嘘つきレジェン

DA☆

-1- ~ -4-

- 1 -


 レジェンの嘘は他愛ない。


 誰が聞いても嘘だから、誰もとがめない。本人もへらへらしている。


 「リンゴの苗に、肥料の代わりに毎日小麦粉と砂糖をやっていたらアップルパイがったんだ」……イナばあちゃんの酒場にいつも居座って、そんな話を飽きもせずしゃべっている。


 こんな奴が町の若き優秀なる保安官殿だってんだから、まったく平和この上ない! まだにきび跡の残るつらがまえで(それでもあたしよか年上だ)、そんなことばかり言っているから、町の人にはガキ大将に毛が生えた程度の扱いしか受けていないけれども。


 それでも、レジェンの他愛ない嘘が、あたしは好きだった。あたしに限らず、町中のみんなの、ま、ちょっとした娯楽というやつだ。保安官事務所とイナの酒場、隣同士の二軒だけが、荒野の真ん中のさびれたこの町で、数少ないにぎわいの場になっている。


 イナばあちゃんがすかさず、「こりゃ驚いた、オーブンはどこに生ってたんだい?」と混ぜっ返せば、酒場には笑いが満ち、杯も重なろうというものだ。




- 2 -


 ここは、かつて魔法が栄えた時代に、魔石の採掘で潤った町だ。


 魔法に必要なエネルギーを強く多く秘める石を、あたしたち魔法使いは特に〈魔石〉と呼んでいる。多くは、薄青く透き通る、水晶に似た物性の鉱物として産出される。


 魔法を行使し、秘めたエネルギーを使い切ると、魔石は砂になって消える。魔法を使う者は次から次に魔石を買い足していかなければならないから需要は常にあり、魔法が栄えれば栄えるほどにその値段は高騰した。魔石の採掘は、いちばん安定してしかも儲かる仕事、のはずだった。


 しかし、今はもうさっぱり採れないのだ。この町だけの話ではない。世界中どこへ行っても魔石の枯渇が進み、そのため魔法を使う人はめっきり減ってしまった。一方で科学や銃器が急速に進歩し、石炭や硝石が魔石に取って替わり、時代の主役の交代を告げつつあった。


 採掘場が閉じたのは、十年前のことになる。たくさんいた山師や魔法使いはことごとく町を去り、都会や炭山へと移り住んだ。今はもう、やせて乾いた岩と砂ばかりの土地に、農家がいくらかあるだけの集落となって、目抜き通りに人影はほとんどない。


 あたしは、寂れゆく歴史を幼い目に映しながら育って、それでも魔法が好きだった。この町に残り続ける唯一の魔女……それが、十年経ってそれなりに成長したクオレという小娘、つまりあたしの肩書きになった。


 採掘場の跡地には、売り物にはならなくても、魔石の原石が探せばまだ残っている。鍋釜を直したり、医者のまねごとをしたり、町からいなくなった職業の代わりを魔法でやりくりする何でも屋をして、それでいくばくかお金をもらって生計を立てていた。


 実のところ、仕事はわずかだった。魔法なんかに頼らなくたって人の暮らしはなんとかなるのだ。生きていけるのは町のみんなのお情けだと自覚していた。そこから逃れる方法は知らなかったし、探す気もなかった。


 ありあまる暇な時間を、あたしは魔法の研究にあてた。もちろん、拾える魔石はクズばかりで、研究といったってたいした内容ではなかったけれど、好きな魔法にいつも触れていられるその生活にあたしは満足していた。……満足なフリを、していた。




- 3 -


 自分の家が町はずれで、誰彼と訪ねてくるには不便なので、イナの許しを得て、店の隅の薄っ暗がりの丸テーブルを、指定席にさせてもらっている。町の人もみなそれを承知していて、魔法が必要になれば、あたしの家でなくイナの店にやってくる。


 卓は〈クオレの研究室〉と呼ばれている。何しろそうそうお呼びはかからなくて、あたしが一日じゅう居座って研究に没頭しているからだ。黒いローブを着た女が、メガネを光らせながら日がな怪しげな呪文を唱えている、という図が酒場にあるのはどうかと思うが、イナは寛容だ。


 その日はとりわけ暑かった。この町の天気といえば、そよとも風の吹かないかんかん照りか、道が泥河に変わるような大雨のどちらかで、その日はかんかん照りの方だった。そのくせ、空気には粘り気があって、ひどく蒸した。イナがぱたぱたやっている扇子だけが、町の中の空気を動かしているようだった。


