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- 13 -


 しばらく時間が経った。あたしは押し黙ったままだった。


 「いつまでかかる、トウラ!」


 マーディアスの怒鳴り声が響いてきた。


 「時間切れのようだ」トウラはため息をついて言った。「こういう魔法の使い方は主義に反するが、やむをえん。申し訳ないが、お嬢さんの記憶を少々お借りするよ」


 トウラはやおら立ち上がると、あたしの手をつかんだ。そしてつかむのと逆の手に小さな魔石をかざし、呪文を唱え始めた。他人の記憶を読みとる魔法だった。あたしはその手をふりほどこうとしたけれど、骨張った手に込められた力は、思ったよりもずっと強かった。


 やがて魔法の効果が、光の輪となってあたしの腕を上ってきた。この輪が頭にまで達してしまったら、記憶をいいように奪われてしまう……あたしにそれを防ぐだけの力量はなかった。光の輪が首まで達し、なんだか息苦しくなってくる。このまま、あたしの脳味噌から、レジェンの記憶が出ていってしまうんだろうか……。


 救いの手をもたらしたのは、それは、たぶん、レジェンだった。


 すっと、辺りが暗くなったのだ。雲がかかったかと思えば、さにあらず。空を見上げると、巨大な円形の何かが空を覆っていた。白っぽいが、雲ではない。円の中心からは細い棒が八方に向かって飛び出し、その棒と棒の間に布が張ってある。布ごしの日差しが、うすらぼんやりと地面に届く。布にはところどころ穴が空いていて、そこからは変わらぬ暑い日差しが光線となって地に降り注いでいる……。


 これは傘だ。ばかでかいパラソルが、町を覆い尽くしたのだ。……レジェンのしわざに、決まってる!


 「なんと、これは……」


 トウラは目を剥いて空を見上げた。光の輪は、意識の集中がとぎれたせいか途中で止まってしまい、腕をつかむ力も緩んで、その隙にあたしは手を振りほどいた。


 「ふむふむ、なるほど……」


 トウラはなぜだか感心して、あごに手を当て、幾度かうなずいていた。


 悠然と大地に突き立って日光を遮り、町をそっくり日陰にした、パラソル。柄が突き立っているのは、採掘場だろうか。その柄も、見た目にはとても細く見えるけれど、遠目で見るからそう思うだけで……目の前まで行ったら、ひとかかえもふたかかえもある、古代の神殿のような極太の柱であろうことは確実だった。まったく、レジェンのやることなすことには神様もあきれていることだろう。




- 14 -


 巨大パラソルにうろたえたのは魔法使いだけじゃなかった。どすどすと砂を踏む音がして、せっぱつまった表情で現れたのは、むろんマーディアスだ。


 マーディアスは、あのパラソルが、破滅をもたらすレベルのもの───つまり、真実の石が姿を隠してしまう結果につながると思ったのだ。彼にとって、それだけはあってはならないことだった。


 「これはいったいなんだ?! 真実の石にもしものことがあったらどうするつもりだ!」


 くってかかるマーディアス。トウラはあごに手を当てたままで、例によって彼をなだめる口調で言った。


 「いえ閣下、これは、ものは大きいが、決して破滅をもたらすものではありません」


 だが、さすがに目の前にこんなばかでかいものが居座っては、なだまるものもなだまらないのだった。


 「なぜそんなに安穏としていられる! 狂王が月を手に乗せようとしたことと、このばかでかい傘と、どう違うというのだ!」


 「月は現実にありますが、あのような傘は現実にはございません。そこが違います」


 「ではあの傘はいったいなんなんだ!」


 あたしは、ふたりのやりとりから、あとずさりして間を取った。耳をふさいだけど、それを通してもマーディアスの怒鳴り声は伝わってきた。彼の言葉が、次第に思慮のない支離滅裂なものになっていくのがわかる。こんなにあからさまに、怒りの感情を表に出す人を、あたしは久しく見ていない。


