怪異という名の隣人

帝都東京という舞台を思い浮かべる時、そこは黄昏の橙色に染まっています。私以外にも、そういう人は少なからずいるはず。程なく訪れる大日本帝国の終焉を予期しているからでしょうか。
この物語に現れる怪異は、そんな逢魔ヶ刻に差す濃厚な影のような存在です。人の想念の器たちたる彼らは、にじり寄るように、あるいは唐突に姿を現します。
喉の奥から絶叫するような恐怖は、心臓が張り裂けるような恐怖は、ここにはありません。恐るべき脅威に知恵と勇気を振り絞って立ち向かうヒーローのような存在も、やっぱりいません。
切々として繊細な語り口で描かれる夕闇の帝都と、そこに在る、怪異と、人間の物語です。

主人公である大久保と関は、良い所より悪い所が先に目につくような素朴な連中で、言い換えればまったく人間的な二人です。
彼らは時に調査者となり、時に当事者となり、様々な形で怪異に触れて行きます。
怪異たちは時に有害で、時に無害で、時に強烈で、時に瑣細で、時に人間的で、時に意味不明で、時に笑い、時に涙する、そんな存在です。
そしてそんな人間と怪異の描き出す物語も、全てが決着する事があれば、どこか濁りを残して終わる事もあります。
怪異は人間と隔絶された異世界の存在ではなく、隣人のようにあるのだから、描かれる物語も人と人のそれと同じく、決まったものなどではないのです。
だからこそ私はこの物語に心掴まれ、ハラハラさせられ、次の話、次の話と読み進める事になりました。終の終まで、あっという間です。

今、この感想を読んでいるあなたも、この九十九語りを通して黄昏る帝都の影に少しばかり浸ってみてはいかがでしょうか。
温かくも恐ろしい時間を過ごす事ができるに違いありません。

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