第4話月

 彼の出発日、私は人手不足という理由でアルバイトを休むことができなかった。

 それもそのはず、私のアルバイト先は飲食チェーン店、土日は平日よりも客数が多い。

 チェーン店であっても個人経営であっても、飲食店はメニューから配膳方法に至るまで覚えることが多過ぎる。

 それが人手不足つまり人が辞めていく理由の一つになっている。

 「お待たせいたしました。和風ハンバーグ定食でございます」

 「忙しいときにすみません、まことさん」

 そう言ってお膳を受け取るのは、私の保護監督者である吉田清仁。

 こうして、定期的に通い私の顔を見に来る。

 「それにしても良かった。こういうお仕事をされていることもあるけれど、まことさんが笑うようになって。とくにこの二ヶ月の間、あなたは生き生きしています」

 「そうですか?」

 制服を着ている以上、私は過去を知るこの人をも客として扱い、笑顔を見せなくてはならない。

 作った表情であるつもりが、本物であると相手に言わせている。

 実に不思議なことだ。

 最近変わったことと言えば、に出会った他にない。

 けれど、そのたった一つが私を変えた。

 初めて異性に惹かれた。

 彼の役に立ちたいと思った。

 その理由一つで、高校の進路調査書に「介護士」という職種を記入した。

 いつまでも彼の隣に立つことを夢見て。


 ランチタイムのピークが過ぎ、私は休憩に入ろうとした。そのときーー。

 「休憩に入り……」

 パリン! 私は左手に持っていたお冷グラスを割ってしまった。滅多にないことだった。

 「あ、すみません!」

 「田川さん、怪我はない? 処理は私がしておくから、早く休憩に入りなさい」

 左手を伸ばそうとすると、先輩スタッフが動きを止めた。

 それだけではない。心臓が無駄に脈を打っている。胸騒ぎとも言う。

 「ねえ、知ってる? ネットで飛行機の墜落事故が流れているの! 今朝、アメリカに行く途中だったんだって! なんか怖くない?」

 アメリカ? 今朝? 私の耳までもが心臓になったようだ。ジクン、ジクン、と痛みだした。

 声の主は、私と同世代と思われる女の一人だった。スマートフォンを片手に、連れの女に話している。

 「田川さん、早く」

 「え? あ、はい……」

 私は女二人組に声をかけることもできず、他のスタッフに手を引かれた。


 休憩室にて。

 スマートフォンどころか携帯電話すら持っていない私は同時に休憩に入ったスタッフにネットを見せてもらった。

 スマートフォンの画面には、確かに「アメリカ行き飛行機墜落!」と表示されている。

 原因は現在調査中とのことではあるけれど、生存者は皆無とみなされている。

 私は自分に言い聞かせた。彼は乗っていない。きっと乗り遅れたのだと。

 「誰か、知り合いでもいるの? 顔色が悪いよ?」

 スタッフが私の顔を覗いてきた。私は愛想笑いすらできない。

 「そんなに気になるなら、航空会社に電話したら? はい」

 彼女は自分のスマートフォンを私に差し出した。

 「あ、電話代は気にしないでね。通話し放題プランだから」

 私は彼女の厚意に甘えることにした。何しろ、気になることは放っておけない性質だから。

 早速電話をかけ、航空会社のスタッフに事情を説明した。

 「……それで、乗客の中に高木蓮っていますか?」

 私の声は震えていた。彼の名前を口にした瞬間、心臓がドクン! と鳴った。

 一方、受付スタッフは冷静にキーボードを叩いているようだった。電話の向こうでカタカタという音が聞こえる。

 「少々お待ちくださいませ。タカギ……タカギ、ありました。タカギレンさまは確かにチェックイン、ご搭乗されていらっしゃいます。お気の毒ですが……」

 私の記憶はそこで途切れた。後日に聞くと、私は通話の途中で気を失ったらしい。

 それから一週間、私は寝込んだという。

 最後の記憶から再び繋がった私はひたすら涙した。

 目が充血し、水が一滴も出なくなった頃、私はある一つの考えに辿り着いた。

 「蓮君……」

 あなたが遺してくれた介護士の道を活かそう。

 あなたが悩んだように、あの女を奈落の底へ突き落としてみせる。

 この道で。

 私は、復讐のために生きているのだから。


 あなたは太陽、私には眩し過ぎた。

 なぜならーー。


 私は月、闇の中で輝くの。


 こうして、私の初恋は幕を閉じた。

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手~まことの初恋~ 加藤ゆうき @Yuki-Kato

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