 怒鳴るマーディアスを後目しりめに、悠然とあったパラソルは、現れたと同じように唐突に、わずかに霞みがかったかと思うと、すぅっと姿を消した。……レジェンのことだから、飽きたのかもしれない。だがそうして真実の石をもてあそぶことは、マーディアスの怒りの火になお油を注いだ。


 「まただ! まただ! ヤツめ今すぐ引き裂いてやる! 今すぐここに連れてこい!」


 「その持ち主の居所がわからぬかぎりは、焦ってもしょうがありますまい」


 「急げと言っているんだ! わからんのか!」


 らちが明かないと思ったのか、マーディアスは突然今度はあたしに向き直り、突進してきて胸元をひっつかみ、口角泡を飛ばした。


 「貴様がさっさとそいつを連れてくればこんなことにはならなかった! 今すぐヤツを連れてこい! イマスグニダ!」


 トウラはなぜこんな人間に従っていられるのだろう? それが魔法使いの末路というものなのだろうか? 閉山のときに繰り返された大人たちの怒鳴り合い、罵り合い、揉み合い、忘れていた不快な記憶がなぜだか心によみがえってきて、あたしは固く目を閉じ、耳を押さえた。つばきと怒声が飛び交う空間に、頭から吸い込まれてしまいそうな気がした。


 けれどマーディアスは、耳を押さえる手を引き剥がして、声をねじこむように怒鳴った。


 「キイテイルノカ!」


 負の感情が心に容赦なく触れてくる。あたしは恐怖に侵されて、身を固くした。今すぐここから、逃げ出したかった。


 逃げ出したいと、はっきり心に思ったとき、


 あたしの目の前が一瞬暗くなって、体が急に軽くなって、ほんとうにあたしはその場所から姿を消した。……次に見たのは、レジェンの顔だった。




- 15 -


 「よ」


 「レジェン……」


 「クオレ、知恵貸してくれよ。どうにかならんかな、この暑さ。……どったの?」


 飛び交う虫の羽音に重なって、のどかな声が聞こえた。


 あたしは日なたに立っていて、レジェンは日かげに座り込んでいた。


 単純なるレジェンは、帽子を取って、汗を拭った。今しがた飲んだビールが、もう汗に変わってしまったらしかった。


 彼は、今日の暑さに対してひたすら悩み続けていたのだ。彼はただほんとうに知恵を貸して欲しくて、クオレ、そこにいるんだろと、真実の石に伝えた。あたしの心の声が聞こえたとかそういうんではなく、タイミングが良かっただけだ。


 それでも、あたしの目から、涙がぽろりとこぼれ落ちた。


 そこは、採掘場跡への入り口だった。鉱夫の住まいや精製所だった建物が、道の両脇にずらりと並んでいるが、いまはクモやネズミが住人で、人っ子ひとり住んではいない。ただじりじりと日差しが照りつける中で、最盛期に威を張るために築かれたアーチが、崩れかかりながらも心地よい日陰を作り出していた。町の名のプレートがついていたはずだが、落ちてなくなってしまっている。


 レジェンはその土台石に腰掛けていた。何年も離ればなれだったような気がして、涙腺がゆるんだまま、あたしはぼぅっとレジェンの顔を見つめた。


 レジェンはどうしていいのかわからなくなったらしく、ぽりぽりと頭をかいた。


 あたしは涙を拭いた。困らせても、しょうがない。でも、いつもの顔が見られて、とてもうれしかったのだ。


 「だいじょぶ?」


 「うん、大丈夫」あたしは笑ってみせた。「……さっきの、風とか、パラソルとか、レジェンがやったの?」


 「うん。……ここまで上ってきたはよかったんだけど、やっぱし今日は暑いからさ。もうひとやま越えるのかと思うと、ちょっとしんどいなーって思って。……ま、ともかく日陰に入んなよ」


