後日談
あれから、ボロボロになった身体を引き摺り、夏目三四郎はオコーナーと合流した。
みやびに泣かれながらも、なんとか再生をして見せ、落ち着かせることに成功した。
吸血鬼の仔が失敗することが多いという、親殺しを成功させたことには流石のオコーナーも目を丸くしていたが、当初の通りにオコーナーの助手となることを推された。
というのも、最強の吸血鬼であるヨハネス・ファウストを同じようなスペックを得られる眷属化によって吸血鬼になったとは言え、半人前吸血鬼でしかない三四郎が殺したという事実から後ろ盾が必要だと考えたからである。
オコーナーは吸血鬼殺しの吸血鬼だが、もちろん、人間のヴァンパイアハンターも存在する。
最強の吸血鬼を殺した三四郎が事実上の次代の最強の吸血鬼、オコーナーが仮で付けるならば、「ファウストJr」となった三四郎が狙われるのは目に見えていたからだ。
素養に高い能力、それにこれからの伸び代のあるヴァンパイアハンターとなりうる逸材をむざむざと殺されては惜しいというのがオコーナーの本音らしく、素直にそれを打ち明けるところが実は誠実な性格なのでは、と思うも容赦なく暗転させた事実がある以上、手放しにそう思えない三四郎だった。
ヴァンパイアハンターとなることには二つ返事で三四郎は承諾するものの、一人だけ、納得のいかない人間がいることを忘れるオコーナーではない。
なんせ、彼はヨハネス・ファウストと戦うことはなくともプロであるからだ。
「少年には私が全力で生きる術を教える。確かに心配ではあるだろうが……」
「だからこそだ。だからこそ、私が守ってやらなくてはいけないんだ。これ以上、夏目が怖い思いをしないように先輩として……」
「しかしだね、吸血鬼となってしまった以上、ナツメサンシロウは人間社会で生きていくにはあまりにも無謀だ。鋭くなった感覚、人間以上の腕力、頑丈な爪や牙。それに吸血衝動。お嬢さん、辛いことを思い出させるようだが、この彼がヨハネス・ファウストのようにならないとも限らないのだぞ?」
納得のいかない人間とは、遠山みやびだった。
泣きじゃくりながらもオコーナーを睨みつけ、あの廃工場で吸血鬼殺しの専門家である長身の偉丈夫に噛み付いている。
なるべく、穏やかに紳士的に対応しているオコーナーだが、その言葉の端々に諦めさせようとしている色が強く見られる。
オコーナーと言う男性は、ずいぶんと不器用な男かもしれない。ここで怒鳴って黙らせることが出来れば、それですぐに終わりなのに彼はそうしないのだから。
「教授、」
そんなオコーナーを三四郎は呼び止める。
ファウストからオコーナーと言う名であると聞いたが、呼びなれた名前のほうがしっくり来ると思い、そちらのほうで呼ぼうと決めたのだ。
「遠山サンのことは任せてくれ」
「では、少し席を外そう」
そう言ってオコーナーは姿を消した。
「あ、待て!まだ話は……」
「遠山サン。僕は貴女と話がしたいんだ」
「私はアイツと話がある。なんなんだ、ヴァンパイアハンターって……」
遠山みやびと言う女性は優しい。
自分の身の危険を顧みず、年下の後輩の事を思って怒ってくれることに加え、自分の安全を度外視している所が特に。
平時の彼女ならば、三四郎の決定を後押ししてくれるだろうが、目の前で三四郎が連れて行かれたこと、最初の遭遇でぼろぼろになっていく三四郎を目の前で見せられていたことが彼女が背中を押すことを、ヴァンパイアハンターとなる後輩を心配した。
ヨハネス・ファウストの言うように、オコーナーという男は同族殺しの吸血鬼という吸血鬼から見れば危険人物であるし、人間から見ても同族を裏切った者を信用することは到底できまい。
しかし、三四郎が大切なものを守るには、自分がこれから生きていくには、オコーナーの力がなくては生きていくことすら難しくなるだろう。
この町に残り、大切な者と日常を過ごすのもいいが、自分がいたばかりにヴァンパイアハンターやファウスト以上にタチの悪い吸血鬼がやってこないとも限らない。
だから、この町を出ることを決断した。
入学して三ヶ月しか経っていない高校を中退することは、それも、なんの手続きも無しに失踪することは、問題児の中の問題児と言ってもいい。
