第4話 変わらないもの(同じ月をみていた・続編)

 僕と佳佳は、長い間メッセンジャーとメールでお互いのことを話したりしてきたけど、こうして顔を向き合わせて話すのは今日が初めてだった。彼女は長い髪に細く長い足、薄化粧で少しいたずらな目をした素敵な女性だった。

 彼女はさっきまで電話の向こうで涙声だったのに、僕の顔を見たら急に元気が出てきたと笑顔になった。


「初次見面請多指教」 (はじめまして・・・)


 佳佳は少しおどけた感じでそう言った。


「知り合ってから何年も経つけど、会うのは初めてだね・・・」


 僕がそう言うと、ほぼ想像通りだったと、上目づかいで笑った。


 (佳佳は、想像よりずっときれいだよ・・・)


 一瞬、そんな言葉が頭をかすめたけど口には出せなかった。


「那個・・・ 」 (あのね・・・)

「ん?」


 僕たちは、初めて顔を合わせたばかりだというのに、もう何年も前から近くにいた友だちのように打ち解けていた。


---日本に来てからもう何年も経つのに、

          まだ見たことがないものがあるの・・・


 彼女はそう言って上目遣いに僕を見た。


 彼女の名前は佳佳(カカ)。上海で僕たちは知り合い、日本で再会した。


 「見たことがないもの・・・?富士山?」

 「ううん、近くよ。だけど、今まで一度も行ったことがないの」


 僕は、見当もつかなかった。


 「連れてってくれる?」

 「・・・ははは、怖いな・・・どこ?」

 「ディスニーランド」

 「ああ~~~!!」

 「エレクトリカルパレードが見たいの」


佳佳(カカ)は、さっきまで電話の向こうで涙声だったのに、僕の顔を見たら「急に元気が出てきた」と笑顔になった。

 僕たちは、長い間メッセンジャーとメールでお互いのことを話したりしてきたけど、こうして顔を向き合わせて話すのは、今日が初めてだった。


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 次の土曜日の夕方。僕たちは、ディズニーランドにいた。華やかな園内を二人並んで歩きながら、いろいろな話をした。


---たぶん僕と佳佳(カカ)は10歳以上歳が離れていると思う。


 だけど長い間、文字のチャットを通じてお互いの悩みや夢まで話し合って来たせいか、佳佳(カカ)とは、歳が離れている感じがしなかった。しかも彼女は、今まで僕の年齢を尋ねてきたことがない。


 もしも、人と人のコミュニケーションが心だけのつながりだとしたら、歳の差なんて関係ないのかもしれない。


 僕は歳が離れている現実をなんとなく引け目のように感じていて、自分からは言い出せずにいたから、僕と佳佳の関係はとても心地良い関係だと思っていた。


 「圭とこうして直接会うまでは、相手の年齢なんて関係ないと思ってた」


 佳佳は、少しいたずらっぽい目をして突然そう言った。


 「はは、ということは、今は関係あるの?」

 「うん、知りたい・・・いくつ?」


---僕は一瞬躊躇した。それはなぜかわからない。


 たぶん、今までお互いが同じ目線でいろんな話をしてきた、そう、どちらが上とか下とか関係ない僕たちの関係が、年齢を言った瞬間に壊れ、僕は佳佳にとって、10歳以上年が離れたおじさんになってしまうような気がして怖かった。


 「我不想告诉你(教えたくない)」

 「 为什么~?(どうして?)」

 「我不知道(さあ~)・・・ははは」


 僕がそんな風にごまかすと、佳佳は「まあ、許してあげるよ」と笑った。


 やがてエレクトリカルパレードが始まり、僕たちは道端に腰をおろして華やかなパレードを見ながらおしゃべりをした。


 「オレね、実は明日人間ドッグがあるんだ」

 「人間ドッグ?なあにそれ」

 「う~~ん、健康診断のもっと詳しい奴」

 「へ~~、はじめて聞いた」

 「まあ、佳佳は若いからね」


 僕は、人間ドッグがあるため今夜は9時前に夕食を済ませなければならないと伝えた。


 「そうなんだ~」


 佳佳カカは、そう言って何かまたいたずらっぽい顔をした。


 「ん?どうしたの?」

 「べつに、ははは」

 「ははは、変なの」

 「ねえねえ、人間ドッグって何歳になったら受けなければならないの?」

 「う~~ん、ウチの会社は、35歳から」


 僕がそう言うと、佳佳は急に嬉しそうに飛び跳ねて、「へ~~~」と言いながらニヤニヤして覗き込むようにして僕の顔をマジマジと見た。


 「あ!!」

 「あははは、見えないね~~もっと若いかと思った~~~」

 「ううう・・・」

 「はははは」


 僕と佳佳が二人で出掛けたのはそれが最初で最後だった。


---2016年12月


 なんとなく急に佳佳のことを思い出し、長い間連絡が途絶えてメールアドレスも何もわからない状態になっていた彼女を、思いつく限りのキーワードをGoogleに入力して探してみることにした。


 そして、意外にも簡単に佳佳のブログは僕の前に姿を現した。


---彼女は、あの頃と同じキーワードを今でも変わらず自分の中に持ち続けていたんだ!


 僕は、期待に胸をドキドキさせながら恐る恐るそのページを開いて、次の瞬間言葉を失った。


---真っ白な画面に、彼女と生まれたばかりの赤ちゃんが、

           幸せそうにキスをしている写真---


---結婚したんだ・・・


 僕は、一瞬どうしようか考えてから、一度開いたFacebookの友だち申請を取り消した。


 今、しあわせに暮らしているなら、もうそれでいいと思った。


 僕は、画面を閉じようとして最後に画面をスクロールすると、ページの隅の方に、一枚の写真を見つけた。


(あっ・・・)


 それは、桜木町で僕が撮って彼女に送ったランドマークタワーと観覧車の間に浮かぶ月の写真だった。


 僕は、その瞬間何か鳥肌が立つような体中に電流が流れるような衝撃を感じ、立ちあがった。


 窓を開けて空を見上げると、上海で見たあの月と同じ満月が空を明るく照らしているのが見えた。


---満月だ・・・


 人の一生は時の流れとともに変化していくけど、変わらない何かが心の中にあれば、いつでもそこに戻れる気がする。


 それは海だったり空だったり人それぞれだけど、


---月もたぶんそうだな・・・


 僕と佳佳にとって変わらないものがあるとすれば、それは月だなと思った。


 寂しくなったら、月を見ればいいんだ。


 僕は、空にポッカリと浮かぶ月に向かっておめでとうとつぶやいてみた。


 佳佳も、もしかして同じ月を見ているんじゃないかと、そんな気がした。


※この物語はフィクションです。

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異国物語・一話完結短編集 Kei @little_kei

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