 あたしは、手招きに応じて、レジェンの隣に座り込んだ。


 マーディアスら一行がいきなりイナの店を訪ねてきたことからもわかるとおり、保安官事務所やイナの店があるあたりは町の入り口だ。そこから目抜き通りがずぅっと鉱山入り口まで続いている。道はゆるやかな登りとなってアーチに至り、ここから道は幾度か分岐して、左に大きくそれていくと第一採掘場、少し先で右にそれていくと第二採掘場だ。ここまでは、あたしも魔石を拾いによく来る。もうひとやま越える、というと、さらにその先へ進んだところにある、第三採掘場になる。


 この町が開かれた当時からある二つの採掘場は、露天掘りで掘り進めたのだけれど、第三採掘場は、巨大な断層が形成した切り立った斜面の腹に、大きな横穴を空けて掘り進むことで魔石を掘り出した。開かれたのはあたしが生まれる少し前で、当時としては最新の高度な掘削技術がいくつも導入され、町の未来を担う大採掘場になるものともてはやされた。しかし予想ほど鉱脈は見つからなかった。維持管理の手間暇がかさむ上に、落盤事故も続発し、未来を嘱望された採掘場は、閉山にあたって真っ先に閉じた採掘場となった。


 魔石の原石も、おそらくはここが最も多く残っているはずだが、なにぶん危険ということで、採掘場への道も採掘坑の入り口も、完全に封鎖されている。鉄条網の扉に頑丈な錠前が取りつけられ、鍵は町長だけが保管しているはずだった。だから、そう簡単には入れない。


 「第三採掘場へ行くつもりだったの?」


 「この石使えば鍵なんてちょちょいじゃん! ずいぶん入ってないからさ、行ってみたいんだよ」レジェンははしゃぎながら言った。


 「……わざわざ山越えていかなくたって、さっきあたしを呼んだみたいに、空間転移ですっ飛んでいけばいいじゃない」


 あたしがそう言うと、レジェンは目をぱちぱちさせた。


 「さすがクオレ、頭いいなぁ!」別に頭のできの問題ではないと思う。


 「いや、それでさ」レジェンは続けた。「とにかく今日は暑いから。何とかしようと思ってこいつを使ってみたんだけど、うまくいかないのな。風吹けって言ったら一回しか吹かないしさ。だから先に日差しを何とかしようと思って、太陽にバケツをかぶせてみたんだけど何も起きなくて」


 太陽が巨大な星であることは、この町の学校でも教えているはずなのだが。星の彼方にすっとんでいくバケツを想像して、あたしの涙は完全に引っ込んでしまった。


 「それで、あのパラソル?」


 レジェンはうなずいた。「あぁいう日の当たり方は、お百姓さんたちに悪いと思って、すぐ消した。なんとかならないかなぁ」


 「……雨を降らせればいいんじゃないの?」


 レジェンはびっくりした顔であたしを見た。


 「さすがクオレ、頭いいなぁ!」


 ……風を吹かすことを思いついた人間が、なぜその次に雨を降らすことを思いつかないのだろう。もちろんそんなレジェンが次に取った行動はこうだった。


 「さっそく降らそう! おい、石、一発どしゃぶりで頼むぜ!」真実の石がきらりきらめいた。


 とたんに蒼天にどやどやどやと雲が湧き出しかき曇り、稲妻までがひらめいて、空から大粒の雨が落ちてきた。細いアーチは、日陰を作りこそすれ、雨を防ぐほどの幅がない。


 「ちょ、ちょっと! 濡れちゃうよ!」


 「大丈夫!」


 レジェンはあたしの手をぎゅっと握ると、


 「ここはもう、第三採掘場なんだから!」真実の石がきらりきらめいた。




- 16 -


 採掘坑の入り口で、鉄条網の扉を通して、ざぁざぁと降り落ちる雨を眺めた。使われなくなったトロッコが、すっかり錆びついて、坑の外で雨に濡れていた。……鍵の内側にいるというのが、なんだか不思議な感じ。