 あたしは、魔石をいくばくかと文献・実験材料をごちゃごちゃと研究室に持ち込んで、実験にいそしんでいた。とはいえ部屋の中にいてもうだるほどの暑さだったので、午前中の大半は、少しでも首筋に風が通るように髪を三つに編むのと、気の抜けたソーダをなめるのに費やされた。少しだけやった実験も、汗でずり落ちてくるメガネの位置を直しながらの作業だった。


 昼前になって、店の扉の鈴がからから鳴った。レジェンだ。つば広の帽子と銃を差していないガンベルトを壁にひっかけ、イナに冷えたビールを注文して、大あくびをしながら研究室にやってきた。


 「ゥオはよゥ、クオレ」


 ひしゃげた小熊みたいな声で挨拶のようなことをして、レジェンはあたしの差し向かいの椅子を大きな音を立てながら引き、どっかと座り込んだ。座ったとたんに、また大あくびをする。ベストにしがみついている保安官バッジは、相変わらず所在なさげだ。


 「もう昼よ」


 「おてんとさんの方が早起きすぎんだよ……こないだ『早起きは三文の得』って言葉を教えてやったら毎日あの調子だ、たまんねぇよ」


 いつもの調子で嘘を飛ばしてくるレジェンのもとへ、イナばあちゃんが盆にビールを乗せて持ってきた。


 「おやおや、おてんとさんが三文得してどうするんだい?」


 「こないだポーカーで身ぐるみはいでやったから、小銭でも大金なのさ」


 「またイカサマして! 悪い奴だよ、保安官のくせに賭け事なんてさ!」


 その保安官に起き抜けに酒を飲ますのはかまわないんだろうか。レジェンったら、真昼だってのにうまそうにビールを飲み、泡のひげなどつけている。もっとも、レジェンを始めとする町のうわばみどものために、魔法式の冷蔵庫を作ってあげたのはあたしだから、同罪かもしれない。




- 4 -


 ほろ酔い加減になってきた頃、レジェンはポケットをごそごそやりだした。


 「あのさぁ、クオレ。これ見てほしいんだけど」


 レジェンが取り出したのは、手のひらに余るくらいの大きさの、丸い魔石だった。丸いも何も、完全な球だった。磨き上げられて青く透き通り、しかし内部は光が乱反射するようになっていて、卓上のランプの輝きを受けて、危うげな瑠璃色の光を放っていた。ため息が出るくらい美しく、艶めいた品で、その中に引き込まれるかのような錯覚があった。


 むろんこんなきちんと仕上げられた石が、自然に掘り出されるわけがない。……目を丸くしてためつすがめつする一方で、あたしはこの石をどこかで見たような気がした。


 「魔石っぽいんだけど、これ、なんだかわかる?」レジェンが言った。


 「さぁ……実用じゃなくて、工芸品じゃないかしら……こんなりっぱな魔石、どこで手に入れたの」


 「事務所ウチのさぁ、落とし物入れにいつの間にか入ってたんだよ。キティかラディが、おれの巡邏中に持ってきて放り込んでったんだと思うけど、よくわかんねーの」


 「見るからに魔石よ……? キティもラディもまだ八つだけど、魔石はあたしんとこに持ってくるって分別くらい、ついてるわよ」


 「だよな。……だからよくわかんねーんだ。誰が置いてったんだか。こんなきれーなヤツをさ」


 言いながらレジェンは、ビールの残りをぐいと飲み干し、空になったジョッキとその石とで、ひょいひょいとジャグリングを始めた。……大きさもかたちも違うものでジャグリングするのはとても難しい。レジェンはあたしと違って、口がうまいだけじゃなくってめっぽう器用だ。自分の手先がとびきりの不器用なもので、ときおり、ねたましくなる。


 レジェンの手の中でくるくる回る青い石。いくつにも増えたような錯覚を感じながら、あたしはそれを見つめた。さてはてここな青い石、確かにどこかで見たことがあるのだ、どこだろう……。


 レジェンはジャグリングをやめた。左手のジョッキを、カウンターにつきだし「ばあちゃん、もう一杯」、右手に握った石をあたしに向かってつきだし「それで、たとえばさぁ」今度は人差し指の腹に立てて独楽こまのように回してみせて、それから言った。


 「こいつは実は、おれの言う嘘を何でもかんでも本当にしちまう、不思議な不思議な魔法の石だ! な~んてことはないもんかね?」


 聞いた瞬間、背筋がびくん! と伸び上がった。思い出した。あたしがそれを見た場所、それは、魔法事典の中の挿し絵だ。


 「レジェン、今、嘘を言ったつもり……?」


 「ん? どうして?」


 あたしは持ち込んだ文献をひっくり返してあさり、一冊の魔法事典をめくってめくって、ある項目に指を突きつけた。


 「それは、あなたが言ったとおりのものよ!」

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