07

「見つけたぞ、忌々しき宿敵よ。その餓鬼に味方をしている理由は知らんが、そこまで腑抜けてしまったか!?」

「違う。私は投資をしただけのこと」


 投資ィ?と顔を醜く歪ませるファウスト。

 そこに貴族らしい上品な雰囲気は見当たらず、醜悪な怪物としか三四郎とみやびには思えなかった。教授は冷静な態度を崩さず、それがかえってファウストの怒りを買っているようだ。


 ファウストにとっての好敵手しゅくてき

 教授にとっての因縁のしゅくてき


 ファウストは教授にたいそう執心しているようだが、教授から見れば殺すべき吸血鬼のうちの一人にしか見えていないようだ。

 あくまで彼にとっては有象無象に過ぎず、そこが教授を吸血鬼らしい冷酷さと三四郎に感じさせる。

 あれほどに容赦なく練習とは言え、暗転させるほどの男のことだから覚悟はしていたが、まさか此処までのこととは思っていなかった。

 ある日突然吸血鬼になってしまった夏目三四郎だが、教授はどういった経緯で吸血鬼になってしまったのか。

 それを知る日は果たして訪れるのだろうか?


「ここで我が因縁に決着をつけるのも悪くはない。しかし、貴様がそこまで言うならば、このヨハネス・ファウスト。ゲームの提案をしよう」


 何かを思いついたのか、大仰に両手を広げ、高らかに宣言するファウストに対し、みやびは眉を顰める。


「ゲーム?」

「そう。ルールは簡単、!」


 そう言って、ファウストは三四郎の首を掴み、地面を蹴って跳躍する。

 そのドレスローブから直接生えている、蝙蝠の翼は休むことなく動かしており、宙に浮かんでいるように見える。


「ぁ……が……ッ!」

「ファウスト、どういうつもりだ!?」

「言葉の通りだ、我が永遠の敵よ。このファウストとの決着よりも優先していたことが気に食わんのだ、この小僧がッ!こいつを先に殺さなくては、なにもかも上手く行かぬ気がしてならん。故に殺しておかなくてはならんのだ!なあに、戦って生き残れば、それで済む話よ!勝てれば、の話だがなァ!?「あはははははははははは、あーはっはっはっはっはァ!」


 首を吸血鬼の握力で締め付けられ、脳に酸素が行渡らず、苦しい。

 意識が遠のき、白目を剥いている三四郎の顔を見て爆笑するファウスト、それから、ファウストはすぐに姿を消した。


※※


 意識が遠のいていく中、宮坂大和、笹原桃、遠山みやびの顔が浮かぶ。

 こんな時でさえ、親類縁者の顔が浮かんでこないのだから、自分のには此処まで来ると笑えてきてしまう。

 そういえば、自分が目を逸らしていたことを思い出す。


『ねえ、夏目くん』


 それは、ある夏の日のこと。

 海辺近くで開催されているという、催しにやってきたときのことだ。


『?笹原サン?』

『宮坂くんって優しいよね』

『ああ、そう思うよ。いつも良くしてくれるしな』


 珍しく、二人で居る時間だった。

 もう少し自分が饒舌だったならば、適当な話題で楽しい時間を過ごせただろうに、口下手なところが本当に気に入らないと思う。

 折角の時間を無駄にしてしまったとあとになって思った。

 話題は宮坂大和のこと、あのときはみやびは練習の日で参加できなかった外出の日だった。ちょうど、宮坂は飲み物を買いに行っていた時だった。


『ふふ、そう思う?実は同級生の子達の中でも、宮坂くんは人気あるんだ。髪染めたりしてるけど、決めるところは決めるからね』

『あの人らしいな。……それで、本題はなんなんだ?』

『直球で来るの?もう少しゆったりしてるほうがいいと思うよ?』


 ちょっと困ったように笑った後、笹原は三四郎の額を突いてたしなめる。

 思えば、あの表情は散歩をしていた時のみやびの浮かべていた表情にそっくりだった。


『宮坂くんってさ、きっとモテるよ。……夏目くんは、私が宮坂くんを好きになったらどうする?』

『それって……』


 大好きな人たち同士が結ばれるなら、三四郎はそれを祝福したいと思っている。

 根っこにあるものが世話焼きで頼り甲斐のある宮坂大和に対し、夏目三四郎は宮坂の持っているもの全てを持っていない。

 むしろ、夏目三四郎と言う男は自分では気にしていないものの、問題児のレッテルを貼られている。そんな男と付き合うよりは、まだ宮坂とのほうが―――。


 頭を振るも、宮坂大和の魅力は自分が出会ったときに見せ付けられてきた。確かに怒りっぽいところもあるけれど、正義感が強く、面倒見が良くて、ムードメーカーで、場を明るくするのが得意で――。

