クールで熱血、ときどきポンコツ。イケメンスパイ明智が帝都を駆ける!

昭和10年代半ば、太平洋戦争直前の東京は嵐の前の静けさで、
陸軍や警察の専横や過激派の動きは水面下にあれど、
大正モダンの流れを汲んだ洒落た気風に満ちている。

女学校、映画雑誌、珍しい洋菓子、和洋折衷の菓子、
地下鉄、ハイヒール、カフェー、皇紀2600年、劇場、
定食屋のカレーライス、改良を重ねる無線機や盗聴機。

21世紀から振り返れば、その古めかしさは一種、お洒落だ。
レトロシティ東京を舞台に、インテリ美男のスパイが活躍する。
彼の名は明智湖太郎、むろん偽名である。

クールな知性派を自称する明智に、読み進めながらときどき苦笑。
けっこう抜けてて、かなり直情的で、すごく人間くさい。
女性が苦手なオトコノコの部分は、めちゃくちゃかわいい。

昭和初期の舞台背景が丁寧に構築されているおかげで、
読者は混乱も困惑もなく物語に入っていける。
明智の視点として違和感のない硬質な文章も魅力的。

また、明智の同僚、個性的で困ったちゃんなスパイたちが、
ストーリーの盛り上げに一役も二役も買っている。
カッコよくて謎めいたハゲの所長と健気な年下女性上司も素敵だ。

ネッみたいな便利なものはなく、まだどこかに武士の矜持が残り、
ひたひたと近付く戦争の足音が混迷をもたらそうとする時代を、
スパイと言えど人情派の彼ら、無番地の面々が駆ける。

爽快な活劇シーンもありつつ、人生ドラマはほろ苦くて熱くて、
くすっと笑ったり、温かい情景に和んだりもする。
短編連作形式の良作スパイエンターテインメント、ここにあり。

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