第41話 裁かれたい系男子に夢中
プロポーズを受けて即結婚……なんてもちろんなるはずもなく、私は実務修習へ向けての引っ越しに追われることになった。志野と高岡と互いに成長した姿で再会しようと誓い、それぞれの配属先へと旅立った。鬼島も鬼島で配属先とのやり取りや試験の準備、元々抱えていた案件などがあり、忙しくしていた。プロポーズの日以来、二人でゆっくりできる暇もなく実務修習が開始されることになった。とはいえ、婚約済みで修習をすべて終えたら結婚しようということになっているので、会えなくても私は左手の指輪を見るだけで幸せな気分に浸れる。それに、配属先へ旅立つ日にはちゃんと見送りに来てくれた。
「茉里、何かあったらいつでも連絡くれ。それと、無理はするなよ」
心配してくれる鬼島に、笑顔で頷いて、私は愛しい婚約者としばしの間離れることになった。配属先では現場の空気にのまれつつも、自分にまかされた業務や実際に働いている人たちから多くのものを学ぶことができた。自分の中であやふやだったものが明確な形をとりはじめていく。それがとても楽しくて、毎日があっという間に過ぎて行った。鬼島からは毎日連絡が来て、意外と心配症なんだということも分かった。それに、月に三回程度は会いに来てくれて寂しいなんて思う暇を与えてくれなかった。
そうして、私は忙しくも充実した実務修習期間を終えたのだ。しかし、実務修習が終われば最後の難関、司法修習生考試がある。ちゃっかり実務修習中に検察官の恋人を作っていた志野と、警察官に熱烈アプローチされているという高岡の話に花が咲きつつも、最後の試験に向けてみんなで頑張った。
「合格、おめでとう」
きらきらの笑顔で私を一番に祝ってくれたのは、大好きな人。実務修習を終えて、最後の関門だった試験を見事合格。鬼島に付きっ切りで教えてもらったかいがあったというものだ。これで、私も胸を張って実務家だと、裁判官と名乗れる。
「鬼島教官、本当に今までありがとうございましたっ!」
恋人としての鬼島ではなく、教官としての鬼島に礼を言う。
「あぁ。今までよく頑張ったな」
鬼島も教官として、私の頑張りを労ってくれる。
「私、この道を選んでよかったと思う。まだまだこれからの新人だけど、実務修習で色んな人たちを見てきた。辛いこともたくさんあった。でも、裁判って、悩みに悩んで、答えが出ない人たちやどうしたらいいか分からない人たちに、道を示すことだと思うの」
実務家に相談にくる人たちは、みんな苦しんでいた。どうしたらいいのか、自分では分からないから相談にくる。その判断を裁判にゆだねる。誰もがみんな幸せな道なんて、あるはずがないと分かっている。それでも、その道を探すことが私たちの仕事なんじゃないかと思う。私自身、母と私を置いて出て行った父のことは、今もなお所在は分からないし探すことも諦めている。裁判で下った判決が、人の人生を左右することは、母の死をもって十分に理解しているつもりだ。そして、誰かに道を示してもらうことで生きられることがあるということも。
「現場では、どれだけ自分が正しく公平にあれるかということが常に問われる。自分の言葉で、誰かの人生を変えてしまうんだからな。この責任は重い。まあ、茉里はそのことを十分わかっているし、努力も惜しまない。良い裁判官になるだろうな」
真摯な瞳で語られる鬼島の言葉を、私は胸にしっかりと刻み込む。憧れの人に認められた。
(正義さんに良い裁判官になるって言われた~っ!)
嬉しすぎて、飛び上がりそうだ。実際、少しだけ跳ねてしまったが。
「俺も、茉里に負けないように頑張らないといけないな」
「もう、正義さんがまた上に行っちゃったら私が追いつけなくなるでしょう」
「あぁ。茉里にはずっと俺をおいかけてきて欲しいからな」
そんな嬉しそうな顔して見つめないでほしい。怒る気もなくなってしまうではないか。
ぷっとふき出して、二人で顔を見合わせて笑う。一緒にいられるだけで、こんなにも心が満たされる。
苦しいことや辛いこと、二度と立ち上がれないと思うことはこの世の中にはたくさんある。それでも、それ以上に楽しいことや嬉しいこと、幸せなことだって、この世の中にはあふれている。
自分の中の信じるものが、きっと自分の世界を変えていく。
あなたは、何を信じて生きていますか?
心から信じられる人やものに出会えた時、きっとあなたの世界は変わるはず。
私はずっと、裁かれたい系男子に夢中です!
裁かれたい系男子に夢中 奏 舞音 @kanade_maine
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