 思い出すだけで暗い感情に見舞われる。

 尊敬している先輩と言うのに、こんな感情を抱くだなんて、彼の後輩失格だ。


『冗談だよ。ふふ、ごめんね、意地悪なことを――』

『待たせたな、二人とも。メロンソーダとアイスティーとココナッツミルクだ』

『宮坂くん、私、ココナッツミルクじゃなくてミルコチョコレートだよ』

『あれ?そうだっけか?あと、ミルクチョコレートな。三四郎、アイスティーと飲めるか?』


 あのとき、宮坂が太陽のように眩しい笑みを浮かべ、遅れてきたのを謝罪したところで笹原の言葉が最後まで聞こえなかったが、今になって確信する。


 笹原桃は、宮坂大和を好いている。


 そんな、自分の想いを自分から切り捨てるようなことに気づいてしまった。


※※


 ヨハネス・ファウストが連れて来たのは、古い住宅の跡地。

 右斜め横に切り捨てられたような、そんな廃墟にやってきて、ファウストは上空から吸血鬼になりたての、それも自分の血を引く眷属ともいえる少年を投げ捨てた。

 あまりにも乱暴な扱いようだが、そこで死ぬくらいなら、その程度、怪我を負うならば、あの宿敵が来るまでに喰らいつくし、隙を突いて殺せばいいだけ。

 しばらく、投げ捨てた半人前吸血鬼の様子を眺め、一分も経たないうちに飽きて頭部を破壊しようと急降下した時だった。


「……目覚めは悪いが、もっと悪くなった」


 迎撃するように半人前吸血鬼――三四郎は目を覚まし、迎え撃つように立ち上がっていた。

 額はそのシャツのように真っ赤な血が流れ、それを拭いながら、硬く握り締めた拳で思い切り顔面を狙って殴りぬく。


「貴様、よくもこのファウストの顔を……!」


 情けなく吹き飛ばされる前に瞬時に着地したファウストに続き、三四郎も着地する。

 上位の吸血鬼との戦いは、不意打ちでもなければ、そもそも戦うためのステージに上がることすら不可能だと教授との短い殴られレッスンの中で学んでいた。


「そうでもしないと、僕があんたに勝てるわけないだろ?さっさと決着を付けたいんだ。僕は吸血鬼なんて信用してないから、いつ遠山サンが襲われるか分かったものじゃないからな」

「……ほう、一人前のような物言いをするな?犬。生まれたてにしては、それなりにいい見方ができるではないか。そうだ、貴様が助けを求めた男は吸血鬼でありながらも、吸血鬼を殺すような男。同族殺しの番犬オコーナーとは、アイツのことよ」

「吸血鬼の世界には、そんな異名がつくのか?黒歴史が生まれそうでお断りだな」


 教授――オコーナーというらしい、その人は、裏切り者であるとのこと。

いうなれば、吸血鬼の初心者ビギナーである三四郎に手加減なく殴ったケースがあるので、心からは信頼できていないのは事実。

 特に人間社会でまともに生きていけない、と言われたのは、あまり良い思いはしなかったが。

 ファウストが周囲に転がっている石を拾い、身の丈以上ものある剣を生成したならば、三四郎もそれに倣って武器を生成する。


 吸血鬼、ヨハネス・ファウストが半人前吸血鬼の夏目三四郎のに当たるならば、三四郎も同じようなことが出来るはず、と踏んだのだ。

 ファウストが作り出したのが剣、それも巨大な剣を作り出したのに対し、三四郎は鈍器を作り出した。

 いわゆる、メイスと呼ばれる武器だが、三四郎の場合は物質を作りかえる能力を扱うに当たってまだそう日が経っていない事もあり、芸術的な美しさも秘めたファウストの武器とは正反対に歪さと醜さを持っている。

 ファウストのやり方を模倣したからか、その形はメイスと言うよりも斧のそれに近いといえるか。


 そこからはじまるは、人外同士の戦い。

 石でできた武器と言うのに、振るう者達が人間離れした力を振るうこともあり、一つ一つが重い一撃であり、そのどれもが必殺の威力となる。

 ちょうど、城の廃墟の中でも大広間に当たる場所で繰り広げられている剣戟は踊っているようにも見え、三四郎がダンスの経験がないものの、人生初のダンスの相手が忌々しい吸血鬼と言うのはさすがにお断り、と考える余裕くらいはあった。