「遠山サン」
「お前はいいのか!?桃といられなくて!」
「僕は、笹原サンや宮坂サン、遠山サンを守りたいんだ」
真っ直ぐにみやびを見つめると、みやびに頬をはたかれた。
じんわりと痛みが広がるも、吸血鬼の再生力で回復する。
しかし、痛みはまだ残っていた。
「そんな事を言うな!桃のことが好きなら、近くで守れよ!?男なら、好きな女くらい守れなくてどうする!?」
「僕がいてみんなが迷惑になったら、それが一番困るんだ」
「そんなことはない!それくらい、あいつらだって!」
食って掛かるみやび、その表情は必死で三四郎に考えを改めて欲しいという色が強く窺える。
けれど、三四郎も此処で引き下がるわけには行かない。
あんなに素敵な表情の出来るみやびを見れたのだ、女性らしい、かわいいところのあるみやびが幸せになれなくては、意味が無い。
「大好きだから」
「え?」
「大好きだから、迷惑をかけられないんだ。……ごめん、遠山サン。僕は、夜の生き物だ。教授、もういいよ」
「話は済んだのか?」
三四郎の言葉にみやびは止まり、それからオコーナーを呼ぶと、帽子にロングコート姿のまま、手にはコーヒーが入っているのだろうか、湯気の立つカップを持ったままで姿を現した。
三四郎はみやびに背中を向け、顔を見せず、静かに歩き出す。オコーナーの言葉に大人しく頷き、オコーナー自身もその後を追うようにして歩き出す。みやびのほうを一瞥して。
大好き。
その言葉を聞いて、みやびは動きが止まるも、その背中を見送ることしかできない自分が憎たらしく、拳を握り締め、それから、
「本当は!お前のことが、夏目三四郎のことが私は好きだ!……だから、連れて行って欲しい。私はどうなってもいい。だけど、三四郎と一緒にいたいんだ。ひたむきに想うヒトがいると知っている。大切なヒトがいると知っている。それでも、私は、全てを投げ捨ててでも、お前と同じ道を歩いていきたい。桃には、いろいろと劣っているだろうけど、私はどんなことがあっても決してお前を裏切らないから!」
大声で、呼び止めた。
最初に振り返ったのはオコーナーで、三四郎の背中を見つけた後、三四郎の先を歩き出す。
「……ならば、吸血鬼になるしかあるまい」
「教授!?」
「少年と少女の色恋沙汰には興味はないが、私は少年の面倒を見るといった。大切な女性なんだろう?ならば、少年が彼女を眷属とし、少年が守り抜け。……ヴァンパイアハンターを諦められては困る。街外れで待つ、早く済ませて来い」
オコーナーは、二人の方を見もせず、身体を無数の蝙蝠へと分裂させ、街外れの方へと飛んで行った。
オコーナーの言う街外れとは、おそらく入り口に当たる場所なのだろうと思われるが、みやびの大胆な告白の為に二人きりの散歩のときのように沈黙が支配していた。
「……遠山サン、」
「私は構わないから。私は、三四郎と一緒に居れたら、それでいい。剣術も、三四郎が吸血鬼を殺すときに役立つように努める。吸血鬼になれば、それが叶うのだろう?」
あのときの笹原と同じ表情、散歩のときに見えた泣きそうな表情。
真っ直ぐに三四郎を見上げる彼女は、月明かりを偶然にも背にしているおかげか、とても美しく見える。
和服姿に鴉の濡れ羽のような黒髪と和服美人をそのまま本から出してきたかのよう。
三四郎は自らを責めた、ここまで自分を想ってくれている女性を今から地獄のような日々になるであろう世界に足を踏み入れさせようとしていることが。
しかし、それ以上に自分を受け入れるといってくれるならば、最低だが、この憧れの人への想いが届かぬようならば。
「――いや、みやびサン。僕と一緒に吸血鬼になって、夜の世界で吸血鬼を殺してくれ」
我ながら最低のプロポーズだ、そんな三四郎の内心の自虐を前にみやびは、
「――もちろんだ、……違うな。分かった、三四郎。お前と共にお前の為に吸血鬼を私の剣術で殺してやろう」
微笑んで答え、三四郎の胸に顔を埋めた。
翌朝、夜明を前にして三つの影が町を出立した。
叛逆の朱 満あるこ @Jiegbright
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