 「なんでここに来ようと思ったの?」


 隣に立って、いっしょに雨を眺めているレジェンに、尋ねてみた。声は、坑道の奥にも響いて、かすかにエコーした。


 「真っ先に思いついたのが、それだったから」


 「真実の石を使えば、欲しいものが手に入るとか、好きなお酒が飲めるとか、思わなかった?」


 「思ったけど、そんなん、後でいいじゃん」


 まぁ、それは、確かにそうだ。でも何となく釈然としない。レジェンらしいといえば、そうかもしれない。


 いちおう、訊いてみた。


 「あの人たち、けっこうまじめに真実の石を探してるみたいよ。……渡して、役に立ててもらう気はない?」


 「やなこった」


 「なんで?」


 「オレが最初に見つけたんだから、オレのモンだ」


 困った男だ。


 「落とし物入れに入っていたものを、勝手に使ってるくせに」


 「だったらなおさらあいつらのモンにゃならねぇよ」


 「レジェンが持ってると、ろくなことにならないでしょ。……ホントに破滅が来ちゃうのよ。あたし、レジェンがそうなっちゃうのは、いや」


 「心配すんなって、言ったじゃん」


 「どうしてそうきっぱり言えるの?」


 「なんとなく」


 ……つくづく、困った男だ。


 「それよりクオレ」


 「なに?」


 レジェンは親指で、背後―――つまり、坑道の先、真っ暗闇の奥の奥を指差した。


 「探検しようぜ」


 「本気?」


 「だってさ、ガキの頃、探検しようって言ったらクオレったら暗くて怖いからいやだって」


 覚えている。


 すべての採掘場は、危険だからと子供の立ち入りが禁じられていた。当然、禁断の地は子供の興味を惹きつけてやまなかった。とりわけ、最新式の機械がうなりを上げ、屈強な男たちを毎日吸い込んでは泥だらけにして返す第三採掘場の坑道は、町の子供たちの憧れの的だった。……ていうか、この町には、〈憧れの的〉として選択しうる対象が他にほとんどなかったのだ。


 第三採掘場を閉じるか閉じないか大人たちの協議が大詰めに入っていた頃、ストライキが長引いたことがあった。大人は誰も坑に入らず、かといって閉ざされるでもなく、たいした監視もない―――そういう状況を発見したのがレジェンで、さっそく探検隊が組織されたが、あたしは怖がってそれに加わらなかった。


 探検は結局、出発からわずか三〇メートルで断念された。出発の際にうっかりえいえいおぅと鬨の声をあげてしまい、それを誰か大人に聞きつけられたのが原因だった。その大人の弁によれば、勇敢なる探検隊はおやつだの遊び道具だのはびっしり担ぎ上げながら灯りを持っていくのを忘れ、その地点において膝を震わせながら名誉ある撤退について議論をしていたそうである。


 「まさか、『真っ先に思いついた』のが、あのときの続きってこと?」


 「そういうこと! なんつぅかあれは、ずぅっとのどに小骨が刺さったような感じでさぁ、いつかきちんとケリをつけておきたかったんだよ。……クオレにもないかな、そういうのがひとつやふたつ?」


 「そりゃ、ないとはいわないけど……」あんたには百や二百はあるでしょう、という言葉を飲み込んだ。


 「……それともクオレ、やっぱり怖い?」


 あきれるを通り越して、あたしはもう何も言えなかった。小さく首を横に振ってみた。


 「よぅし、それなら行こう! 今ならこの坑道の中も明るくてきれいだからさ」真実の石がきらりきらめいた。


 するとそのきらめきが、そのまま貼りついたかのように、岩の壁全体が淡く青い光を帯びた。


 「いいカンジだなぁ」レジェンがうれしそうに言って、歩き出す。「出発!」

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