、個人の器には決して収まらぬと心得ます。私が石に戦争をなくしてくれと望んでも、真実にはならぬでしょう。


 もしも真実にできるとすれば、国を統べる陛下をおいてほかにありません。陛下ならば、戦を勝利へ導き、平らかな世を成せると衷心より信じますれば、この秘宝を陛下に捧げ、お任せすると決めたのです」


 私は、机ごと捧げ持って、玉座に在る国王が手に取れる位置へ、石を差し出した。


 「ゆめゆめ、他の者に下されませぬよう。我欲に使われてはことですから」


 「う……うむ……」


 国王は、おっかなびっくり、真実の石を手に取った。何度もためつすがめつしてから、震える声で、言葉をかけた。


 「こ、ここに、金を。す、少しでよいぞ」


 石がきらりきらめき、ちゃりんと、金貨がその場に転がり落ちた。国王は目を見張った。


 「も、もうよい。金貨よ、消えよ」


 石がきらりきらめき、金貨は消えた。石の力を理解した王の表情は、みるみるうちに歪んだ歓喜に満たされていった。これさえあればもう何とでもなる。思い通り振舞える。煩わしいものは消してしまえばよい……。


 「だが、その」国王は、はっと我に返って言った。「余の、器、とは、その、具体的に、どんなものだ。たとえば今の金貨なら、どれくらいまで余は出せるのだ」


 「私ごときにどうして陛下の器が計れましょうか!」私は手を広げて大仰に答えた。「それはいかにあっても、陛下ご自身でお考えになることです。私からお指図など、畏れ多くございます。……後はよしなに。ごきげんよう」


 さぁ、もう用はない。深々と礼をして、私は踵を返した。


 「ま、待て、も少しここにおれ」国王はすがりつくような声を挙げた。「そうだ、褒美を取らせよう。望みのものを言え、どんなものでも、石がかなえてくれようからな」


 「報酬も名誉もいりません、陛下。……それに、石が出したものに褒美の価値がございましょうか?」


 わずかに顔だけ振り返って、私は答えた。


 「まっとうに為せば成ることは、為さいませ。では、ご自愛を」





 呆然とする一同を尻目に、早足に謁見の間を退出しかけたところで、背後で騒ぎが起こった。おおかた、欲に駆られた小姓の誰かが、真実の石を奪おうと王に飛びかかったのだろう。


 臣下のひとりが私を指して、その者を帰すな! 捕らえよ! と叫んだ。私は懐に手を入れた。中で真実の石が・・・・・きらりきらめいた・・・・・・・・。追手の手も、矢も、投網も、私に触れることさえできなかった。


 この場で私だけが知ること。真実の石は、望めばいくつにでも分割できる。私は初めから、真実の石を二つ持っていた。


 もっとも、いま手元にある石は、私が分割したものではない。おそらくはかつてレジェンが分割し、マーディアスを破滅させて去ったもう一つが、私が教官室の窓際に飾っていた石の隣に、寄り添うように忽然と現れたのだ。


 それは、魔女を理由にあの人から別れを告げられた日、私が泣き悶えて、石を握り、にらみつけ、口からこぼれだしそうになる願いや祈りの言葉をこらえて、投げ捨て、また泣き悶えて、何度も繰り返した果てに、泣き疲れて眠った後の朝のことだった。



 王城を出て、私は空を見上げた。遠方では今なお砲火を交えているとは信じられない、抜けるように青いさわやかな空だった。


 城内はまだ騒がしい。石が誰かを破滅させて消えるまで続く内輪もめの間に、誰がどれほど醜態をさらし、どれほどの人間関係が壊れるだろうか。それを王が収拾し裁ければよし、しかしおそらくは、首都決戦するまでもなく、この国に降伏以外の選択肢は残るまい。


 王の首がどうなるかは知らないが、人々や兵卒や、一度は惚れたあの士官も、これ以上難儀しないですむといいな。


 さて、これからどうしようか。


 ―――ふっと故郷を思った。レジェンに会いに、帰ってみようか。


 やめておこう。王家が私に追手を出したりしたら、ことだ。


 それよりは、レジェンになろう、と、私は思った。


 石の力で顔かたちを変えて。鉤鼻の老婆になって。森の中の一軒家。迷い込んだ者を、からかったり脅したり、そしていつか、勇気ある子供に焼かれて死ぬ。


 あぁ。それは私にとてもふさわしい、希望の未来とさえ思えてくるのだ。

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