綺麗にまとめられたライトノベルの良作

 本作はライトノベルである。 それを前提としてレビューします。

 ライトノベルというと、安直なキャラクター設定、難解な定型句を重ねたお定まりの描写、理屈のないストーリー展開、妄想の強い舞台設定などが特徴であるが、本作もその呪縛からは逃れられていない。が、呪縛ありきのライトノベルと割り切って読むと、それほど出来が悪いわけでもなく、分かりやすいキャラクターや、案外読みやすい文体、丁寧なストーリー展開など、存外ストレス無く読み終えられる。が、逆に、それだけライトノベルとしてのライトノベルらしさは失われているのかもしれない。

 本作の長所は、やはり読みやすさ。読解上のストレスがとにかく低い。ここであとほんの少し、読者を駆り立てるスパイスを付け加えることができれば、かなりの作品に生まれ変わることも可能だろう。

 もう一つの長所は、わかりやすいキャラクターだ。魅力的であるかどうか、ありがちであるかどうか……は置いておいて、キャラクターが分かりやすい。セリフに変な語尾をつけたり、ネコミミとかいうしょーもない属性付けに頼ることもなく、分かりやすいキャラクターがバランスよく配置されている。

 そして短所は世界観の甘さだ。
 舞台設定が異世界なのか、現実世界なのか? 中世なのか近現代、あるいは近未来なのかがどうしても曖昧。ここはやはりきっちり決めて読者に提示すべきである。
 世界観というと大げさだが、これはすなわち登場人物たちの普段の生活のことなのだ。
 ナポレオンは、「その民族の普段の生活を見れば、戦時にそいつらがどう動くかか分かる」と豪語したが、まさにそれである。
 キャラクターは、というか人間は、普段の生活や、習慣に縛られて行動するものだ。価値観だって、昭和の人間と室町の人間では全然ちがうものだ。

 本作では、剣や弩は使われているが銃はでてこない。が、写真や万年筆は存在し、『ばぁばが、照明を消す』という描写もある。住民は全員洋風の名前なのに、地名には日本語が登場する。食事のシーンが多いが、彼らは具体的に何を食べているのだろう?
 中世なのか近現代なのか、読めば読むほど分からなくなる。異世界だというなら、それも有りだが、異世界であればこそディティールに拘らないと読者はそっぽを向いてしまうだろう。
 かの東京ディズニーランドには、見えるところにスピーカーは一切ないという。
またテレビの取材でトイレの数を訊ねたら、「教えられない」と答えたらしい。
そこまで気をつかって初めて、お客様はそこが夢の世界だと勘違いするのだ。



 ただこの短所は、じつは些末なことである。作者が詳細な感想を欲していると思い、蛇足ながら書き記したもの。


 本作のもうひとつの、そして最大の欠点。それは尖がった部分の無さである。

 これは数多の作家が思い悩む部分であるから、本作とその作者に限ったことではなく、逆に書き手にとって永遠のテーマといえるかもしれない。
 突飛な部分、強烈な個性を感じさせる部分、本作にしか存在しないような部分が少ない。キクやユーヴの能力は個性的だが、そういったキャラの能力的なものばかりでなく、ストーリーであったり、物語設定であったりに、突飛な部分が欲しい。本作の場合は、良くも悪くも、そこが綺麗に作られ過ぎている。

 一次選考落ちの作品だということだが、この出来だと一次選考は落ちないことが多いと思う。落ちたのは、応募総数の多さからだろう。ただ、一次選考を抜けても、そのあとは厳しい。
 本作はライトノベルとしては、綺麗に作られた作品である。例えるなら、クラス一の美少女。
 ただし、その美少女がアイドルデビューしたとして、どこまでいけるだろうか?

 本作を最後まで読んだ感想としては、出来は良いが、それだけである。なにかもっと、強烈な個性、強い灰汁(あく)、それこそコンクリートにクレーターを穿つような強烈なパンチ、そんなものが欲しい。

 アグレイの今後の「拳」に期待します。



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