 いくら身体が再生するほどの超速回復力、それも最強と謳われる吸血鬼の力を持った頭部に食らえば、即死は免れないだろう。


 三四郎はなるべく頭部に攻撃を受けないよう、ファウストの攻撃を重量ある武器を片手で振るいながらも、その腕は頭部の防御に回し、防戦一方だった。

 何処から見ても三四郎が押されていて、ファウストは口元に笑みを浮かべているのを傍から見ていれば、どちらが優勢かは窺えるだろう。


 このイカれた犬ごときに遅れは取らない、必ず潰してみせる。

 この化け物なんかに負けてたまるものか、ブッ潰す。


 考えていることは皮肉なことに一致しており、まさにだった。

 ようやく、三四郎が攻撃に転じ、ファウストの腕を吹き飛ばせば、何事もなかったかのようにファウストの腕が復活し、ファウストが三四郎の腕を吹き飛ばせば、ファウストと反対に三四郎の腕はゆっくりと再生を始める。

 最強の吸血鬼とその眷属の戦いの余波は、周囲にも影響を与え、建物をより原形をとどめぬほどに倒壊をさせ、徐々にノッてきたからか、ファウストの放つ殺気にも力が感じられる。

 しかし、それ以上に三四郎はイラついていたので、隙を窺う。けれど、余計な雑念が入ったせいでファウストに隙を突かれてしまう。


「雑念が入ったな?何を考えていた?」

「わざわざ教えるまでもないが?」


 メイスを手から弾かれれば、その形は崩れ、ただの土塊へと変わる。

 吸血鬼の腕力で押し倒され、のしかかられ、ファウストの手には身の丈以上の剣、その切っ先を首にむけられる。


「どうだ?死が目前に迫っている気分は?」

「最低。オッサンにのしかかられている気分が特に」

 

 わざと皮肉で返してやれば、あのときのようにファウストは三四郎の顔の骨を骨折させる力で拳を叩き込む。ぐきり、と嫌な音が聞こえた。


「もう一度言ってみろ」

ぬんどれむいてやり。せってーなんどでもいってやる。さいてい!」

「減らず口を……!」


 首に刺さり、徐々に直進する剣。肉が拡げられていくのを感じる。人間のときならば、即死のこれも、吸血鬼である今では、まだ半殺しにも満たない。

 じわりじわりと効いてくるのが痛いところだが、直接、頭を潰さないからこそ、できることもあった。

 それは、ことだった。

 吸血鬼の弱点は十字架と大蒜、そんな安易な印象からの手段、教授には通用しないといわれていた気がするが、試さないよりまずは試してみる。


 とりあえず、勢いで何とかなるとは宮坂大和の談であり、曰く、しない後悔よりする後悔の方がマシであるとのことだそう。


(とりあえず、勢い!だよな、宮坂サン!)


 青白いヨハネス・ファウストの肌に石の剣で作った十字架を押し付けてみると、その肌が徐々に焼けていくのが見られる。

 半人前吸血鬼である夏目三四郎は少々の火傷で済んだものの、ファウストは頭を抱え、三四郎からのしかかるのをやめた。

 

「貴様……、なにをした……!」

「どうやら効いたようだな?効かなかったら、って博打だったけど。まぁいい、そのまま焼き尽くしてやる!」


 落ちたメイスの欠片を拾い、それを十字架へと変え、握り締めてファウストへと突き立てる。

 十字架を握ることで自分にもダメージがフィードバックしてくるが、ファウストを殺す手段となりうるのならば、と根性を見せる三四郎には関係ない。

 血で染まり、真っ赤になった腕は三四郎の赤シャツや学ランに負けず劣らずの赤でより濃いもの――朱へと転ずる。

 頭を抱え、悲鳴を上げようとも、ファウストに組み付いて、十字架を押し付ける。

 自らの不死性ともいえる再生が弱体化しようとも、構わずの特攻。


 いくつになっても、どんなときでも夏目三四郎はその無鉄砲さから損ばかりしている。

 しかし、それはすべて悪いことばかりではない。

 自分が無鉄砲をすることで救われる人、守ることが出来る大切なものがあるならば、夏目三四郎は喜んで戦うだろう。

 ゆえに教授ことオコーナーは、夜の世界に足を踏み入れた夏目少年に告げたのだ。


 人間社会で生きるには、あまりにも似合わないのだと。


「覚えておけ、狂犬。私を殺すことは――」


 最後の言葉を告げようとするファウストの言葉を遮るように、その頭を吸血鬼の拳で破壊する。


「お前の言葉なんか聞かない。?」


 鈍い音が響き、血を啜る音が後は響いた。



 

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